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ホームレス自らを語る/刑務所の塀を越えた男・池田晴夫(五五歳)

■月刊「記録」1998年8月号掲載記事

*          *           *

■おれの土産は夢の宝物

 2月、しかも夜中の2時だからな。車をおりたら寒かったよ。持っていた鉄パイプの冷たさが、手袋を通して伝わってきた。歩いているやつはもちろん、自動車だってほとんど見かけなかった。
 それでも警戒して、なるべく街灯を避けて、コンクリートの塀に近づいたんだ。やっぱり刑務所の塀は高かったよ。つい数ヶ月前までは中にいたところに、まさか塀の外から入ることになるとはな。
 1974年、おれが31歳のことだ。
 鉄製のフックにつなげた縄ばしごを4メートルほどのプラスチック製パイプの先に引っかけて、塀の向こう側に落とした。ゆっくりとたぐると、フックががっちりと塀を捕まえているのがわかったよ。垂れる縄ばしごに、急いで飛びついた。ところが、あわてているせいか、ゆらゆら揺れて登りにくかった。参ったよ。
 どうにか塀の上にたどり着いて、久しぶりに中を見たら変な気持ちがしたね。1年ちょっと暮らしていたから、内側は「勝手知ったるわが家」みてぇなもんだが、塀の上から見たのは初めてだったからな。でも感慨に浸っている時間はない。
 塀の角に引っかかっているフックを外して、外側に向けて改めて引っかけ直し、今度ははしごを内側に下ろした。で、数秒後には刑務所の中だよ。めざすは北門の近くにある工場の隣にある小屋だ。コンプレッサーが置かれているこの小屋は、鍵もついていねえ。仲間に品物を届けるには、絶好の場所だからな。
 仲間へのプレゼントは2つだ。一斗缶につめたタバコと菓子。シャバに出れば何てことない品物だが、ムショでは夢に見る宝物に変わるんだ。品物をコンプレッサーの陰に隠した瞬間、仲間の喜ぶ顔が浮かぶようでうれしかったよ。
 仲間への目印として工場の鉄格子に小さな赤い布を付けた。あとは縄ばしごまで走って戻ったよ。帰りはずいぶんと時間が早く感じたもんだ。仕事は成功したようなものだったし、最初の緊張感は消えていたからな。
 ところが車から見ていた運転手の仲間は、気が気じゃなかったらしい。刑務所の塀は案外厚みがあって、フックが深く引っかからないんだ。おれがはしごに組み付くと、フックの金具が少しずつ、少しずつ伸びていったらしい。爪が伸びきってフックが外れれば、おれは刑務所から出る道を失ってしまう。そうなれば文字通り刑務所に逆戻りだ。
 結局、悪運が強かったってことだろうな。フックが伸びきる前に、おれは塀の上にたどり着いた。最初はついて来るのを嫌がっていた車の運転手も、刑務所から帰る道すがらはうれしそうにしていたな。

■誰だって危ない目はごめん

 刑務所に潜り込み、また戻って来たやつなんて、おれ以外にほとんどいねえはずだ。第一、中に潜り込もうなんて、普通なら思わねえよ。おれは刑務所の仲間との約束で、危ない橋をわたらざるを得なかったから行ったんだ。
 好きでも何でもない刑務所に潜り込むことになった理由は、中にいるときにタバコのルートをおれが作り上げたからだ。ちなみに当時のおれの容疑は、銃刀法違反と傷害未遂だった。懲役は一年くらいだったかな。酒場でケンカして、刺身包丁で相手を追い回して、現行犯逮捕されたんだよ。
 当たり前のことだが、刑務所ではタバコなんて認められない。だから、まともな方法じゃ絶対手に入らねえ。もちろん看守に隠し持っているのを見つかったら一巻の終わりさ。だいたい「タバコ」なんて軽々しく口にすることもできないくらいで、刑務所内では「ネッコ」なんて名前で呼んでいた。
 そんな状況でおれが目をつけたのは、刑務所で作った商品を受け取りにくる配達業者だった。刑務所では金属製の引き戸を加工していて、毎日、業者が受け取りに来ていたんだ。トラックが作業所に来ると、商品を車まで運ぶのが、おれたち囚人の仕事になる。運転手はおれたちから商品を受け取り、荷台に積むんだ。
「おい、タバコ持ってねぇか」
 二枚の戸を担ぎながら、おれは運転手に尋ねた。当たり前だが、囚われの身で脅しても誰もこわがらねえよ。実際、やつも笑ってた。だからやつの足めがけて、戸を一枚すべらせたんだ。戸は鈍い音とともに、やつの足の甲に命中した。気の毒なことに骨折だよ。その場は大騒ぎになったが、「不注意だった」と謝ればどうしようもないだろ。だいたい、仕事には事故がつきものだからな。
 そして次の日、足をけがした運転手の代わりに、新しいやつが配達に来たんだ。足が折れてちゃ、仕事にならないからな。そいつに、おれはすかさず耳打ちしたよ。
「前のやつと同じ目に遭いたくなければ、次からタバコ持ってこい」ってな。
 そいつは前の運転手から話を聞いていたんだろう。あわ食ったような顔で、おれを見ていたよ。まあ、シャバに出ていれば、おれたちに差し入れるタバコの金額なんてたかがしれている。毎度毎度、危険に身をさらすよりも、タバコの差し入れを選ぶというわけだ。

