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ホームレス自らを語る/旦那と別れて借金地獄・矢野淑子さん(年齢不詳)

■月刊「記録」1998年2月号掲載記事

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■離婚してから借金生活

 あたしが野宿、つまり路上で生活をするようになった原因は借金よ。あっちこっちのサラ金から借りたからね。一つのサラ金が融資の限度額になると、別のサラ金に行って借りて、そこがいっぱいになると、また別のサラ金に行って借りて。だから、どこのサラ金からいくら借りてたかなんて、もう自分でもわかんないのよ。融資限度額はどこも50万円くらいだから、サラ金7・8社から、元金で400~500万円くらいになるんじゃないのかねえ。
 5年前に旦那と離婚したのがきっかけで借金をするようになった。離婚がショックだったわけじゃないけれども、あれから何となく遊びほうけちゃってね、借金重ねながら暮らしていたのよ。
 でも、あたしはお酒は飲まないし、ギャンブルもパチンコを少しするくらい。じゃあ何に使ったんだって?着るものと食事代だねえ。そんな生活を2年ほど続けたのよ。
 そうなると借金の督促がすごいでしょ。たまにアルバイトがあってもさ、稼げるおカネなんてたかが知れている。利息分にも足りないよ。それで夜逃げ……、といっても実際には朝堂々とアパートから出てきたんだけどね。
 でも夜逃げしたって借金の督促は追いかけてくるから、住所を移すこともできないのよ。しばらく友達のアパートを転々としていたんだけれども、それも長くは続けられない。

■いまだに謎の父親の死

 それで、渋谷の区役所前で野宿をするようになった。94年の秋くらいかしら。寒くってね。夜、ベンチになんか寝てられないの。渋谷の駅の周りをグルグル、グルグル朝まで歩き通していた。それで昼間寝るのよ。初めのころは、そんな毎日だったわね。
 野宿を始めるのに、女だからって別に決断なんかいらなかったね。もともとが大ざっぱで、いいかげんな性格なのよ。どんな気持ちがしたかって?そんなこと覚えていないよ。通行人に見られたって、さほど気にならなかったし。1年くらいしてからだね、新宿西口に移ったのは。
 生まれは大阪。5人兄弟の末娘よ。6歳のときに、おやじの転勤で東京に越してきた。そしておやじがその年に死んで……。自殺だったんだよね。あたしはまだ小さかったから、理由とか、どんな死に方をしたのかは教えてもらえなかった。だから、今もおやじの死は、あたしには謎なんだよ。
 おふくろが病弱だったからさ、それからは生保(生活保護)で食いつないだよ。働いていた一番上の兄を除いて、おふくろと兄弟5人が、六畳一間に肌を寄せて暮らしていてね。ただ、あたしはあまり自分が貧乏だってこと、感じてなかったんだ。学校のクラスにも、生保で暮らす子は何人もいたしね。
 中学生のとき、病弱なおふくろに代わって、兄があたしを引き取ってくれて、静岡に行ったんだ。その後、兄の仕事の都合で大阪に移って、高校も大阪。結構、ごんた(大阪弁で「不良の一歩手前くらいの子」をいう)な高校生で、学校から帰ると梅田に繰り出しては、遊び歩いていたよ。でも、今と違ってテレクラとか、ゲームセンターがあるわけじゃないから、喫茶店に入って音楽を聞きながら、お茶を飲んでいただけ。かわいいもんよ。 ソフトボール部に入っていたんだけれども、ある日部活のみんなで集団万引きをしたことがあった。面白半分だったんだけど、それがバレたんだよ。チームは大阪府代表で国体に出場することが決まっていたから、学校のほうがあわてちゃって。結局、主将だったあたしと副主将の二人が、責任を取らされることになって中退よ。高校三年生の夏だったねえ。それでチームは無事国体出場を果たしたんだから。
 しょうがないから東京に出てきて、喫茶店のウエイトレスをしばらくしてから、パチンコ屋に住み込んで働いた。これが15年くらいと結構長かった。そこでは、ずっとカウンターばっかりやってたけれども、結婚してからはパチンコの釘師をしたこともある。旦那が釘師だったんで、教えてもらったのよ。

■野宿の女同士で助け合いたい

 旦那とは、恋愛とかそういうんじゃなくて、周りの人たちが一緒にさせたがったんだよ。年が10も離れていたし、これといってひかれるところがあったわけじゃなかった。おとなしい人だったよ。旦那が一言いうと、私は10も言い返しちゃって、性格もホント、正反対だった。
 そのうちに、旦那が浮気をして、相手の女に子どもができた。あたし、相手が水商売をしているんだったら、別れてやらないと思ってたんだけれども、普通の人だった。だから3人で話して決めたんだ。あたしも父親がなくて育ったからね。生まれた子を父親のない子にしたくはなかったんだよ。それで、離婚して、あたしは身を引いた。旦那との生活は5年続いたね。サラ金に手を出したのは、その後間もなくだったねえ。
 97年の夏、北アジアの女性たちを招いたボランティアの会議があって、あたしの話を聞きたいって頼まれてね、野宿をするようになったいきさつなんかを話したんだ。そうしたら、女の野宿者が、みんなの前に出て話すなんて、どうやら初めてのことだったらしいんだ。それが縁になって、野宿している女性とボランティアの集まりができて、今、リーダーをやってるのよ。集まりの名前は「心を開く輪」っていうんだ。
 女の人で野宿をしている人の中には、隠れてしている人が多いのよ。私達が声をかけても「私は野宿者じゃありません」って、否定する人もいるんだ。病気になったときとか、いじめやセクハラにあったときなんか、みんなで助け合ったり、相談をしていけたらいいと思ってやっているんだけれどね。みんな、もっと、表に出てきてほしいよ。
 以前、通行人のおばさんの一人に、「何で野宿なんかしているの? 私だったら、こんな生活は絶対にしない」っていわれたことがあるの。腹が立ってね。「じゃあ、あんたは旦那から急に離婚されて、女一人で生きていけるだけの蓄えがあって、技術か資格でも持ってるの」と言い返してやったんだ。野宿していることが特別じゃなくて、みんなこうなる可能性があると思うんだ。
 あたし自身は、野宿をしていても、「食べていくためには働かなければ」って思っているから製本工場で働いている。アルバイトだから収入は一定しないけれども、おカネさえある程度のメドがつけば、またアパートが借りられると思う。借金の清算もしないといけないけど、もう3年も放ってあるから1000万円くらいになってるんだろうな。あとは自己破産するしかないね。アパートを借りるより、その手続きをするほうが先かな。 (■了)

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