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鎌田慧の現代を斬る/日本沈没にむかう不審船撃沈

■月刊「記録」2002年2月号掲載記事(表記は掲載当時のままです)

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 昨年末の奄美大島沖での不審船攻撃事変は、日本の戦後史のひとつの終わりであり、ひとつの悪い始まりであった。不審船は、海上保安庁の巡視船から590発の銃撃を受け、攻撃開始からおよそ7時間半後に撃沈された。 日本の平和憲法の中心は、ひとつは非武装であり、もうひとつは武力による威嚇又は武力の行使はしないというものである。しかし不審船の沈没によって、およそ15人とみられている乗組員が全員死亡した。日本における戦後は、戦争中アジアを中心にして2000万人以上の命を奪ったという重大な反省からはじまった。その反省こそ戦後の立国の中心理念であったはずだ。戦後56年たって平和憲法のもとで、ついに武力によって外国人を殺す時代をむかえた。非常に残念だ。
 いままでは海外を旅行していても、日本人には安心感があった。戦争中には残虐行為をおこなったにせよ、戦後、日本国家が外国人を武力で殺害するようなことがなかったからだ。日本の軍備強化に不信感をもつアジアの人たちも、その点だけは評価していたと思う。
 しかしこの事件によって、戦後長い時間をかけて形成してきた信頼感は奪われた。そもそも不審船を確認したのは領海外! であった。領海外でありながら、EEZ漁業法(排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律)により、排他的経済水域での無許可採捕のおそれがあるという判断で追いかけ回した。簡単にいえば、排他的経済水域で魚を採っていたおそれがあるから、領海外にいた船を追跡し、かつ「船体射撃」によって沈没させた。もっとも野蛮な解決である。
 一部報道には、不審船の沈没が自爆によるものだと報じられている。しかし、それは船体を引き上げてみなければわからない。そもそも海上保安庁によれば、「船体射撃」は「人に危害を加えない与えない範囲で威嚇のため」におこなったという。しかしこの「威嚇射撃」によって、不審船は火をふいたというのだから、なにをかいわんやである。
 99年3月に起こった能登半島沖での不審船事件のときには、海上保安庁と海上自衛隊が出動。爆弾を投下し、機銃による射撃をしたが不審船は捕らえられなかった。しかし、このときの状況は「逃げられた」というよりも、むしろ「逃がした」というほうが正確であった。沈没させようと思えばできたが、国際的な問題も考え船体射撃には踏み切らなかった。
 だがこの2年弱の年月が、日本を大きく変えた。アメリカでの自爆テロとそれにたいするアフガン攻撃は、日本が武力行使に踏み切る言い訳をあたえた。不審船沈没のあと、小泉首相はさっそく「正当防衛だ」といっていたが、それは自爆テロにたいしてブッシュ大統領が戦争を宣言したのをマネした行為である。一犬吠えれば百犬吠える。小泉スピッツである。不審船を沈没させたのは、テロ集団にたいしては日本も武力をもって応戦するというブッシュへのメッセージでもある。つまり、能登半島沖事件までは、威嚇はしても殺害しないという日本の自重が、自爆テロ以後は事態、事変(戦争)も辞さないという方針に変えられたのである。

■密漁で殺された日本人はいない

 ここで考えてもらいたいのが、北方4島の問題である。北方4島の領海では、根室の漁師たちによる密漁事件が相次いできた。これまでにもすごい数の拿捕者が発生している。あるいは韓国との間の李承晩ラインを超えた漁師たちも、韓国政府によって大量に拿捕されている。 これは他国の領海内に浸入して密漁した明確な犯罪行為であったが、ほとんどは拿捕だけで終わっている。最近拿捕された根室漁民を、私はサハリンの刑務所やシコタン島にある警察の留置所で面会し、その事実を確認している。またロシアの国境警備隊の若い砲手にもインタビューした経験がある。これは追跡劇のなかで射撃され拿捕された事件であり、船体を射撃されたあとに水没しきわめて珍しい事件があったときに取材したものだ。
 戦後50数年のなかで、日本の漁師が旧ソ連領海内、あるいは韓国領海内で犯罪行為を働いていて、乗組員が射殺された例はなかった。にもかかわらず日本では、領海外の船が「不審船」というだけで、射撃して沈没させ、全員を殺害した。この政府による「テロ攻撃」は、過剰な行動だったとわたしは考えている。
 これは証拠のないテロルの「首謀者」1人を殺害するために、トマホークをはじめとする大量のミサイルや爆弾を投入したアメリカと、そっくりのやり方である。アメリカにあるニューハンプシャー大学のマーク・ヘロルド教授の推計によれば、昨年12月6日の時点でアフガニスタンでの民間死者が3700人余となり、米英軍に殺害された無辜の市民が、同時多発テロによりニューヨーク・ワシントンで殺害された人数を超えたという(『朝日新聞』2002年1月8日)。これ以外にも、老人・子ども・女性を含む数百万単位の難民の運命や、飢餓や病気による子どもの死亡などの悲劇が起こっている。その責任を誰が取るのか。
 外国船を攻撃して沈没させたのは、日本の戦後史のなかで初めてである。そこから日本がまた軍事大国の道にむかうのか、あるいは初めてにして最後の外国人殺害事件にするのかが問われている。しかし事件後、自民党の赤城徳彦議員は、「日本の領海内で発見されていれば、危害射撃が可能だった。領海外で見つけた場合も、危害射撃を可能にするように法改正すべきだ」などと発言している。このままの自民、公明、保守の連立政権の日本では、ますます軍事大国化の道をすすむようだ。