■油断もすきもねえ

 おかげで、それからは数日ごとにタバコが手に入るようになったね。
 吸うのは、ねぐらか作業所だよ。作業所の場合は、誰かが看守に話しかけて気を引き、そのすきにニクロム線をコンセントに突っ込んで火をつける。時間が短いから、ゆっくりとなんか吸っていられねえ。思いっきり吸い込む。これが肺に染みわたるんだ。作業所で唯一の楽しみだったな。
 ねぐらで吸うのは、もっと危険だよ。デンパチっていわれてた方法だが、電球を外してニクロム線をぶち込むんだ。感電するわ、ヒューズは飛ぶわで、そりゃ、大変だよ。でも、週末は作業所が休みだろ。どうしても一本吸いたくなる。感電覚悟でデンパチやって、火をつけるんだよ。あのタバコの味は、忘れられないな。
 問題が起こったのは、このルートを作り上げてしばらくたってからだった。牢屋でもめ事を起こして、おれは懲罰行きになっちまったんだ。もちろん作業所には行けねえ。運転手とも会えねえ。結局、20日間くらい独居房で過ごしたかな。やっと出てきたときには、おれのルートを他人が勝手に使っていたんだ。しかも分け前をみんなに寄こそうともしない。たとえ分けても雀の涙程度よ。
 頭にきたおれは、「てめえ、誰のルートで仕事してんだ。ふざけたマネするとチンコロ(締め上げる)すっぞ」と脅しつけた。だが、相手だってこんなうまいルートを手放すわけもない。しまいには作業所が、二つに割れてにらみ合いだ。看守もいるから、いきなり殴り合いなんてできないけどな。始終こづき合っていたよ。

■おれは義理堅い男なんだ

 そんなとき、おれの出所が決まった。髪を伸ばす許可が下り、1ヵ月もしたら刑務所ともおさらばよ。こうなると暴れるわけにもいかねえよ。出所したらタバコを差し入れると仲間に約束して、おれは刑務所を出てきたんだ。
 自分でいうのもなんだが、おれは義理堅い男だよ。とにかく約束を守らなくちゃいけねえと、機会をうかがっていた。そんなとき、暴力団の幹部がおれを訪ねて来たんだよ。「どうにかして刑務所にいる組長にタバコを差し入れてくれ」ってな。銭も払うからと。
 渡りに船とばかりに、さっそく、準備にとりかかったよ。
 おれも出所したてだからカネはねえ。だから友人から20万円ほど借りていた。当時、大卒の銀行員の初任給が七万五千円に届くか届かないくらいだったからな。大金だよ。今なら60万円以上の価値になるんじゃねえか。
 知り合いの鉄工所で場所を借りてフックを自分で作り、縄ばしごと結びつけたり、タバコや菓子を買えそろえたり。そりゃ忙しかったよ。一番難航したのは、運転手の手配だ。そんな危ない仕事など、誰も引き受けねえよ。おれが見つかったら、下手すりゃ一緒に捕まるからな。説得するのに、とにかく苦労した。
 それでもどうにか準備を整えたんだ。あとはことを片付けるだけ。だから、とにかく実費だけでも払えと暴力団の幹部に要求したんだ。ところがカネを払わねえ。最初、ペコペコ頭を下げて頼んだのに、いよいよこれからってとき待ち合わせの場所にすら来ねえんだ。こっちは運転手の手配までしちまったし、計画を延期するわけにもいかなかった。仕方なく、一銭ももらわないままに刑務所の塀を乗り越えたよ。
 結局、おれが仕事を無事に終えても、やつは銭を払おうとしなかったな。事務所に押しかけたが、毎回、日延べしていく。そのくせ、もう一回忍び込んでくれなんて、調子のいいことまでいう。あきれたよ。結局、今になるまで一円のカネももらっていない。
 聞いた話によれば、おれが侵入した後、別のやつを立てて忍び込ませたらしいが、捕まっちまったそうだ。そいつは小さなクレーン車を手配して、自分をつり上げたらしい。ところが人を塀の内側に下ろした後、運転手が職務質問を食っちまったんだ。素人だったそいつは、内側の人間を置き去りにして逃げ出したってさ。入ったやつは、逃げ場はなし。現行犯で捕まって留置所直行。そう簡単には、成功しないってことだよ。

