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だいじょうぶよ・神山眞/第6回 正利、おまえが怖い

月刊「記録」2000年1月号掲載記事

*         *         *

 昼食時、正利の髪が茶色いことを理由に詰め寄ったぼくは、いつしかあいつを殴りつけていた。二発、三発。たちまち頭の中が真っ白になり、何をしているのかわからなくなった。四発、五発……。手は止まらない。ぼくはただやみくもに、半分口を開けたままぐんにゃりしている正利の顔を殴りつけていた。

■とうとうやってしまった……

 しかし何発目かの時、突然、背後から女の子の叫び声がした。
  「先生っ、正利くん何もしてないよ! 正利くん水泳部なんだよ!」
 瑞江だった。普段は正利のことを気味悪がっている瑞江が、必死になってあいつのことを弁護している。
 はっとして、ぼくは急に我に返った。――ああついにやっちまった――そんな気持ちが湧いた。これは体罰だ。ぼくは子ども達の目の前で、抵抗もしない一人の子どもに体罰を加えたのである。
……いいや、体罰なんかではない。これは紛れもなく虐待だ。
 立ちつくしているぼくの暴力からやっと逃れた正利が、瑞江の声に励まされたのか床にへたり込んだまま口を開く。
  「……おれ、そめかたわかんないのよ。どうやったらそまるのか、おしえてほしいくらいよ」
 見下ろすと目が合った。腫れ上がった顔にあいかわらずどんよりした目つきだが、珍しいことに視線が合った。口調もはっきりしている。怒っているのだろうか。
 けれどぼくには、そうした正利の必死の怒りの声を聞いても罪悪感は湧かなかった。いつか自分でもやってしまうだろうと予測していたことをとうとうやってしまった。それだけだ。これはまずいことなのだろうな、という意識はしっかりとありながら、心の中ではすっきりと、いや、晴れ晴れしい気分にさえなっていることにも気づいていた。
  「なんで早く言わないんだよ」
 そう言うとぼくは、正利に手を貸し立ち上がらせた。そして子ども達をテーブルに着かせ、何事もなかったかのように自分も昼食のテーブルに戻ったのだった。

■おまえはいったい何なんだ

 しかし夜になり、一人になると突然事態は急変した。ぼくは正利という人間に底知れぬ恐怖を感じたのだ。
 あいつといるといつも、今まで見たことのない自分自身に出くわしてしまう。一緒にいて不思議なほど楽しい気分になり、いつまでも、こいつと過ごしていたいと思うことがある。ぼくは人づきあいの良さそうな外見のワリに人と過ごすのが苦手で、それまで長い時間を誰かと一緒にいたいと思うことなど一度もなかった。それが正利といると妙に心が落ち着き、仕事が終わってからもアパートに帰らず正利の部屋で過ごす日まであった。
 かと思えば、立ち上がれなくなるまで徹底的にメチャクチャに叩きのめしてしまいたいと思う時がある。一挙手一投足に腹が立ち、踏みつけ踏みにじりたいという思いが湧くのだ。
 しかもどちらの感情も自分では制御できないほど激しく強い。それらはあいつに会うまでは感じたことのないものだった。ぼくは自分の中に、これほど強い残忍な暴力に対する要求が存在することを知らなかった。ぼくをそんな人間に豹変させてしまう正利が、とてつもなく恐ろしかった。
 考え始めると不安になり、いても立ってもいられなくなった。一人でいたくはなかったが、電話のベルが鳴っても取らなかった。ただ悶々と眠れぬままに夜を過ごし、朝が来るのを待ったのだった……。

