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だいじょうぶよ・神山眞/第9回 学園のルール

月刊「記録」2000年6月号掲載記事

*            *             *

「どうせダメなものはダメなんでしょ。ルールなんでしょ。はい、はい、わかりました。もう、いいよ。ルール、ルールって、そればっかりじゃん。もう、いいよ……」
 うつむいた江美の横顔から何粒もの涙が、頬を伝わって落ちるのが見えた。よほど悔しいのだろう、普段はろうそくのように白く透き通る江美の頬が真っ赤になっていた。
 江美は12月の下旬に行われる、あるビジュアル系ロックバンドのコンサートを楽しみにしていた。少ない小遣いの中から貯めたお金で、チケットはすでにおさえてあったし、一緒に行く友達とも毎日その話題で盛り上がっていたようだ。ぼくも江美の口から楽しそうに、コンサートの予定を聞かされたことがあった。しかし、しかしである。あろうことかコンサートの日は、偶然にも施設の行事であるクリスマス会と重なっていたらしいのである。学園の行事参加は義務であり、規則であり、よって強制であり、私的な用事によって欠席することなど決して許されないわが学園では、当然、江美のコンサートを認めるわけにはいかなかった。
 コンサートの日程を知らされて、「何言ってんの、その日はクリスマス会の日でしょう」と良江先生にたしなめられた。どうやらそれで江美は泣き出したらしい。
 たしかに、朝起きてから夜眠るまでルールだらけのわが学園ではある。それは、施設生活の長い江美にとっても、今日まで当然のことであったはずだ。けれど、楽しみにしていたコンサートが急に目の前から消えそうになり、どうにもやりきれなくなったのだろう。
「わたしがチケットを取ったのって、クリスマス会の日程が決まる前だよ。おかしいじゃん。それなのにコンサート行けないなんて。だいたいうちの学園は変だよ。なんで行事は絶対参加なの? 本当は自由参加にするべきじゃん」と、うつ向いたまま、強い口調で訴える江美の拳が震えている。
「良江先生は納得できないものは、話し合いで解決しろとか、話し合おうとか普段は言うけど、結局ダメじゃん。話し合ってルール作ったって、そのルールを守ったって、リーダーとして守らせたって、結局なんにも変わんないじゃん」
 江美には、自分がリーダーになり、仲間達みんなの意見を吸い上げて職員にぶつけ、そのたびごとに今までの学園にはない新しいルールを誕生させてきたという自負があった。
 それは、学園のやり方やルールがイヤならば破ればいいといった、従来の不良タイプのやり方とは異なっていて、ぼくら職員にとっても新鮮な驚きをもたらしていた。

■変わりつつあった学園

 江美の果敢な働きかけと行動によって、このところ学園のなかも少しずつ変わり始めていた。今回のように、子どもが子どもだけでコンサートのようなところへ行けるようになったのも、江美の作り出した新しいルールが適用されたからであった。普段は化粧はおろか、眉毛を剃ることも髪を染めることも禁止されていた学園で、高校生に限り年に4回まで化粧をして外出してもよし、との規則を作り出したのも江美の運動の成果だった。職員達も江美の「反抗をもってぶつかる」のではない新しい主張の通し方に目を開かれる思いで、話し合いで物事を解決するのは良いことだと奨励をしていたところだった。その矢先に今回のことである。江美がふんまんやるせないのも、わからなくもない。
「うーん、もう待ちなさい。そうは言ってもねえ」と、良江先生も今日ばかりは歯切れが悪い。
 たしかに学園には行事が多い。ぼくら職員でさえ、施設にいると行事で季節を感じ、行事に拘束され、行事に明け暮れているうちに一年が終わっていく。毎週行われる水曜日の夜と日曜日の昼の礼拝。月に1度の誕生会。季節ごとの施設対抗のスポーツ大会、文化祭、招待行事、クリスマス会……数え上げればきりがない。良江先生の歯切れの悪さは、そんなところにも原因があるのだろう。
「先生、なんとかしてあげてよぉ」
 ふと、ヨシコが場の雰囲気とはかけ離れた甘えた声で言った。モデルなみに顔立ちの良い、それなのになぜかいつもきれいとは言い難い緑色のジャージを着ているヨシコ。ヨシコはあまり深く考えることが好きではない。今も江美に助け船でも出しておいて、早く結論が出ないかな、なんて思っているくらいに違いない。
「先生。いつも施設の仲間同士で固まってたってしょうがないじゃん。私たちもうすぐ社会にでんだよ。外にでたほうが社会勉強になるのになぁ」と、ヨシコにつられるようにして京子がまっとうな意見を言った。すると「うーん、困ったなぁ」と、良江先生は、腕組みをして本当に困った顔をした。この人にしてはめずらしく決断が遅い。「大人というのは子どもから見た時、わかりやすくなくてはならない。そうでないと子どもは安心してついてこない」が持論のこの人とは思えない困惑ぶりだ。 (■つづく)

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