■「権利擁護」という名の権利制限

 このような殺伐たる政府のもとで、有事法制を通常国会で取り上げようという動きが強まっている。有事という名の「戦時」の治安対策の基本原則を定める「安全保障基本法」の制定がいま強調されている。有事法制とは、首相権限を強化して、「非常事態」に国民の私権を制限するもので、いわば「戒厳令」ともいうべきものである。
 戦争の恐怖とは、戦地で人間同士が殺し合いをする、あるいは見えない敵を遠隔操作の新兵器によって殺すという残虐行為ばかりにあるのではない。戦争を遂行する強権によって、国内体制の支配が強化されることもまた、戦争の恐怖である。ガイドラインの見直し以降、周辺事態法、盗聴法、背番号制という人民の管理を強化する法律がたてつづけに成立したのは、まさに戦時体制の準備ともいえる。そして戦争準備のさいたる法律が、「非常事態」を想定した有事法制(安保基本法)だ。戦争遂行と基本的人権の制限。憲法否定の法律である。
 『読売新聞』(2002年1月1日)によれば、防衛庁首脳は「外国の国防担当者に説明すると当惑されるぐらい危機対応が不十分」と語ったという。また中谷元・防衛長官は、『読売新聞』(2002年1月1日)のインタビューで次のように語っている。
 「首相が非常事態にどういう権限を持つのかを明記する。首相は安全保障会議を通じ、各閣僚を総括、主導するが、一言で言えば、(首相の権限と)国民の基本的人権との調和をどう図るかということだ。その理念をもって憲法と他の既存法の溝を埋める法律と言っていい。これまでの有事法制の議論では、国民(の権利)を縛ることばかりが指摘された。しかし、むしろ権利擁護という観点から、国民の権利を制限する場合の『歯止め』の役割を果たすものだ。権利が制限された場合の補償規定も盛り込むべきだ」
 中谷長官の主張は、権利を擁護するために権利を制限するという詭弁である。これは自由のためという名目で、アメリカの「快適な」生活を維持するためアフガニスタンの山野に大量の爆弾を投下して、アフガン人民を殺戮しているのと似た論法である。自由のために自由を制限する。権利擁護のために権利を制限する。これこそ為政者のギマンの言葉である。
 本来ならこのような政権に反対するのが野党の役割のはずだ。ところが、今回も野党第一党の民主党は、まったくあてにできそうもない。NHKの討論番組では、民主党の鳩山代表が「平時に緊急事態(有事)法制の基本的姿を作り上げていくため、我々も議論に参加する」と発言し、「安全保障基本法」の制定に前向きなことをしめしたという(『読売新聞』2002年1月7日)。
 おなじ穴のムジナである。やはり旧自民党グループは、国民の権利や平和にたいする意識が低い。2つに割れたといっても、双方ともに腐ったまんじゅうであることに変わりはない。フハイはすすむばかりだ。

■少数民族が慌てて掲げる星条旗

 日本以上に国内体制が強化されているのがアメリカである。最近アメリカから帰ってきた知人の話によれば、アフガンの難民の問題や誤爆によるアフガン市民の死亡などのニュースは、アメリカのTVでほとんど報道されてないという。
 戦争を遂行する国内体制がどのようなものかは、こうした言論統制のすすみ具合からも理解できる。
 もちろん体制の強化は、マスメディアばかりで起こっているわけではない。一般市民による愛国主義の強制も、すごい圧力となって一般市民を襲っている。先ほどの知人によれば、ニューヨーク市の地下鉄は、1両ずつ星条旗を掲げていたという。また街中に星条旗が溢れていたそうだ。とくに少数民族が多数いると思われる地域では、星条旗の数が増えていく。自分たちがアメリカに忠誠を誓ったということを証明しなければという不安感が、こうした星条旗の掲揚にあらわれている。悲しい風景だと、知人は私に語った。
 『毎日新聞』(2002年1月8日)にも、アメリカの体制強化の現状を知る事例が報告されている。いくつか書き出してみたい。
 カリフォルニア大学バークリー校元講師のエコノミスト、ウォレス・スミスさんは、政府がテロ捜査で中東出身のイスラム系男性5000人を聴取したことに、次のように批判した。
「容疑を特定せずに取り調べを半ば強制し、仲間の名前を告げたり、少しでも不審な挙動があれば拘束しようという意図を感じる」
 チェイニー副大統領夫人が団体の主催者として名を連ねている保守系民間団体が、大学の集会やメディアでの発言から「非愛国的」とする100以上の例をしめした報告書を発表。その報告書を、シアトル・タイムズ紙は「現代版ブラックリスト」と評した。
 世界貿易センタービル崩壊を喜ぶアラブ人の様子をいさめた電子メールにたいして、「少数の反応をアラブ人全体に結びつけるのは誤りだ」という反論メールを送ったパレスチナ系米国人のオルブレット氏にたいして、同僚からの反論のメールはなく、FBI捜査員が訪れたという。
 これが「自由の国」アメリカの現状である。日本も小泉首相の高い支持率のなか、戦争への道を歩き始めている。繰り返していえば、戦争は徴兵されて戦地に出動するものの悲劇ばかりではない。それを支える国内での抑圧と支配の強化にこそ、大きな悲劇のもとがある。民主主義のためにといいながら、戦争が民主主義を抑圧していく。それが歴史の教訓である。
 不況により生活の安定も、「経済大国」としてのプライドも失った日本ではあるが、軍事強化によって、虎の威を借りた大国たらんとすべきではない。むしろ不況のなかから小国立国の道を探すべきだろう。(■談)

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