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だいじょうぶよ/第5回 渦巻く二つの感情

■月刊「記録」1999年12月号掲載記事

*          *         *

 ぼくの正利に対する感情は、全く真っぷたつに二分されてしまっていた。
 例えば今日の午前中はあいつが大好きだったけれど、午後は顔も見てもむかつくという具合にだ。好きな時には仕草、癖、口調、すべてがユーモラスで見ているだけで楽しい気分になれるに、いったん嫌いモードにギアが入ると止まらないのである。
 ただいつも通りにテレビを観ているあいつの横顔が突然、薄気味悪いものとして目に映り出す。なんで口を開けているんだろう。なんで体を四六時中揺すっているんだろう。なんであんなところにツムジがあるんだろう。見ているだけであらゆるところが目につき次第にムカムカしてくる。ムカムカは徐々にエスカレートし、もう遠巻きに眺めているだけでは納まりがつかなくなってくる。そしてついには言いがかりをつけに立ち上がっているのだ。(これじゃまるで酔っぱらいかチンピラじゃないか……)と思いつつ。
 けれどぼくにはどうしても、この突然湧き起こる巨大な二つの感情の波を制御することができなかった。二つの川の合流で流れにもみくちゃにされている葉っぱのように。ぼくは自分の感情に翻弄されていた。しばらくでもあいつと離れて生活することができたら、ぼくにも自分を客観視し、取り戻すことができたのかもしれなかったが。明けても暮れてもあいつがぼくの前にいる。そしてとうとうやってしまったのだ。夏休みも中盤にさしかかる頃、八月のある日の昼下がりのことだった。

■行くあてのない夏休み

 施設で暮らす子ども達の夏休みの過ごし方は、実に千差万別だ。一ヵ月ほどの長期にわたって親元に戻って生活する子、お盆だけ一緒に過ごしてくる子、一日だけ親と外出し、食事をして帰ってくる子。かと思えば行くあてもなく毎日を学園で過ごす子。家庭の事情で児童の夏休みは決定されていた。
 正利は学園で過ごす組だった。両親とは小学校三年生の時に離ればなれになって以来、一度も会えぬまま今日に至っている。それでも東京の国立市に左官業を営む叔母(正利の父の姉)がいて、正利が中学に上がるまで定期的に会いに来てくれていた。
 叔母という人物は、正利と同じ血が通っているとは思えないほど実に真面目な人で、学園の職員達にも信頼されていた。ただ、叔母から見ると正利はどうも自分とは別の生き物に映るらしく、実に口うるさいところがあった。
 正利と会うたびに「この子は何をしてあげてもお礼の一つも言わない」「物言わぬこの子のぼーっとした顔をみていると、母親を思い出しちゃう」「この子の母親は真っ白い化け物みたいな顔してて、わたし一度も正視できなかったの」「あーあ、正利と会うと母親を思い出してぞくっとするわ」などと面と向かって口にするのだ。確かにそうなのかもしれないが、横で聞いているとちょっとそこまで言わなくても、という気もしてくる。しかしいかんせん中学卒業後の正利の唯一の受け入れ先なのだから、仕方がなかった。
 ところで正利には兄弟が四、五人以上はいるはずだ。「以上」なんていい加減な言い方に聞こえるかもしれないが、正しい数がわからないのだから仕方がない。最初に親に捨てられた時は、妹のななえと二人きりだった正利。三年ほどすると歳がひとまわりも違う姉の朋子が鎌倉の養護施設にいることがわかった。さらに一年後には東京の施設に二人目の姉、そしてさらに一年後には同じ区内に兄がいたことがわかったのである。
 腹違いであり、戸籍上のこともあるので純然たる兄弟とはいえないが、母親が共通しているという点では、皆、間違いなく血はつながっているのだ。
 一番上の姉、朋子は正利よりも早く母親に捨てられ、やはり幼少時から養護施設に入っていた。色が白いところが正利にそっくりだったが、話の口調、身のこなしなどはきわめて一般的。水商売をしているせいか少し服装に派手なところがある。そして案の定、堅実な国立市の叔母とはウマが合わず、いつも言い争いをしていた。
 ことに正利の将来に関しては双方、気の強さもあり、ゆずれないところもあったらしく、日頃から特に争いが耐えなかった。それがある日、とうとう大喧嘩を始め、姉の朋子が叔母に向かって「正利の将来の責任は私が取る!」とたんかを切ってしまったのだ。
 自分の半分にも満たない年齢の小娘にそこまでいわれて、叔母も頭にこないはずがない。やれるものなら責任でもなんでも取ってみなさいというワケで、叔母は正利から完全に手を引いてしまったのである。
 だが、啖呵を切った朋子自身が、ぼくから見れば地に足のつかぬ生活を送っているようなものだ。到底弟の責任なんか取れそうにない。朋子は正利に会いに来るたびに「あんたは男なんだからしっかりしなさい」とか「ななえのお兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんらしいことをしなさい」などと説教はするものの、それ以上の保護者らしいことなどできるはずもなく、よって正利の夏休みも学園での生活に終始するのだった。

