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だいじょうぶよ・神山眞/第8回 職員との微妙なバランス

■月刊「記録」2000年3月号掲載記事

*        *         *

「子どもの人権擁護について」と題する研修会に参加したぼくは、最終日の晩に行われた親睦会で、講師にさまざまな質問をぶつけていた。
 施設の子どもには、茶髪もピアスもオーケーで、ルールを守らない子どもに対しても、決して罰はいけないという講師の言葉に、現実との落差を感じてぼくは苛立っていた。

■時間刻みの日常生活

 ぼくの所属する施設には、朝起きてから夜、床につくまで、ありとあらゆる規則があった。一五分以上寝坊すればおやつは抜き。一番遅く食堂に入った子どもには、号令係が待っている。学校に遅刻したり学校からの帰宅が遅れると、しっかり職員日誌にマイナスポイントとして書き込まれてしまう。
 起床、就寝、テレビ、入浴、食事、日常生活のあらゆる事柄がすべて時間で統制されている。だがそんなことは、どこの家にもルールがあるように、集団生活をする以上、当然なことだとぼくは思っていた。
 しかしそんなぼくの考えは、この研修会では通らない雰囲気だった。ためしにぼくが自分の施設の日常をかいつまんで説明してみると、講師は予想した通りの反応を示した。
「今回やったゲームでおわかりでしょう? 最初からあれはダメ、これはダメじゃあ人は伸びないんですよ。自由なやり方で失敗したり成功したりを繰り返して子どもは成長していくんです」
 そして講師の言葉を誰かのヒステリックな声が継いだ。
「大体ねえ、朝起きないこととおやつを食べる食べないは、全然関係のないことでしょう? 朝起きられなかったら、なぜ起きられないのかを一緒に考えるべきなんじゃないの?」実にまっとうな意見である。
 声のしたほうを振り返ってみると、そこにいたのは、さっきまで講師のギター演奏に涙を流していた女性だった。そりゃあそうだろう、とぼくは思った。大上段から振りかぶってしまえば、そうだろう……。そんなことはわかっている。でもどうにもならないのが現実の大人と子どもの関係じゃないのか?
「あなたの施設では、本当にそんな方法で対処できているんですか?」ぼくは苛立って思わず口走った。「ぼくなんか、いうこと聞かない子どもはひっぱたいてやりますよ」口走ってしまって、ヤバイ! と思ったが、あとのまつりだった。
 背後で中年の女性の金切り声が聞こえた。
「この人んとこ、子どもに暴力ふるってるんだって!」
 彼女は絶叫すると、やおら立ち上がり、走って部屋を出ていってしまった。ウソのような本当の話である。

