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鎌田慧の現代を斬る/戦争準備の監視国家へ

■月刊「記録」2002年4月号掲載記事(表記は掲載当時のままです)

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 30年ほど前、わたしは『ガラスの檻のなかで』という本を書いて、監視国家化を批判した。いまそれが実現されつつある。
 なまじっか首相の人気が出ると、彼らはそれまで抑えていた欲望を一挙に押し出してくる。小渕恵三内閣の時には、ガイドライン関連法、国旗・国歌法、盗聴法、住民基本台帳法改定などを押しすすめた。「ボキャ貧」などといわれてとぼけ、無能をウリに愛嬌を振りまいていた首相が進めたのは、戦争準備と監視国家の強化であった。
 そして、こんどは、小泉「単細胞首相」である。
  彼は「改革」などという期待をもたせるスローガンをふりまきながら、医療費の引き上げなど弱者にたいする総攻撃を開始した。そのうえ小渕の路線を引き継ぎ、収奪と監視をより完璧なものに仕上げようとしている。
 有事法制とは、戦争に突入したときの国内における治安弾圧体制の整備である。驚くべきことに、政府が準備している法案は、民間人の土地・家屋の収用と立ち入り検査まで視野に入れている。つまり「有事」ともなれば、個人の土地や家屋を、自衛隊が収用し撤去することさえ可能になる。
 さらに最近明らかになったのは、民間人への罰則規定である。有事には自衛隊の作戦に必要な食料や燃料などの物資を保管するよう業者に命令でき、従わなければ6ヶ月以下の懲役か30万円以下の罰金を課すという。国民を総動員しておこなうのが戦争だから、民間人を対象にして権利を剥奪するのは、政府にとっては当たり前なのである。これに、ゲリラ、テロ対策を入れて、監視を強めようとしている。
 すでに東京の歌舞伎町や山谷、大阪の釜ヶ崎など、地域ごとの監視体制は強まり、大量の監視カメラが設置されている。高速道路や幹線道路などには、通称Nシステムと呼ばれる自動車ナンバーの自動読み取り装置が取り付けられている。クルマによる移動を、完全にチェックしようというもくろみだ。
 国民の行動をチェックできるようになれば、残されているのは心の中の管理であり、思想の管理である。これらの先には、国民総動員体制の最初の布石となる徴兵制が控えている。
 この思想管理の武器として準備されているのが、「メディア規制3点セット」と呼ばれるものだ。個人情報保護法案、人権擁護法案、青少年社会環境対策基本法案の3法は、「プライバシー」「人権」「青少年健全育成」という美名の下に成立しようとしている。メディアにたいして、一挙に網をすぼめてきた自民党のやり方は他党を引きこんだ増長のあらわれである。ジョージ・オーウェルが描いた超管理社会は、もう目前である。

■事前検閲が当たり前になる!?

