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ウラン加工施設臨界事故・東海村隣接住民の手記/水見ちはる

■月刊『記録』99年11月号掲載記事

■「こんなこととは知りませんでした」では済まない!
■(みずみちはる……昭和38年1月24日生まれ。専業主婦。当時放送大学通信制大学1年生。95年からバンクーバーから日立市に移住。33歳のだんな様と小学校一年生の長男と幼稚園年中児長女4人家族。現在も日立市在住)

     *     *     *

 最初は何が起こったのかわからなかった。
  「事故」と聞いて、まず思いついたのは、国道二四五号線沿いにある元動燃あたりに集中している施設での事故。広い敷地に頑丈な壁で囲まれた原子力研究所や原子力東海発電所などの施設のどこかで事故が発生したのだろうと思った。おそらく地元や周辺住民のほとんどがそう思ったはずだ。
 あの辺りなら、周囲に民家はほとんどなく敷地は林に囲まれている。ここまで被害は届かないだろう。それが東海村に隣接する日立市に住む私の印象だった。

■しまった、事故現場はずっと近い!

 ところが三時頃になって、テレビのニュースによって事故現場が明らかにされた。国道六号沿いの民家に近い普通の工場内が現場だという。私は思わず娘の顔を見た。
 通園バスで、今、帰ってきたばかりの娘の幼稚園は、事故現場から川を挟んで三キロほどの位置にある。さらに運の悪いことに、今日は三日後の一〇月三日に控えた運動会に備えて、午前一〇時三〇分頃から運動公園に移動し、屋外で運動会の練習をしていたというのだ。運動公園の場所は事故現場にさらに近い。(しまった…)そう思った。
 一時頃に事故を知った私は、息子の学校が終わる時間に合わせて、四〇分ほど歩いて彼を迎えに行っていた。けれど幼稚園のほうは、バス通園なのですっかり安心しきっていたのだ。娘も迎えに行くべきだった。「バスを待っている間もずっとお外で遊んでいたよ」と娘は言う。目の前が暗くなった。
 テレビをつけた。東海村の南西に隣接し、日立市の隣にある ひたちなか市のほうでは、すでに屋内待避の指導が各学校、幼稚園に出されているという。わが日立市はどうなっているのか。娘は園庭で遊んでいたというし、息子の学校の生徒達は、誰も何も知らされずに徒歩で下校していた。この差はいったい何だろう!?
 急いで日立市に電話をかけた。とにかく情報が欲しかった。けれどいつまでたっても回線がつながらない。話し中を知らせるツーツーという通和音だけが響く。そして何度もかけて、ようやくつながった電話では、担当者が「とにかく情報はテレビを見てください。日立市のことが流れてないのは日立市がダイジョウブだからです!」と言い放った。
 あまりの非論理的な回答に唖然とした。何を根拠にダイジョウブだというのか。担当者の言葉にかえって不安が募った。日立市も、ひたちなか市と同様に東海村に隣接しているというのに。
 仕方なく、テレビをつけっぱなしにして過ごす。すると夕方の四時頃になって、日立市にも一〇キロ圏内屋内待避が出されたという報道が始まった。続いて幼稚園と学校から「明日は休校」との連絡が入る。だが家の近くには、警察も宣伝カーの一つも廻って来る気配はない。
 夜になり、テレビでは「臨海が止まらない」というニュースが流れ始めた。臨海とは、核分裂が次々に起こり続ける状態だ。それが止まらないとはどういうことか。臨海により施設からあふれ出た放射線はいったいいつまで、そしてどこまで広がり続けるのか。
 不安のなか「国道六号線が閉鎖」、続いて電車が止まり「駅が封鎖」の報道が流れる。とうとう隔離されてしまった――。とたんに恐怖が湧き起こった。上空ではヘリが飛ぶ音がする。映画『アウトブレイク』のワンシーンが浮かんだ。未知のウィルスに汚染されてしまった村を、封鎖して住民ごと焼き払ってしまおうという方針が政府から出されるシーンだ。今なら笑い話で済むが、この時は冗談じゃなかった。
 とにかく正確な情報が欲しい。市の言葉は信用できない。そしてテレビによる報道は、ただ恐怖をあおり立てるばかりだ。窓を閉め、冷房を止めて、テレビをつけっぱなしにして、一家四人、眠れない夜を過ごした。