■良江先生との会話

「あらぁ、ヨシコ。何よ、その眉毛。眉毛は剃っちゃぁダメって決まったでしょ。あああ、なんにも聞いてないんだから。学校に行く時はちゃんとマジックか何かで眉毛を描いていくのよっ」
 相変わらずの調子の良江先生の声が聞こえた。研修から帰ると施設には、ぼくのよく知る変わらぬ日常生活が待っていた。
「江美さん、あなたもリーダーでしょ? リーダーとして管理が全然行き届いてないわねぇ。それじゃリーダーとして失格よ。あらちょっと? 今、通ったの京子よねぇ。ねぇ、江美。最近京子のスカート短すぎると思わない?」
 研修地の熱海で買ってきた土産を担当の子ども達に渡し終え、保母室へ向かう僕の耳に、否応なしに良江先生の声が飛び込んでくる。
「ねぇちょっと江美。あなたリーダーでしょ。もう。京子! 京子! ちょっと来なさい。ねぇ京子。あなた最近ちょっと短すぎない。何がじゃないでしょ。スカートよ、スカート。そんな短いスカート履くとどうなるかわかってる? 男達がどういう目であなたを見るかわかってる?」
 保母室の前の薄暗い入り口には良江先生のサンダルがきちんとそろえられ、周囲には無造作に何組かのサンダルが散らばっていた。どれも園から支給された同じ色、同じ形のサンダル。マジックで持ち主の名前が大きく記入されている。
「ああ、いつものメンバーだな」そう思ってぼくは、遠慮なく引き戸をガラガラと開けた。
「そう、わかってるのね。あら、いやだぁ。あなたわかって履いてるなんて、あら、なんてこの女はいやらしいのかしら。ねぇ、江美。言ってやンなさいよ。京子に。いやらしい女だって」
 そこにいる女子高校生は、全員が良江先生の担当児童というわけではない。しかし良江先生のそばにいることが楽しいらしく、いつも学校から帰ると制服姿のまま、まとわりついている。生徒達は、たいがい良江先生に怒られているのだが、ハタから見るとそう嫌がっている雰囲気でもない。注意するほうも楽しんでいて、されるほうも楽しんでいるようだ。
 それは彼女達の間の一つのルールであった。決まったルールの上に乗ってお互いに役割を守っている。施設の規則をネタにした定まった役割分担の上で、職員(大人)と彼女達(子ども)の関係が微妙に保たれていた。
 しかし、だからといって彼女達が、施設の規則を受け入れているわけではないのだ。彼女達だって本当は化粧をしたいし、ピアスもつけたい、茶髪にしたい、携帯電話で友達と連絡も取りたい。現に、ヨシコは眉を剃りそろえているし、京子は制服のスカートをウエストでたくし上げてミニスカートにしている。
 みんな一歩外に出れば、普通の高校生でいたいのだろう。施設から出される弁当を学校に持っていくと施設から来ていることがバレてしまうから持っていかない。友達から電話がかかってくると施設にいることがわかるから、こちらからしかかけない。実際にそういう子は何人もいた。五時四五分の門限を気にせず遊んでみたい。好きな髪型にしたい、気に入った服を着たい、彼氏と携帯電話で連絡を取りたい。あれもしたい、これもしたい。数え上げればきりがない……。そんな年頃なのである。 けれど彼女達が破る規則は、せいぜいが眉毛を剃る程度までだった。それ以上の禁止事項を犯してしまえば、今までの楽しい職員との関係が崩れてしまい、施設に居づらくなってしまう。子ども達は、その微妙なバランスをよく読みとって対処しているのだ。
 そう考えるとぼくには、良江先生と子ども達の会話も一見楽しそうに見えるが、実は危うさをはらんだ複雑なものに感じられた。
 やりたいことが見つかると必ず手枷、足枷となる施設。彼らにとって施設生活はさぞかし窮屈なものであるのだろう。
 かといって、子ども達にまったく自由な高校生ライフなど満喫させるわけにもいかなかった。一八歳になり、彼らが施設を出る年齢に達し、精神的・経済的に自立したとみなされるまで、彼らの行動の責任は、ぼく達、職員にあるのだ。施設の外には、売春・援助交際・非行・麻薬など危険があまりにも多すぎる。そんな危険にみすみす近づけるような自由など、許すわけにはいかなかった。その禁を破ろうとする子どもには、罰も必要だ。そもそも甘い顔などしていたら、舐められてしまって収拾がつかなくなってしまう。
 ぼくは、人権派の研修会を思い出した。
「ピアス? オーケーです」「茶髪。それもオーケー」「何がよくて、これがダメなんてきめつけてはいけませんよ」
 わからなかった。本当にぼくにはわからなかった。正しいのはうちの施設なのか、それとも流れは人権派にあるのか……。
 気がつくと、良江先生と彼女達の話し合いの雰囲気が一変していた。リーダーである江美が、突然泣き出したのである。江美は、職員達と対等に話しができるくらい頭が切れ、誰からも一目置かれる存在であった。その彼女が人目もはばからず泣きながら良江先生に何かを訴え始めていた。(■つづく)

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