■ヤバイ仕事は一通りやった

 実は危険な橋をわたったのは、刑務所への侵入が初めてじゃない。トビになる50歳まで、おれは危険な仕事のよろずやだったんだ。いろいろやったぞ。
 逃げた女房を夫の頼みで連れ戻すなんて仕事もした。もっともそのおかげで、頭を猟銃で吹っ飛ばされそうになったけどな。
 その夫婦には自慢のセガレがいたんだ。おれも近所に住んでいたから知っているが、そいつの賢さは半端じゃなかった。人の息子ながら将来が楽しみだと思ったよ。ところがそのセガレが交通事故で植物人間になっちまう。高校の初めくらいかな。
 おっかあの落ち込み方は、そりゃひどかったよ。しかも悪いことに事故で多額の賠償金が懐に入ったんだ。植物人間だから、医療費が必要だしな。
 息子を失った寂しさもあったんだろうが、大金でおっかあはスナックを開いたんだ。あとはお決まりのパターンだよ。客がつき、その客が男になり、連れだって家を出た。
 ただ普通と違ったのが、旦那も新しい男もヤクザだったこと。しかも恋人のほうは、暴力団の二代目組長だったから相手が悪すぎるよ。だからといって旦那だって黙っては引き下がれねえ。で、妻を連れ戻すようにおれに頼んできたわけさ。

■親の死に目にもあえやしねえ

 相手が親分だろうがなんだろうが頼まれりゃ仕方ない。おれはおっかあの後を追って、岐阜まで行ったよ。とにかく会って説得しようと思ってな。ところがヤクザ者同士、女を巡って争うことになると、ただの痴話ゲンカでは終わらねえんだな。結局は抗争だよ。いつの間にか、組対組の争いになっていったんだ。
 東京からはおれ以外にも、若いのが送り込まれる。一方、岐阜のヤクザもおれらに負けじと武装する。そのうえ、いつの間にかおれが特攻隊長に仕立てられていた。東京から来た若い衆は、こわがっておれより先に行動しようとしなかったからな。
 岐阜に入って数週間、おっかあがどこにいるのか、とにかくおれは探し回ったよ。そんなとき、事情に通じてそうな若い衆を街で見つけたんだ。話を聞くために、さっそく車で拉致して近くの河原に向かったよ。ところが運悪く、相手の組の若いやつが猟銃を持って、その河原をうろついてたんだ。カモでも撃ってたんじゃねぇのかなあ。
 拉致した若い衆を連れて歩いていたら、突如、黒く伸びた銃身がピタリとおれの頭に押しつけられたんだ。
「何してんだ、おめえ、殺すぞ」っていわれたから、「ぶっ放すならやってみろ」とおれはどなりつけたんだ。
 人間なんて簡単に人を殺せるもんじゃねえ。銃を持った男の顔を見たとき、引き金は引けねえやつだとおれは確信したね。無言のにらみ合いの後、やつは銃を下ろしたよ。おれだって死にたくはなかったし、だいたいおっかあの居場所を知りたかっただけだからな。聞くこと聞いて二人とは別れたよ。危なかったな。
 まあ、結局はおっかあが元のさやにおさまって片付いたんだけれど、まったく人騒がせなおっかあだぜ。この仕事のおかげで、おれは母親の死に目にもあえなかったんだからな。