■教育委員会が決定したからダイジョウブ

 翌日になって、やっと臨海が止まったというニュースが流れた。様子のほうも少しずつ明らかになってきて、私の住む社宅の住民も落ち着きを取り戻し始めた。しかし夕方になって、一〇キロ圏内屋内待避が解除されると、新聞さえ未配達の状況にもかかわらず、学校からは「明日は登校」、幼稚園からは「明後日の運動会は予定通り実施」との連絡が入った。これには困惑した。
 昨日から窓は一度も開けていない。開けるなと言われたからではない。ホウシャセイブッシツが怖いからだ。一時期雨が降っていたが、土は汚染されなかったのだろうか。登校してダイジョウブ、運動会もダイジョウブといわれても、本当にダイジョウブなのだろうか。昨日の市役所の要領を得ない電話の回答が頭をよぎる。根拠はあるのだろうか。
 再度市役所に電話をかける。すると、教育委員会が決定したからダイジョウブなのだと言われた。そこで教育委員会に電話をする。すると、市の災害対策委員会が決定したからダイジョウブなのだという返事だ。次に市の災害対策委員会にかけると、
  「運動会? 土が汚染されているなんて誰から聞いたの? 空気が汚染されてなきゃ雨が降っても土は汚染されるわけないでしょ?」煩わしいことこのうえないといった返事の仕方だ。それでも食い下がって、モニタリングポストの測定値を聞いてみた。すると、
  「日立市ではねえ、たった一ヵ所だけ高い数値を示しただけだよ」「それはどこですか?」「トメだよ、トメ!」
 ……トメ? 留町だ! 留町といえば娘の幼稚園のすぐ隣ではないか。この職員、おそらくたくさんの人から同じような内容の質問を受けすぎて面倒臭くなっていたのだろうが、大きな災害の際に、市民の不安に対応するのは市の仕事の一つではないのか。彼がいったいどこに住んでいるのかは知らないが、現場から一五キロも離れている日立市役所の一職員にとって、南の端っこにある留町や茂宮町、大和田町、下土木町(いずれも東海村に近い町)など、所詮、「たった一ヵ所だけモニタリングポストの数値が上がっただけ」の場所でしかないのだろう。
 たらい回しのあげくにこの結果だ。だが、拗ねている場合ではない。モニタリングポストの数値はどのくらいを示したのだろう。昨日、いくら電話をかけてもパンク状態でつながらなかった県の災害対策委員会に電話をしてみた。
 電話口には、あきらかに専門家ではない人が出てきたが、傍らにいるらしい専門家に話を聞きながら、さすがにていねいに状況を説明してくれた。ここに来てようやく私は、話の通じる人から情報を得ることができたのだった。

