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鎌田慧の現代を斬る/世界同時テロと小泉内閣の野望

■月刊「記録」2001年10月号掲載記事(表記は掲載当時のままです)

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■420対1の冷静さ

 アメリカで起きた同時多発テロによって、小泉改革が「参戦」に踏み切るのが憂慮される。米航空母艦の護衛やイージス艦の派遣など、最悪のシナリオである。
 ここ数日の報道のなかで、わたしがもっとも注目したのは、カリフォルニア州選出の下院議員バーバラ・リー(民主党)が、大統領の求めた武力行使の決議をたった1人拒否したというニュースであった。
 この結果、決議は420対1で可決されたのだが、「誰かが抑制を利かせねばならない。決議の意味をじっくり考えるべきだ」と彼女は語り、アメリカの報復によって世界的な暴力の悪循環の生まれることを懸念したという。彼女は、98年のイラク空爆にも反対し、99年のコソボへの部隊派遣でも下院でただ1人反対し、ブッシュ政権が離脱宣言した地球温暖化防止の京都議定書も支持しているという。
 軍事力による解決と自国の孤立化を恐れないアメリカの興奮状態にたいして、敢然と世界平和の立場から「抑制」を主張した議員がいたことは、アメリカの1つの希望である。同時に、たった1人しか反対しなかった事実は、このテロによるアメリカのプライドの失望を物語ってもいる。
 日本においては、社民党と共産党がアメリカの武力行使に反対している。しかし議会内では、圧倒的な少数である。9月19日夜、小泉首相は首相官邸で緊急記者会見をおこない、海上自衛隊のイージス艦を情報収集のために派遣することを発表した。これ以外にも、自衛隊が医療、輸送・補給などの支援をできるような措置を講ずるとか、国内の米軍施設や重要施設の警備を強化するための措置を講ずるとも語った。このような「米軍に対する協力法案」が成立する見通しである。
 今回のテロ事件にたいして、アメリカを全面的に支持する姿勢を、小泉首相は表明してきた。しかし彼の頭のなかに、日本の平和憲法が存在しているのかどうか疑問だ。事件の翌日、福田官房長官が「日本は日本の憲法の範囲の中で、でき得ることは最大限やる」とあらためて憲法を強調したが、アメリカがどんな作戦をとるのかをはっきりしないうちから、「全面的」などというのは、軽率のそしりを免れない。
 アメリカの国際政策そのものが生みだした、ともいえるテロルにたいして、日本の首相はなんの見識もしめさず、ただブッシュの「戦争だ」という叫びに「そうだ」と大向こうから声をかけただけ。この軽薄さは、国を誤った方向に導いていく。
 日本国憲法は、武力によって紛争は解決しないことを高らかに宣言している。19日の記者会見において小泉首相は、「憲法の前文には、『国際社会で名誉ある地位を占める』とうたっている」などと、憲法前文を引用した。しかし憲法は非武装主義を堅持することによって「名誉ある地位を占める」と宣言しているのであって、ほかの国の戦争に加担することが「名誉」になると書いているわけではない。

■火事場泥棒が戦争を準備する

 世界最新鋭の情報艦であるイージス艦の派遣は、日本がアメリカの戦争の「下請け」になることである。イージス艦のコンピュータシステムで情報を収集するには、アメリカの攻撃システムと密接な連携を取らなければならない。武器や弾薬などの軍事物資を供給するのに匹敵する情報戦参加といってもよい。情報収集という名目なら自衛艦の派遣も可能だと防衛庁は考えていたとの報道もある。しかしイージスの扱う「情報」は、攻撃に直結する。米日共同戦線の実施は、「集団的自衛権」の発動であって、とても平和憲法下で容認できるものではない。
 いま政府内では、後方支援の法を整備するなどと騒ぎ、憲法の枠組みを超えようとしている。しかし国際的な名誉を考えるなら、日本にできることとできないことを明確に主張し、平和のためになにができるのか(たとえば、非戦の国として交渉の仲介をするなど)、具体的に提案していくべきである。まして混乱に乗じて、主権を抑圧する有事体制の整備までしようとする政府にたいしては、強く批判せざるをえない。
 そもそも日本政府がしめした「戦争はしない、しかしテロリズムとは戦う」という論理は奇妙である。アメリカは今回のテロリズムを「戦争状態だ」と表現し、首謀者とその支援国に圧倒的な攻撃を加えようとしている。この攻撃に加担する日本は、戦争参加ではないと強調している。テロリズム根絶への戦いに参加したという名目が、既成事実として、これから戦争への協力にエスカレートしていくことを、私は恐れている。
 アメリカはアフガニスタンへの攻撃方法をあきらかにしていないが、地上戦の可能性は少なくない。この地上戦に陸上自衛隊を派遣した場合、後方支援という名目はなんの意味ももたなくなる。武力で圧倒的に劣るタリバンは、地形を利用しゲリラ的な戦法を選択してくるだろう。そうした状態で、どこが「前方」でどこが「後方」になるのか。運搬や補給の業務は、完全に戦闘状態に巻き込まれる。どこが戦場になるのかわからないという場所に、自衛隊を派遣するのは、すでにPKFの発動とおなじことであり、日本の憲法の枠内では考えられない集団的自衛権の発動となる。
 また今回の事件で、日本の米軍基地がいつ攻撃されるかわからない恐怖があきらかになった。沖縄や三沢などにある巨大米軍基地の警備は、事件後急速に厳格化された。こうした情況を利用して、自衛隊が米軍を警備できるよう小泉内閣は法律を準備している。自衛隊の国内出動を、どさくさに紛れて認めさせるつもりだ。
 こうした火事場泥棒的な小泉政権のやり方の汚さについては、マスコミも批判を明白にすべきである。ところが、『読売新聞』の20日の社説においては、「内向きの議論にしてはいけない」というタイトルで、「首相が今、決断すべきは、集団自衛権に関し、『持ってはいるが、行使出来ない』という政府の解釈を改め、行使できることを内外に明確にすることだ」と書いている。つまり集団的自衛権の行使を煽っているわけである。
 また「緊急立法の論議でも、同様の流れになっている。国際的には通用しない内向きな論議に終始すれば、日本が出来る支援も限られている」とも書いているが、日本は戦争しない国だと世界に明言しているのだから、それにのっとって協力の形を考えていくべきであろう。
 今回、大きな問題として浮かび上がったのが、原発である。ニューヨークの貿易センタービルにたいする攻撃がしめすとおり、その国の象徴的な存在や攻撃に弱い施設がテロルの標的となる。アメリカと一心同体の政策をとっている日本で、原発は標的として申し分ない存在になる。
 六ヶ所村の核燃料サイクル施設(ウラン濃縮工場や再処理工場など)は、三沢基地を発進した戦闘機が激突しても耐えられるほどのコンクリート強度をもつといわれる。しかし巨大な航空機が突入することなど想定されていないし、原発の屋根が側壁ほど強くないという問題もある。日本各地の原発は、テロによって死の灰をまき散らす可能性をもちつづける。その被害は、チェルノブイリ原発事故を上回ると予想される。