■もうこの競争から逃れたい

 不眠症、というと少々大袈裟ではあるが、当時のぼくはかなり疲れていた。仕事から帰るとぐったりして、まるで布団に体を沈み込ませるようにして眠りにつく。だが二、三時間もすると必ず目が覚め、一度目覚めるともう眠れなかった。不安に支配されてしまいどうすることもできなくなる。そうして寝返りを打ちつつ夜が明けるのを待つのだった。そんな日が何日も続いた。
 保母も指導員も、みんな真面目で頑張っている。それがぼくにはたまらなかった。互いに常に競い合っているように見えた。施設にいる時、彼らが意識しているのは子どもではなく、常に職員同士の目のほうだった。――威厳をもって子どもに接すること――それがぼくのいる施設の暗黙の了解だったから、声を荒げて子どもを叱りつける回数が多いほど熱心な指導員として評価されるような気がした。言うことを聞かない子どもを許してはいけない。甘い顔をして子どもになめられてはいけない。たとえ手を上げてでもしつけなければならない。それらの教育を情熱をもって実践するほど、熱心な指導員として褒めてもらえそうな気がした。
 だからぼくはそうした。そうしなければならなかった。また実際に、かけ声一つで軍隊のようにきちんと整列する子ども達の前に立つと、自分が偉くなったようで気分がよかった。怒鳴りつければスッキリしたし、殴り飛ばせば爽快になった。
 そうして夜が来ると、また不安にさいなまれる。眠れぬ夜、「もうこの競争から一人だけ降りたい」と、ぼくはいつも考えた。そうすればもう正利にも暴力をふるわなくてすむ。不安と興奮と罪悪感と快感がないまぜになった、こんな複雑な感情からも逃れられるだろう。
 だが朝になり学園に着くと、やはり暴力が紙一重の存在としてぼくの隣にあるのだった。集まった子ども達の前で胸を張り、堂々と大きな声で、ぼくは教訓を垂れる。
  「おい、おまえ。おまえだよ。ちょっとこいよ。弱い者イジメするなんて、おまえ最低の人間だよ」
 子どもの頭をこつくぼくの心のどこかで、「弱い者イジメしてるのはオマエじゃないか」と声がした。けれどその声は、またたくまに自分の説教の声にかき消されてしまうのだった。

■人権擁護の研修会

 秋から冬に変わろうとしていたある日、ぼくは大手の化粧品メーカーが主催する研修会に参加することになった。職員には毎年、年に数回、研修会や勉強会に出席することが義務づけられている。今回のテーマは「子どもの人権擁護について」だ。
 おそらくは『子どもの権利条約』を読み、人権について話し合い、どこかの施設から報告される事例を検討するという、お決まりのパターンだろう。すでに何回か参加していたこのテの研修会から、ぼくはそんな内容を想像した。
 当時、世間は「人権擁護」流行りで、職業柄、子どもの人権に関する話は耳にタコができるほど聞かされていた。施設によっては早々にこの流れを取り入れ、子どもの人権マニュアルを作成するだけでなく、指導員の呼称に「先生」を付けるのを廃止し、子どもと指導者の間の垣根をなくす試みまでしているところもあった。
 一方ぼくの施設はといえば、依然として「力をもって行う情熱的な指導」がまかり通っていて改められる気配もない。だから研修会で聞く話の数々には、「言うことはわかるが絵空事」という印象を抱いていた。
 どんなに指導員が研修会に出て勉強してきたって、施設に帰れば軍隊並の規律や日常と紙一重の暴力が待っている。現実は何一つ変わりゃしない。そんな諦めにも似た気持ちから、研修会に対する興味や期待は全くなかった。ただ、開催地を見ると、熱海の研修所で二泊三日となっている。数日間、施設を離れられる。電車に揺られて遠くに行ける。温泉くらいあるかもしれない。のんびりぼーっとしてくるのもいいなぁ。ぼくはそんなことを考えた。
 研修会の当日は、いい天気だった。研修所は熱海駅からバスでしばらく入った小高い丘の上にあり、さすがに化粧品メーカーの持ち物だけあってホテルのようにきれいだった。
 割り当てられた宿泊室もこざっぱりときれいで、ぼくは四人の参加者と同室になった。彼らとは、偶然にも熱海の駅前で知り合いになっていた。地図を持ってロータリーでキョロキョロしているぼくに親切に声をかけてきてくれたのが彼らだった。
 彼らはいずれも母子寮の指導員をしているという。いかにも誠実で人がよく真面目そうな雰囲気を漂わせていた。研修が始まるまでの待ち時間を、めいめいに自分の施設の様子など当たりさわりのない話をして時間をつぶした。
 あまりにも当たりさわりない世間話の一つひとつに、さも関心したように頷いては笑顔で応じ合っている彼らの様子に、やや奇妙な印象を抱いたが、まぁ、たいしたものだな。さすが人に接する仕事をしている人達だ。きっといい人なのだろうとあまり気にとめることもしなかった。
 そして研修会が始まった。ぼく達は館内放送で呼ばれ、会議室のような広間に呼ばれたのだった。(■つづく)

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