■つくづく運がよかったね

 覚せい剤の売人もしていたことがあるぜ。こまいのを動かしてねえから、パクられてねえけどな。でも、かなりヤバイ橋をわたったよ。たとえば新宿の場外馬券場での引き渡しだ。80年くらいだったかな。当時の相場はグラム3万円。おれが引き受けた量は、500グラムだった。つまり1500万円分の取引だ。
 ヤクを忍ばせる秘密のポケットをこしらえた長いコートを着てさ、おれは取引場に向かった。簡単なボディ・チェックや職務質問ならば、コートのすそまでは調べない。それを見越して作ったんだ。プロは細心の注意を払うもんだからな。
 でも、そのときの取引相手はプロじゃなかったんだ。中毒患者の五人組だよ。一目でわかった。目が血走っていて、明らかにおかしいんだ。そいつらが週末の場外馬券場でロングコートを着たおれを囲んで話しているんだから、目立つぜ。しかも場所が場所だ。周りには警備員やら警察やらがわんさと歩いている。とても取引ができる状況じゃなかった。
「これじゃ、取引はできない。別な日にしろ」。おれは近づいてきた客にいいわたしたよ。ところがそいつらは我慢なんてできないのさ。買えなきゃ、禁断症状に襲われるからな。しかも別の仲間からもカネを集めてきていたから、手ぶらで帰ったら下手すりゃ仲間に殺されかねないってわけだ。やつらも必死だよ。殺気だった薬中に囲まれて、頼まれてみろ。すごいぞ。仕方ないから、売ってやったよ。
「今回だけは売ってやる。ただし、おまえらとの取引はこれで最後だ」って、いいわたしてな。
 おれが500グラムのヤクを手渡すと、やつらは震えながら銭を差し出たよ。白昼堂々、500グラムの覚せい剤の取引だぜ。これで捕まらなかったんだから、やっぱり運がいいんだろうけどな。
 ヤクといえば、覚せい剤を密造しようとしたこともあったな。これは一部では有名な話だが、覚せい剤とぜんそくの薬は中身が似ているんだよ。くわしいことは難しくてよくわからねえけど、ガス抜きをすれば覚せい剤に変わるんだよ。まあ、化学を勉強している大学生くらいなら簡単にできる。
 仲間とカネを出し合って、埼玉県の毛呂山町に一軒家を借り上げて、覚せい剤を密造しようとたくらんだんだ。カネに困っている大学生を抱き込んで、化学式を解かせてな。ところが同じことを考えていた集団がいたんだよ。しかもすぐ近くに。そいつらが警察にパクられて大騒ぎさ。おれたちもヤバイってことになり、大量のぜんそく薬を処分してズラかったよ。今思い出してみると、とんだ笑い話だな。

