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元信者が視るオウム的社会論 第3回/「極限修行」とは

■月刊『記録』98年1月号掲載記事

 東大卒の父親が家庭内暴力に耐えかね、自分の子どもを殺すという事件が昨年あり、最近その裁判が話題になりました。
 一昔前なら東大卒のエリートの『権威』でもって、自分の子どもなど平伏していたはずですが、その虚構ともいうべき『権威』が崩壊しつつあるのはいいことかもしれません。
 そうはいっても現在の状況はあまりにも情けない。ニッポンのよき父親は一体どこへ行ったのだろうかと嘆かずにはいられません。まさに犬のように、家族や子どもに媚びへつらう父親の姿は見るに耐えないものです。人間の成長にとって「父権」というのは重要な位置を占めるのですから、父親はもっとリーダーシップをとってもいいのではないでしょうか。別に『巨人の星』の星一徹さんのようになれとはいいませんが(笑)。
 今の日本のさまざま問題も、日本という国自体の「父権の喪失」「リーダーシップの不在」に一因があるように思えてなりません。最近では家庭の飼い犬のなかでも、飼い主の家族の中で誰がリーダーなのか分からず、困惑する現象がみられるそうです。「権勢症症候群」というそうですが、もう末期症状ですね。
 その点、麻原彰晃という人物は「父性」の塊のような人物でした。彼は弟子達を平気で拳や竹刀で殴りつけていましたし、反対に励ますときは人前もはばからず抱きしめていました。あるときなど、自分の長女の不手際を叱るために、弟子達の前で長女の頭をボコボコに殴りましたから。もちろん長女は号泣し、普段はクソ生意気な長女もさすがに自分の非を認め、「ゴメンナサイ! しっかりワーク(教団内の仕事)をします!」と、泣きながら謝っていました。
 僕もやられました。あれは平成五年の正月、「極限修行」のときのこと。それはまさに極めて厳しい修行で、睡眠時間はゼロ、しかも蓮華座という厳しい座法を二十四時間組み続けるというものでした。その間中、常に監視が見張っていて、チンピラのような言葉づかいと竹刀の音を響かせながら、居眠りと座法をチェックしているのです。この修行に入って一ヶ月ほど過ぎたときには、意識はもうろう足腰はガタガタです。
 もう途中でギブアップしようと思ったのですが、そういう僕を心配した麻原彰晃が道場までやってきて、皆の前で僕のお尻と太ももを竹刀で青あざができるまで叩いたのです。そしてその後力強く僕を抱きしめ、「がんばれよ」と励ましてくれたのでした。こんなことは生まれてこの方、学校の先生にも先輩にも、父親にもなかったので、魂が震えるほど感動しました。
 日本のお父さん達が失った、強烈なまでの「父性」を持っていた麻原に、たくさんの信者が集まったのは当然だなあと思います。だからといって、「家長制度を復活せよ!」なんてことはいいませんけどね。(■つづく)

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