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阪神大震災と「酒鬼薔薇」

■月刊『記録』97年8月号掲載記事

■阪神大震災と「酒鬼薔薇」

(■和田芳隆……ルポライター。1967年東京生まれ。阪神大震災直後から神戸入りし、世間の取材熱が消えた現在もなお、取材を重ねる。著書に『地震社会学の冒険』。)

 実は、児童虐殺事件の前に同じ地域で通り魔事件が起きたとき、もしかしたら被災者の犯行ではないかとの、嫌な予感がしていた。「ひょっとして、何もかもなくした被災者が、被災が軽かった地域を妬み嫉んで、弱い子供を相手に憂さ晴らしをしたんじゃないか。だとしたら最悪だな」と思っていた。そう思わされるほどに、人々の心が荒廃の度を深めていることを、被災地を探訪するたびに痛感していた。
 一四歳の少年が逮捕されたからといって、殺人の実行者だと決めつけるのはまだ早いだろう。名ばかりの「任意」同行から逮捕されるまでの半日間、密室の取調室で何が行われていたのか、明らかにされていない。過去において、これが冤罪の温床となってきたことを忘れてはいけない。それでもやはり、被災地の人心の荒廃が、一連の事件とどこかで関係しているのではないかと感じている。

■互いに罵り合う被災者

 家や職を失い、将来の展望を見出すことができない被災者は、生活再建にこぎつけた被災者を見て、「ずるい者が生き残る」との絶望感を深めている。反対に、何とか生活再建を軌道に乗せつつある人たちは、いまなお避難所生活を続ける人たちを「甘えている」と非難し、ときには平然と「乞食」呼ばわりする。それぞれが個別に困難な事情を抱えていることを、互いに考慮し合うことはない。こんな環境で人々の心が荒廃していくのは、決して難しいことではない。
 神戸市内のある公園で、園内に建てられた仮設住宅の住民と地域住民との間の、犬の散歩(たかがこれだけのことで)を巡るトラブルを取材したことがある。仮設の住民は「犬の鳴き声がうるさいから散歩に来るな」と苦情を言う。地域住民は「仕事もせずに家賃の要らない仮設に住んで文句を言うな」と応酬する。「仕事があればとっくに働いている」「仕事などいくらでもある。働く気がないだけだ」と、泥沼の罵り合いになっていた。
 犬などの動物を飼う行為は、傷つき疲れた被災者の心の癒しになるという側面もあるのだが、仮設の住民は、そこまで忖度できる心境ではなくなっている。被災者が高齢だったり持病を抱えていると、たとえ本人に働く気があっても、企業のほうが雇わない。地域住民も被災地で暮らしているのだから、それはよくわかっているはずなのに、容赦のない言葉を投げつける。震災直後にしきりに言われた「皆の心が一つになった」などという言葉は、いまさら空々しくて、誰も口にしない。
 こんなにも人々の心が荒廃してしまった理由は、わざわざ指摘するまでもない。昨日まで普通に生きていた人たちが、一瞬に大量死した大震災の不条理。生き残った人々の間には「格差ならざる格差」が生まれ、是正どころか日に日に広がっている。被災地の外は、忘れることだけは「熱心」だ。義援金は被災者のためではなく、「自分は何て優しいんだろう」と自己陶酔するために送られたのではないかとさえ思う。震災取材を続けていると「まだそんなことやってんのか」とよく言われる。「まだ仮設住宅があるのか」とも、何度尋ねられたことだろう。被災者を支援も救済もしない、残酷な社会がそこにある。
 これらを目のあたりにして、何も信じられない、頼れない、との絶望感を被災者が抱いた、その果ての人心の荒廃であること以外に、理由などあり得ない。阪神大震災は、日本という国家・社会の信頼性といったものを(最初からそんなものがあったのかとも思うが)、根底から揺るがした。それは、安政江戸地震の後、適切な対策をとれずに自ら威信を失墜させ、なす術なく滅んでいった江戸幕府の末期の姿と、よく似ている。
 大人の心がこれだけ荒廃して、子供が無縁でいられるはずはない。被災者の間の格差は、それぞれの子供たちの格差となって、学校という場で露骨に現れる。震災後の学校では、ささいなことがきっかけで、子供どうしの喧嘩になることが増えたという。震災によるストレスや、被災者間格差を生んだ大人社会の眼差しの反映だ。わたしも深夜、とある駅前で、荒んだ目をした少年たちに突然絡まれ、無視していたら追いかけられたことがある。以来、被災地に滞在中は、夜のコンビニの前などでたむろしている少年たちのそばへは、決して不用意には近づかない。