 「国民総背番号制」の完成によって、国民のプライバシーが官公庁のコンピュータに収集される。その情報の漏洩が懸念され、防止のためにつくられたのが、個人情報保護法案だった。ところが、これは別の行政用の法律が準備され、個人情報を取り扱う事業者(情報産業や報道機関)を規制する法律が準備されている。コンピュータ業者ばかりか報道であっても、個人の情報を扱うものとして規制の対象になるという論法である。
 法案には、「個人情報は、その利用の目的が明確にされるとともに、当該目的の達成に必要な範囲内で取り扱われなければならない」とある。しかし取材とは、進めていくなかで目的がハッキリしていくものである。小さな疑惑が発端となって、さらに大きな事件が明らかになっていく。それこそが取材である。最初に取材目的を定めると、取材は矮小化してしまう。取材が進むなかで明らかになった事実を質問しようとすれば、被取材者は「目的がちがう」と逃げることができてしまう。それに誰にたいして、取材の目的の許可をえるのか。
 「個人情報は、適法かつ適正な方法で取得されなければならない」という条文も問題だ。どういう行為が適正ではないと判断されるのか、国(裁判官)が、この取材は「適性方法」ではかった、と判断することになる。これこそ報道にたいする国家の干渉である。取材される政治家や財界および官僚などに、核心を突く質問をすると、「そのニュースソースは誰か」、「適正ではない」といって逃げることができる。判断されれば取材は終了である。
 さらに問題なのは、「個人情報の取扱いに当たっては、本人が適切に関与し得るよう配慮されなければならない」という文言である。この条文に従えば、取材対象者が記事内容をチェックすることができる。
 メディアの大反発を受けた政府は、「放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関、報道の用に供する目的」の場合、義務規定を適用しないとした。ところが出版社やフリーライターは、法律上の適用除外対象にすら入っていない。報道目的なら適応除外にするというのが事務方の判断らしいが、いまでさえハンディの多いフリーライターの取材が「報道」じゃないと難癖をつけられて規制されることは、明々白々である。記者クラブに属さず、政治家や官僚を叩いてきた週刊誌ジャーナリズムは、法案成立とどうじにきわめて不利になる。
 市井の人のプライバシーを保護するはずの法律は、権力者たちのプライバシーを保護し、その犯罪を見逃すために使われてしまう。そもそも個人情報を保護するための最良の方法とは、個人情報をコンピュータで一元化しないことである。
 ところが、国民総数番号制の準備として、ことし8月に導入される「住民基本台帳ネットワークシステム」(住基ネット)は、実施前から個人データの利用範囲を大幅に拡大しようとしている。
 そもそも政府は「国民総背番号制」との批判をかわすために、住民基本台帳に記載された情報の利用範囲を10省庁93件の事務に限定した。ところが、こんどはこれを2.5倍以上も拡大し、パスポートの発給や不動産の登記、自動車の登録など11省153件の申請届け出にも使うことするという。理由は、行政手続きのオンライン化のためだ。
 これによって国民ひとり、人間ひとりに関わる情報がオンライン化されてしまう。これまでも個人情報を職員がもち出して、業者に売ったりするケースがあとを絶たなかった。法律だけでは防御できるものではない。まず重要な情報をオンライン化し、リンクしないこと、さらに情報のコンピュータ化を限定すること。これこそがプライバシーを守る最大の方法である。
 ことし3月8日に閣議決定した人権擁護法案も、また、個人情報保護法案以上の強権的な法律である。法案では、独立した権限をもつ人権委員会が不当な差別や虐待行為などを調査し、被害者を救済することになっている。
 ところがこの人権委員会委員は、法務省の監視下にあって、たった5人。そのうち3人は非常勤である。2人の常勤人権委員で、もちろん全国すべての人権問題を担当できるはずもない。サブ機関として地方法務局が実務を担当することになっている。政府直轄の人権委員などとは片腹痛い。
 いつも、はなはだしい人権を侵害するのは、国家機関である。冤罪事件のように、無実の罪を着せられた被告に、法務省が手を差し伸べないなど日常茶飯事である。また刑務所内での囚人への暴力的な処遇、あるいは入管における外国人への支配など、国家とくに法務省の人権意識は地に堕ちている。身内の人権侵害の状況を、上意下達の“お役所”がどうやって改善するというのか。
 一方でこの法案は、「過剰取材」という名目で取材を規制し、報道内容を事前にチェックしようとしている。なんと取材を拒んでいるものに何度も電話したり、ファクスを送ったりするのも「過剰取材」となり、立ち入り検査がおこなわれる。ことは報道だけにとどまらない。ノンフィクションやモデル小説などへも波及していく。
 ジャーナリズムは権力の行き過ぎを規制するためにこそある。国家に都合の悪い報道が民主主義の要である。そんなことにおかまいなく、法務省の下部組織が検閲する法案を成立させようというのだから、小泉蛮行内閣がいかに支配を徹底しようとしているかがみえてくる。
 この人権擁護法案にたいしては、報道320社が共同声明を発表した。遅すぎたとはいえ、ようやくマスコミが立ち上がってきたのは歓迎すべきことである。しかしマスコミは、いつも両論併記という名目で足して二で割るような報道をおこなってきた。今回の問題もドタンバで中途半端な妥協をしないよう、世間を盛り上げる必要がある。
 先述の2法案は、「プライバシー」と「人権」を守るために作るのだそうだが、もうひとつの青少年有害社会環境対策基本法案は、青少年をとりまく「環境」のためだという。ここにも法案を準備している人間たちの欺瞞的な体質が、はっきりあらわれている。
 青少年のために表現を規制するのは、これがはじめてではない。なにか犯罪が発生するたびに、「表現に問題があり、その影響を受けた」などと、ミスコミがやり玉に挙げられてきた。『チャタレー夫人』事件のように、小説さえ弾圧されることが珍しくない国である。しかし今回の法案は、さらに激しい表現規制を生むことになる。
 メディアの動きを規制する法律ができる裏では、政府の情報を表に出さない策略も進行している。昨年、自衛隊法が改正され、防衛秘密が強化された。86年に廃案となった国家機密保護法案の再生である。当時あれだけ問題になった法律が、いとも簡単に通ってしまうところに、野党の脆弱さがあらわれている。歯止めのない暴走は、はじまっている。
 鈴木宗男事件での外交官のドタバタ騒ぎの産物として、外交機密文書も再規制がはかられた。いままでの秘密指定範囲を少なくする一方で、指定された秘密保持を徹底するというのだから、まるで火事場ドロボーだ。機密費問題にたいする反省など、外務省は微塵も感じていないようだ。
 小泉人気がまだ余命を保っている間に、なりふり構わずすべての懸案を実施し、戦争体制の準備をはかりたい。これが日本の為政者の欲望である。まもなく、小泉も切り捨てられる。

■明かされぬ93便の真実

 情報管理とえば、9・11以降の米国もはなはだしい状態だ。
 たとえば、いまだあきらかにされていないのがハイジャックされた三機目の航空機、ユナイテッド航空93便の真実である。乗客がテロリストに立ちむかい、ホワイトハウス、国防総省あるいは国会議事堂への自爆テロが未然に防がれたと伝えられている。このビッグヒーロー物語は、大々的に報道された。機内の英雄がテレビドラマ化されることも決まり、乗員乗客40人に軍人最高の戦功賞「名誉勲章」を授与される法案が審議されている。アメリカ的なヒロイックな物語は、国内外を問わず流布している。
 しかしこの墜落した場所は、事故から2ヶ月以上たっても立ち入り禁止されていた。回収されたはずのブラックボックスの情報も、いっさい開示されていない。そのため米軍戦闘機による撃墜説が、いまでも根強くくすぶりつづけている。
 そんなアメリカで、ニセ情報を発する機関の新設が計画されていた。結局、ブッシュ大統領の反対で機関設立は流れた、といわれているが、これまでのCIAの行動を仄聞するだけでも、彼らがいかに情報操作をおこなってきたかが明らかになっている。ニセ情報による情報操作など、アメリカ帝国主義ですでにおきまりの手法である。
 このように国家権力は、国民にたいしては少しでも情報を抑えようとする。一方で国民の情報をできるだけ回収して監視、支配し、大本営発表のごとくウソの情報によって世論を操作し、熱狂をつくりださせる。それらはけっして「民主主義国家」のやり方ではない。弊害はあまりにも多い。言論弾圧は、言論界だけの問題ではない。ひとりひとりの人間の存在にかかわる、根本的な重大事である。小泉の表情にあらわれる冷酷さは、さいきんますますひどくなってきた。 (■談)

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