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ホームレス自らを語る/夫の浮気が許せなかった・増田良子(五〇歳)

■月刊「記録」1999年8月号掲載記事

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■東京にあこがれていたもので

 この公園(新宿中央公園)に来るようになって今日で二週間になります。まだ完全なホームレスになったわけじゃないんですよ。今でも夜だけはこっそりとアパートに帰って寝てますからね。ただ、部屋代を2ヵ月以上払ってないんで、追い出されるのは今日か明日かっていう状態なんです。そうなれば、ここに寝るしかないかなって、途方に暮れているところなんですよ。女の身でこんなところで寝るのはこわい。ホントにこわいですよ。
 2年前、それまで働いていた居酒屋のホール係の仕事を辞めさせられましてね。理由は、客足が落ちて売り上げが減っているからです。退職金なんてありませんよ。半月分の給料の上乗せがあっただけ。
 それからは、アルバイトをしながら何とかやってきたんです。それが50歳になった途端に、そのアルバイトにも雇ってもらえなくなりましてね。そこで求人で50回くらい応募したけど全部ダメでした。何しろ一人の募集のところに、20人も30人もが応募してくるんですから、使うほうはどうしても30代くらいの若い人を雇いますよね。
 仕事がなくて、部屋代を払うおカネもなくなってきて、昼間はこうして公園で座っているより仕方なくなったんです。この年になって、まさかこんなことになるなんて思ってもみませんでしたよ。
 生まれは関西です。高校を卒業して東京に出てきました。ずっと東京にあこがれていたんです。上京してからは、まず小さな印刷工場で働きました。そのうちに取引先の大手印刷会社でアルバイトをしていた学生と知り合いになって、それで結婚しました。そのとき、二人とも同じ年の20歳でした。

■たった一度の浮気だったのに

 結婚はうちの親には猛反対されたんです。相手が母子家庭だったことと、母親が水商売をしていたことが主な理由でした。それに彼はまだ学生でしたからね。でも、私は「こんなに誠実で、性格のいい人には、もう巡り合えない」と、絶対に譲りませんでした。そして結婚を押し切ったのです。
 そんな経緯がありましたから、結婚式も新婚旅行もありませんでした。役所に届けを出しただけで、お風呂もない六畳一間のアパートでの新婚生活でした。でも幸せでしたよ。
 主人は本当にいい人で、何でも自分からするんです。その理由は「自分はおばあちゃんに育てられたから、年寄りに苦労はかけられないと思って、何でも自分でしてきた」といってました。私の父は、家では何もしない人でしたから「こんな男の人もいるんだ」と思って新鮮な感じを持ちましたね。
 主人が大学を卒業して、二人で熱海に旅行をしました。それが二人の新婚旅行でしたね。それから主人は例の大手の印刷会社の社員になって働くようになりました。その翌年、子どもが生まれました。男の子でした。
 ところが27歳のとき、大きな転機が訪れました。主人の浮気が発覚したんです。たった一回だけのことでしたが、それが私には許せませんでした。若かったこともあるし、そのころはまだ「女は処女で結婚する」なんて風潮も残っていたので。結局は潔癖だったんですね。もう、主人の寝顔を見るのも嫌な状態になってしまい、半年後に離婚しました。
 子どもは主人の元に置いて、私だけが家を出ました。子どもはまだ小さかったし、正式に裁判で争っていれば、私のほうが親権は取れたと思います。でも、私と別れることが決まってからの主人の落胆ぶりがすごかったんです。「この人から、子どもまで取り上げたら、自殺してしまう」とまで感じました。ですから「子どもを連れて出る」なんて、とても言い出せなかったんです。

■そのおカネで助けてほしい

 その後の私はしばらく製パン工場で働いて、あとはずっと先ほどお話しした居酒屋で働いてきました。
 離婚してからも、元の主人と子どもには何度か会ってます。「子どもがかわいそうだから」って、彼は再婚もしないで、男手一つで子どもを育てあげてくれました。そんな話を聞くと、今になってもやっぱりいい人だったなと思います。
 別れた後、ほかに何の欠点もなかったのに、一回の浮気がどうして許せなかったのか考えましたよ。男の人が浮気をしてしまう気持ちもわからなくもなかったです。けれども「覆水盆に返らず」なんですよね。いい人だと思う感情と、ヨリを戻そうという感情は、別のような気がしますね。
 この2、3ヵ月、急に白髪が増えました。日に日に増えている感じなんですよ。仕事がないからって、いまさら兄嫁のいる実家にも帰れないでしょう。立場が逆だったら、私だってそんなものが転がり込んでくるのは嫌ですからね。もう帰れませんよ。
 この公園にいるホームレスの人たちは、みんな親切な人ばかりですよ。世間一般の人なんかより優しい人が多くて、私の食事の面倒をみてくれる人もいますからね。 正直にいいますと、以前はホームレスの人を見ると、昼間から寝転んでいる怠け者だとバカにしていました。どうしようもない人たちだと軽蔑もしていました。でも違うんですよ。私もそうだけれども、みんな勤労意欲はあるんです。朝の三時から並んで仕事を探していますよ。ただ、不況で仕事にあぶれて働けないから、公園に戻ってきて寝ているんです。
 怠け者が朝の三時から並ぶなんてことしませんからね。「仕事さえあれば、働いてちゃんとした生活に戻りたい」と思っている人が多いですよ。
 だから国のしていることには腹が立ちますね。景気のいいときに悪いことばっかりして、こんな日本にした張本人である銀行を助けるおカネがあるならば、ここにいる人たちくらい助けられないわけないですよ。「おカネを福祉と老人に使え」って、これだけはどうしてもいっておきたいですね。
 それにしても、ここにいる人たちは親切ないい人ばかりなんですが、でも、いざここに寝なくちゃならないとなると、やっぱりこわいですね。こわいですよ。 (■了)

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