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ホームレス自らを語る/まあ、ばからしい人生さ・野口辰吉(66歳)

■月刊「記録」1999年6月号掲載記事

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■夢なんか最初からない

 何ていったらいいのか、面倒くさいんだよね。人生が面倒くさい。ホームレスをしているからいうんじゃないよ。若いころからずっと生きていることが面倒くさかったんだ。
 ホームレスって、こんなところに座って、一日中ボーッとしているだけのように見えるだろう。でも、こうやって生きていくのも結構大変でね。だから怠け者ではないんだ。怠け者だったら、とっくに死んでるよ。死んじまうか働いているほうが、こんなところでただボーッとしているよりも、よっぽど楽だからね。まあ、ホームレスっていうのは、そういう人間の集まりなんだよ。
 生まれは秋田県の山の中にある小坂っていう町だよ。家はちっぽけな駄菓子屋をやっていた。小坂は鉱山の町でね。そりゃあ大きな鉱山だったよ。
 戦時中は大勢の捕虜を使って、銅とか亜鉛なんかを掘っていたんだ。捕虜にアメリカ兵もいたせいか空襲なんてなかったね。ああ、一度だけ警報が出て、防空壕に逃げ込んだことがある。そのときだって飛行機の音なんて全然聞こえないから、「どこが空襲なんだ?」ってくらいのもんさ。もっとも、今から考えるとあんな山の中に爆弾を落としても、どうにもならなかったと思うけどね。
 だから戦争が終わると、働かせていた捕虜が暴動を起こすなんていううわさが広まった。でも、何も起こらなかったね。終戦の前後に、おれは中学校を卒業して高校へ進んだが、高校生活は一年で終わりになった。学制改革かなんかでゴタゴタしてたからね。おれにはよくわからないけど。
 それからは就職っていうか、地元でいろいろ働いたよ。いろいろっていえば、いろいろさ。それで23歳か24歳のときに東京に出てきた。
 東京に出たといっても夢とか希望とかがあったわけじゃない。強いていえば、流行のようなもんかな。みんなが行くから「おれも行くべ」ってね。それに地元で働くことが面倒くさくなってもいたしね。

■何でも面倒くさい

 東京に出てから最初はレンガ工になった。レンガを積んで、建物の外壁や公園の花壇を作るのが仕事なんだ。それにブロックを積んで、塀なんかを作る仕事もあった。勤め先は一応は会社だったけれども、働いているのが5、6人のちっぽけなところだったからね。日雇いに毛の生えたようなもんさ。
 仕事が面白かったのも初めのうちだけだった。雨がいけないよ。雨はだめだ。雨が降ると仕事が休みになるだろう。そうなると朝からアパートの部屋に集まってばくちが始まるんだ。チンチロリンだとか花札だね。周りは先輩ばかりだから、おれだけやらないわけにはいかないしね。そうやって悪いことを教えられていくんだ。
 休みの日は朝から酒を飲むことを覚えたし、キャバレーに行くことも覚えた。競輪・競馬などのギャンブルもよくやった。それから、女。まだ、赤線も青線もあったころだからね。よく買いにいったよ。結局はただ遊ぶだけのために仕事をしているようなもんだったよ。気がついたときには、婚期もすぎてパーになっていた。やっぱり何かするのは面倒くさいっていうのが先に立っちゃうんだな。
 50歳をすぎたころから、仕事をすると疲れがひどくたまるようになってきてね。特に両腕の疲れがひどくて、重いものが持てなくなった。それではとても続けられないから、レンガ工の仕事は辞めた。それからは、あっちへフラフラ、こっちへフラフラして暮らしてるよ。もう仕事なんてしないさ。アパートも池袋や新宿を転々としているうちに、いつの間にかホームレスになっていたんだよ。
 だから、何月何日からホームレスになったというわけじゃないのさ。いつの間にかごく自然に、気がついたときは、もうホームレスになっていたんだ。ここにいる連中は多分みんなそうだと思うよ。
 97年には65歳になったから、新宿区役所に相談に行ったんだ。そうしたら施設に入れてくれた。そこは畳一畳分くらいに小さく仕切った部屋がいっぱいあって、まあ寝るだけのところだった。それでも食堂があって3食ついていたし、風呂もテレビもあった。けれども20日間くらいで出てきちゃったよ。
 何で出てきたのかって? ああいうところにはいろんなやつがいるからだよ。根性の悪いやつとか気の合わないやつとかね。みんなを支配しようとするやつまでいる。そんないろんなタイプとうまくやっていくのは面倒くさいよね。それで出てきちゃったんだ。人間が集団で暮らしていくと、うまくいかないもんだよ。その点一人は気ままでいいね。
 季節もよくなってきたし、こうやって公園にじっと座って、花などを見ているのもいいもんだよ。これからはホームレスに一番いい季節だしね。

■誰か拾ってくれないか

 カネ? カネなんか持ってないさ。前は使用済みテレホンカードを拾って稼いだりもしていたけどね。そのころは一枚30円で売れたんだよ。ところが今は一枚4円だっていうからね。一日歩いて回っても10枚くらいしか拾えないだろう。それを売ったところで40円にしかならないよ。一日に40円じゃ何もできやしないよ。
 食い物もなかなかありつけないね。今ではボランティアの炊き出しとか差し入れだけが頼りだよ。コンビニやファストフードの店から出されるゴミだって、今はホームレスの数が増えちゃって競争が厳しいから、弁当なんかなかなか拾えない。だから年がら年中腹を空かせているよ。
 まあ、ばからしい人生を送ってきたと思う。だけど、このままの暮らしを続けていくよりしょうがないよね。いろいろ考えたりするのは面倒くさいだろ。誰か、おれみたいな人間を拾ってくれないかね(笑)。 (■了)

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