■市がこれほど頼れないとは……

 留町のモニタリングポスト(環境放射能測定点)の数値は30日、20時の時点で0.118マイクログレイ(放射線吸収線量の単位)を示した。だが、今は数値は正常値(0.045マイクログレイ)に戻っており、土の検査はまだ済んでいない。心配であれば、外から帰った時にはよく服の埃を落とし、体をよく洗い、洗濯物で事故前に干したものはもう一度洗いなおすこと。――その時点でわかっていること、わかっていないことなどを防災対策委員は細かく説明してくれた。
 普段なんらかの情報を集めたい時は、夫の会社にあるコンピューターからインターネットにアクセスしてもらい調べていた。もしも自宅からインターネットに接続できれば、リアルタイムにもっと適切な情報を集ることができただろう。自宅にインターネットをつながずにいたことを、この時くらい悔やんだことはない。瞬時に集められるはずの情報のために、かなりの労力と時間を割いてしまった。よもや、これほど市が頼りにならないとは思ってもいなかったからだ。
  (市に頼っていてはいけなかったのだ。必要な情報は自分で得るしかない)私のなかには、市に対する大きな不信感が残った。今後、どんな発表が市から出されても、もう素直に信用する気持ちにはなれないだろう。取り急ぎ、幼稚園の運動会が明後日に迫っている。こうなったら自分の足で調べるしかないと思った。再度、運動場の土を自分で持っていくから調べさせてもらえないだろうかと保健所に電話してみたが、土は調べられないという返事だった。
 なぜなのか理由ははっきりしないが、とにかく調べられるのは人間だけだということだ。しかたなく私は、夫の会社の同僚で、原子力に詳しいK氏に話を聞いた。地理関係や状況などを説明し、モニタリングポストの数値が表すことなどについての判断を仰いだ。
 彼の考えでは、今回の事故が爆発でなかったこと、数値が下がるまでの時間の経過から、飛んできた放射性物質は建物の空気口などから外に漏れたものであり、早いうちに放射線を出し切ってしまい別の物質に変化してしまうものがほとんどだと思われることなどがわかった。また事故当時の「北東」という風向きも考慮に入れれば、一応、日立市は安全なのではないかということだった。そこで土曜からは息子を通学させ、運動会にも参加することにした。
 また、土の検査がだめなら、身をもって調べるしかないと、運動会帰りに土まみれになったまま娘と保健所に直行、検査をしてもらうことにした。まさに命がけの運動会だ。保健所には広島や長崎から医師が来ていて不安なことがあれば質問に答えてくれるという。結局、土にも人体にも汚染はなく、この日は、土や水の汚染についていろいろ聞いたあと、被爆に関する説明を受けて帰宅した。

■怖いのは原発でなく管理者の無知

 数日が過ぎ、何も変わらない生活に戻った。もう会う人会う人が皆、事故のことを口にすることもなくなった。事故はジェー・シー・オー(JCO)の幹部責任が大きく刑事事件として家宅捜索などが進んでいる。国も早いうちから対応の遅れを認めて謝った。小渕首相も農作物安全パフォーマンスに出たりしてダイジョウブをアピールしているが、地元住民にとっては、もう何も信じられないという気持ちが残った。
 国、県、市町村の責任ある人達のなかで、誰一人としてJCOという核燃料加工業者がどれだけの危険なものを扱っているかを認識できずにいたことを知ったからだ。
 事故が起きた時、皆が一様に、他人事であるかのように「こんなこと(が行われている)とは知りませんでした」と発言したことにも唖然としたが、「日本人はしっかりしたマニュアルに基づいて仕事ができるから信頼度が高い。これがあらゆる企業について失われつつあるとすれば、日本人全体にかかわる問題だ」(小渕恵三首相・一〇月二日付朝日新聞夕刊)という批判や、「基本的なモラルや従業員に対する教育が不十分」(有馬科学技術長官・一〇月三日付朝日新聞朝刊)などの責任を労働者や企業に押しつけようとする姿勢には、さらに開いた口がふさがらなかった。こんな無責任体質の国や自治体が、「もう安全ですからダイジョウブです」と言ったからといって、もはや信用できるはずもない。もう一度同じことが起こり、「こんなこととは知りませんでした」といわれても済まないのだ。
 怖いのは原発より、核燃料より、それを管理する関係者の無知と人任せ根性だ。この点については自分も含めて住民も意識を高めなければと身にしみて思った。また、腹が立つのは、市民の不安を解消するどころか煽る市の対応だ。そしてつっこんだ質問をしてくる住民には、おまえはそんなこと知らなくていいといわんばかりに応対する。これらの体質がわかった今、疑問が残る幾つかの点についても自分で調べてみようと思っている。
 第二のJCOを見落してはいないだろうか。第二のJCOが事故を起こしても、また同じ対応を受けるかもしれないという不安がつきまとう。今回はたまたま不幸中の幸いにも被害が少なくて済んだが、次は爆発事故かもしれないし風向きが違うかもしれない。風向きがどちらでも誰かが被害に遭う。私達が東海村に隣接していることは変わらないのだ。(■了)

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