■取り立て屋だったことも

 こんな生活のおれだが、羽振りのいいときもあったんだぜ。
 毎日、キャピタル東急ホテルやら都ホテルやらに泊まり歩いて、ぜいたくざんまいしていた。全部、会社の経費で落としてな。
 そのときの仕事は、簡単にいえば取り立て屋だ。友達が作った会社だった。午後になるとホテルから出勤して、そいつからの指示を待つ。相棒から場所をいわれるまでは何もすることねえから、ソファで寝っころがっていたよ。実際、電話番すらしなかったな。
 まあ、相棒のいう通り一日数回スゴんで、経費使いたい放題で、一月100万円の給料だからウマイ商売だったよ。会社ももうかっていたんだぜ。ただ、この世界でこれだけもうけていれば、そのカネを狙うやつもいてな。
 あるヤクザからウマイ話が転がり込んだんだ。話を持って来た男の悪いうわさをおれは知っていたから、話に乗るなと相棒には忠告した。だけど乗っちまったんだ。案の定、カネだけ巻き上げられて行方知れずさ。会社もつぶれちまった。
 仕方ねえから、カネを取ったやつの行方を探したよ。そうしたら東京の国立にある知り合いのマンションに、女とよろしくやっているのがわかった。3日間、ずっとマンションの様子をうかがっていたよ。生活パターンをつかむためにな。
 で、おれは、ついにチャカ(拳銃)を持ってインターホンを押したんだ。ところがやつが女といるのは確実なのに、ドアを開けやしねえ。こっちも続けざまにチャイムを押したが、らちがあかねえ。どうしようかと思ってふとドアの横を見たら、これがガラスなんだよ。けとばしてガラスを割って、部屋に潜り込んだんだ。
 でも、さすがにもぬけのカラだったね。寝室にも、風呂場にも、クローゼットにもいない。それこそベッドの下まで確認したけれどいねえんだ。窓から隣の部屋にでも飛び移って逃げたのかもしれねえな。
 そんなことをしているうちに、大家が警察を呼んじまったんだ。まあ、ガラスを割られちゃ、警察も呼ぶわな。サイレンが鳴ったので窓からのぞいたら、パトカーが横付けされているじゃないか。逃げる間もなく警官に捕まって、署に連行されたよ。幸いだったのは、やつを捜している最中にチャカを室内に落としちゃったことだ。もしチャカを持っていたら、現行犯逮捕だった。
 警察署では、とにかく借金を取り立てにきたの一点張りだよ。カネがもらえなきゃ、死ぬしかないなんていって泣き落としたんだ。それがきいたのかな。窓の修理費1万円と罰金を払わされて終わりだった。
 留置所を出てたら、無性に腹が立ってきてよ。すぐに逃げた男の組に押しかけて「銭返してもらいたい」って迫ったんだ。たぶんおれがマンションの玄関をたたき壊して侵入したのを知っていたんだろう。あっさり1000万円出してきた。そのカネをそっくり友人にわたして、おれはまた、よろずやに戻ったんだ。おれのことを気にかけて、しばらくの間、やつは毎月5万円くらいずつカネを送ってくれていたね。
 その後、友人は、1000万円を元手に会社を建て直したらしい。もしあのとき、そのままくっついていれば、おれの人生も違っていたかもしれないね。会社がつぶれたあたりから、おれの運も変わってきちまったんだな。

■一年でいいから若返りてえ

 知り合いに貸したカネが返らなかったり、月一割の高利貸しから800万円も借りる羽目になったり。まったくついてなかったよ。借金が元で新潟にまで逃げる羽目になったしな。数年後にはおれにカネを貸してくれた人が誰かに殺されて、カネを返済する必要もなくなったがね。
 新潟から東京に戻ったころには、つくづくヤクザ世界が嫌になっていた。命をかけて高いカネを稼ぐより、地道に働きたくなったんだ。何でだろうな。それで山谷に来て、一からトビの仕事を覚えたんだ。景気がよかったときは、現場に必要な頭数を集めて仕事に行ったりもしていた。手配師みたいに他人の給料をピンハネしないから、仲間からの信頼もおれは厚かったんだぜ。それなりに暮らしていけてたんだ。
 ところがこの不景気。仕事が一切ないだろう。するとカネがないから、ドヤ(簡易宿泊所)にも住めなくなる。友達が部屋に泊めてくれるっていうけど、何の収入もなく長居し続けるわけにはいかないしな。アオカン(野宿)する日も出てくるよな。
 気温が下がって体が冷えると、母親につけられた古傷がうずくんだよ。母親っていっても、実の母親じゃねえけどな。
 生みの親が死んだのは、小学校2~3年だった。今でも覚えているよ。学校から帰ると、舎弟(弟)が布団に寝かされたおっかあの胸にしがみついて泣いていたんだ。「おっぱい、おっぱい」って、わめいてな。死んだのがよくわからなかったんだろう。死体を見て、おれもぼう然としたよ。
 そして数年後。おれの地獄が始まった。おやじに後妻がきたんだよ。学校から帰ると毎日せっかん。タバコの火を押しつけられたり、ひっぱたかれたり。今の子どもならば、体が持たなくて死んでいただろうよ。幸か不幸か、おれは頑丈だったから生き残れたけどな。おかげでおれの体は傷だらけだよ。一番ひどいのは足だ。傷口を縫えないほど、肉をえぐられたからな。今もケロイドになって、傷跡が残っている。これが痛む。夏でもサポーターを巻かないと、痛くて歩けないほどだ。
 仕事もない。カネもない。することもない。仕方ないから朝から酒を飲む。カネがもったいないから、自販機で買って酒を飲む。毎日、毎日、気持ちがすさんでくるよ。
 おれに後10年寿命が残っているなら、1年にしてくれてもいい。だから一年だけ若いころに戻らせてほしいんだ。このまま生きているのはつらすぎる。
 心残りなことを一つ片付けたら、自分の命は自分で決着をつけるつもりだよ。 (■了)

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