■破壊されたアメリカの安心感

 一般市民を巻き込んで膨大な死傷者を発生させたテロ事件は、もちろん許されるものではない。内ゲバやテロルなど暴力によって解決しようとするあらゆる政治行動に、私は反対している。ただアメリカが各地でおこなってきた戦争行為、たとえば中南米の政権にたいする武力での鎮圧や中東での戦闘行為、あるいはかつてオサマ・ビンラディンの武装化に協力していた皮肉な行為も批判されるべきものである。
 こうした力による政策は、絶対にアメリカは攻撃されない、という安心感の上になりたっていた。大都市ニューヨークがいきなり攻撃された光景は、一般市民が犠牲となる悲劇を改めて世界中にしめした。広島・長崎の原爆投下などをふくめ、戦闘で一般市民が殺されてきた歴史的な事実について、アメリカをはじめとする多くの国々が反省しなければならない。日本もまた、反省と同時にこうした悲劇をなくすために、なにをすべきなのかを提案すべきである。
 いつどこで発生するかわからないテロリズムにたいして、武力の防衛は限界がある。「全米ミサイル防衛システム」(NMD)でロケットによる防衛網をハリネズミのように張り巡らせれば問題は完成する、と考えていたブッシュ政権に今回のテロは冷水を浴びせた。
 テロリストの憎悪は、これまでアメリカに抑圧されてきた怨みを支持母体にしている。つまり、その支持母体がなくなれば、テロリストの存在もなくなる。憎悪をなくすには、あらゆる問題を力で解決するアメリカ独自の発想を変えていくしかない。
 地球温暖化の問題、アメリカの市場での独り勝ちをつくりだすグローバリゼーション、ダーバンでひらいた国連の人種差別撤廃会議の決議に参加しないなど、独りよがりの政策を見直す必要がある。
 アメリカが平和に貢献するためには、まず自国の軍事基地を世界からすこしずつ撤収することである。またパレスチナの独立を認めるというような柔軟な外交政策も必要とされる。エルサレムの街角では機関銃の台座を据えてイスラエル兵が警備している。このようなパレスチナ人にたいする過剰な抑圧が、子どもたちまで参加するインティファーダ(抵抗運動)を生んでいる。
 インティファーダとテロルとを混同するわけではないが、このように憎悪の石が積み重なって、今回のような大量殺人のテロルが生まれたというふうに考えることが必要だ。

■容疑者の生首を取ってこい!

 9月20日現在、今回のテロルがオサマ・ビンラディンによって引き起こされたという明確な証拠はしめされていない。証拠がないのに、アメリカは軍事行動を開始している。容疑者の生首を取ってこいと指示しているのだが、それは裁判にもかけずに死刑にするようなものだ。 このように目には目をの方法で解決するのではなく、もし、オサマ・ビンラディンが事件に関わっているとするならば、粘り強い外交の力と国際世論によってタリバンに引き渡しを求め、そして逮捕した容疑者を国際刑事裁判所(ICC)にかけ、世界にその犯罪性を証明する手順が必要だ。
 今回のテロルのアメリカ国民にたいする肉体的あるいは精神的な打撃の大きさは、原爆と阪神大震災の惨事を経験した日本人は、あるていど想像できる。しかし、いま危険にさらされている、自由と豊かさの生活が、これまでのアメリカの軍事力を背景にしてつくられてきたものであるというゲリラ側の批判も、今回の事件を通して理解する必要があると思う。そうした相互理解にむかう道が、このような凶暴なテロルを防ぐ最大の解決方法だと思う。 (■談)

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