■やめろ!今 帰ってくるな

 さて、その日はとても少ない人数で昼食を食べていた。これが普段の日であれば、八〇人の児童と十数名の職員が所狭しと食堂に顔をそろえて食べるにぎやかなひとときになるのであるが、夏休み中は各部屋ごとに集まり居間を使って食事をするのである。
 食堂から運んできたスパゲティは、オリーブオイルを使っていないせいか、妙にパサついていて口の中へ放り込んでもただモゾモゾするばかりである。そんなスパゲティにソースをかけて食べる子どももいれば、マヨネーズをかけて食べる子どももいた。みんなだらだらとダルそうに、不味そうにフォークを口に運んでいる。それでなくても暑いのに、そんな光景を見ているとぼくは無性に苛立ってきた。
 そこにちょうど水泳部の練習を終えたあいつが帰ってきたのである。だめだ! こんなところに帰ってきちゃだめだ! ぼくの心の半分はそう叫んだが、残りの半分はもう残酷そうな笑みを浮かべて舌なめずりを始めていた。飛んで火に入る夏の虫だ。ぼくの目は、すでにあいつのアラ探しを始めていた。
  「おぃ、おまえ随分髪の毛茶色いじゃん」
  「………」
 あいつがテーブルにスパゲティの皿を置いたところで声をかけた。あいつは椅子の背に手をかけて、立ったまま口を半開きにした。その顔でぼくのほうをちらりと見上げる。何事かが起こると察知した子ども達は、皆、食べる手を止めて、やはり上目遣いにぼくと正利を交互に観察していた。
  「あ、みんなはね、ごはん食べなよ!」ぼくは、ことさらカラッと明るく大きな声でみんなに食べることを促した。するとなぜかあいつが一番先に反応を行動に表したのである。手にしていた背を引き、椅子に座ろうとした。これでぼくの頭には完全に火が点いた。
  「おい、おれはおまえに聞いてんだよ。おぃ、ず・い・ぶ・ん髪の毛が茶色いんじゃねえかってよ? おい!」ぼくは完全に切れていた。正利に対する大嫌いモードもはや全開である。
  「………」
 あいつは目を半分だけ開けたままで、こっちを見もせずに、体を半分椅子から浮かせてぼーっとしている。いつもこうだ。いつだってこうだ。こっちが熱くなれば熱くなるほど反応を示すことがない。ふざけるなよ、バカにするんじゃないぜ、反応を示さないのならこっちが示すまでだ。
  「おい、立てよ。おまえにメシ食っていいなんてひとことも言ってねぇんだよ」そういうやいなや、ぼくはあいつの胸ぐらをつかんでテーブルから引っぱり出した。  「バシン!」
 一発目の張り手の音を合図にぼくの理性が吹き飛んだ。二発、三発……。頭の中が真っ白になって何をしているのかわからない。四発、五発……。手が止まらない。ぼくはただやみくもに、色白で半分口を開けたままぐんにゃりしている でく人形みたいな正利の顔を殴り続けているのだった。 (■つづく)

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