■激震地に冷たい周辺住民の視線

 容疑者の少年も、殺人以前の問題として、人心の荒廃を感じ、その影響を受けていたことだけは間違いあるまい。市街地の「激震地帯」に住む親類が被災していたというから、被災程度が軽微な地域に暮らし、強制収容所のように仮設住宅が群をなす「団地」から離れていても、大震災の被害を身近に感じていただろうことは、想像に難くない。少年が小学校の卒業文集に書き記したという「たとえ死刑になっても……」との、為政者への憎悪の言葉からは、大震災で受けた衝撃の痕跡を読みとることができる。
 それに少年は、震災は他人事でありながら、勤務先や通学先が激震地帯にあるために、全くの他人事でもないという、微妙な地域に住んでいた。震災から日をおいて、交通網が部分的に接続されるや否や、廃墟を目指して通勤を始めたのは、主としてこの地域の住民たちだった。自分たちがほどなく日常生活に戻ったことから、まだ廃墟の混乱のなかにある被災者までをも、半ば無理矢理に日常へとひき戻してしまった。その結果、被災者が避難所から通勤するという異常な事態を招いても、その異常さにはほとんど無関心だった。わたしはそこに彼らの「冷たさ」を感じとった。少年も何かを感じていたかもしれない。
 自分の住んでいる町は難なく日常生活に戻ったのに、地下鉄に乗って十数分で着く市街地は、瞬時に崩壊し、いまもって回復していない。大人たちは、避難所生活を送る人々を「汚い存在」とみて、侮蔑し嫌悪している。このギャップから、少年は、社会に対する憤怒と憎悪を涵養させていったのではないだろうか。
 卒業文集をはじめ、これまでに報道されてきた少年の言動からは、思春期の多感な少年少女に特有の破壊衝動や、それに短絡する歪んだ正義感といったものが感じられる。少年が社会に対して憤怒や憎悪を抱いていたとしても、決して不思議ではない。わたしにも覚えがあるし、同じ思いをくぐり抜けてきた大人や、いままさに共有している子供は多いだろう。何も特別な存在などではないのだ。ナイフを持ち歩いていたことがそんなに問題か。わたしは中高生の頃、拳
の大きさに合わせて針金を巻き、それをテープで束ねた自家製の「メリケンサック」を持ち歩いていた。少年が「学校に来るな」と言われていたように、高校生の頃、「文句があるなら退学しろ」と教師に言われたことを思い出す。
 しかも少年は、大震災を体験した。本来なら歪んだ正義感を血の通ったものへと昇華させていくはずの時期に、大震災と社会の不条理に直面してしまった。そこには心の成長を促す心境も環境もなかった。より弱い立場の被災者を切り捨てる大人社会から、少年は残酷さを感じとっていたのではないか。そしてその残酷さは、少年の心をも蝕んだはずだ。もしも本当にあれが少年の犯行であるならば、大人社会の残酷さを忠実に反映して、より弱い立場の者へと、憤怒と憎悪の矛先を逆転させてしまっただろう。
 荒廃した人心が、一様に殺人に至るわけではない。しかし、そんなことはどうでもいい。被災地の人心の荒廃を思うにつけ、一連の殺傷事件と、奥底で繋がっていると感じずにはいられない。被災地の誰が殺人者であってもおかしくはない。少年が殺人を犯していても、いなくても、どちらでも不思議はない。それが被災地の現実なのだ。殺人者の心に巣くい、宿った暗闇が、大震災とそれが露わにした残酷な社会の生み出したものではないと、いったい誰が断言できるのか。
 誰かの心が荒廃するとき、そうさせる者もまた、等しく荒廃している。荒廃し、荒廃させ、わたしたちは、とても残酷な社会に生きている。残酷な奴だ、少年といえども厳罰に処して懲らしめろ、とヒステリックに叫んでも、何の意味もない。そう叫ぶ者は、そうすることで、社会の残酷さを覆い隠し、己の鬱屈や造悪を晴らそうとしている。こうした人々の心も、残酷で、暗闇が巣くっている。被災地を切り捨てたように、少年を自分とは異なるものとして、切り捨てようとする暗闇が宿っているのだ。これらの現実をまず直視しなければ、誰も、何も、どうすることもできない。

■近隣住民の衝撃

◎中学ではイジメが増えた
 阪神大震災以降、青少年は変わったようですね。中学校でのイジメが増えたと聞いています。ただ、震災のショックの受け方も人によって変わるようですよ。暴力的になった生徒がいる一方で、人とのふれあいを大切にするようになった生徒も増えています。今度の殺人事件も、そんな影響があるのかもしれませんね。
 このあたりの地区はほとんど地震の被害を受けていませんが、場所が近いだけに肌で感じるところがあると思います。
(四〇代 女性)

◎犯人の卒業文集には共感
 中学生があんな殺人事件を犯したのには驚きました。三〇~四〇歳ぐらいの大人が、殺したのだと思っていましたからね……。震災の影響で殺人が発生したとは思えないんですが、犯人が卒業文集で書いていた村山富市前首相に何をするかわらないというのは、この地域の多くの住民が持っている感情でしょう。そんな怒りを住民が抱えていることは事実です。
(二〇代 男性)

◎震災で一体感を得た
 震災と今回の殺人事件は、まったく関係ないと思うんです。というのも、震災以後、会社や住民の結びつきが強くなったように感じるからです。私が勤めている会社は土木機械を売っていますから、震災後に土木工事が増えて残業も増えました。でも私が働くことで街が復興に近づいているという気持ちが、活力を生むんですよ。同僚も同じように感じているらしく、震災前とは違った一体感を持ちながら仕事をしています。   (四〇代 男性)

◎震災で何かが変わった
 うまく言えませんが、地震を体験して何かが変わりました。人生観というと大げさですかね、価値観が変わったといえばいいんでしょうかね。土師君を殺した犯人は、どうだったのかわかりませんけれど……。
(五〇代 女性)

◎普通の人と違う
 首を切り取るなんて考えられない。普通の人間とは違うでしょ。しかも、子どもの行動を親がわからなかったというのも、びっくりしています。震災が間接的に影響しているとは、思いたくないのですが、今でも恐いですよ。(五〇代 女性)(■了)

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