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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/“人間尊重企業”で働く斎藤だ

■月刊「記録」1995年3月号掲載記事

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■会社にはいたわりの心がない

「傷害事故発生について」
  12月4日早朝、三鷹駅に於いて、発車ベルを扱い乗務員室に戻る際、無意識な行動をとったため、誤って線路上に転落し受傷する事故が発生した。
 以下の事柄を厳守し再発防止に努めること。
※常に意識をもって作業を行なうこと。
※勤務中は雑念をすてて執務すること。
※決められたことは必ず守ること。以上。

  これは車掌区長名で出された職場の掲示である。紙面はいつもの倍はあり、見出しの「傷害事故発生について」は朱書きで、ものものしい印象さえ受ける。非常に目立ってバカでかい。
 私は「あっ、またか」とため息をもらし、悲しく情けない気持になった。この掲示を初めて目にした仲間は、数人でヒソヒソやっている。「これはヒドイ」「責任転嫁だよ」「S君がかわいそう」。
 S君、むむ、実は斎藤?いや、私のことではない。いつも明るく、陽気な車掌区の人気者、S君のことである。彼は12月4日早朝、出勤時刻である5時44分までに余裕をもって出勤し、乗務開始の6時4分、旅客扱い中にホームから線路に転落し、肋骨と腰椎を骨折する重傷を負ったのだった。
 私を含むほとんどの社員が問題にしている点は、「無意識な行動」というあまりにも気の毒なくだりである。確かにS君のミスだが、いたわりの気持ちがかけらもなく、全ての責任をS君に押しつける表現だ。区側=会社側の高慢さを感じずにいられない。
 会社側は、「事故があったから、全社員に注意を促す意味での掲示であり、S君には心からお見舞い申し上げます」とでもいうのだろうが、区長は運転訓練会議の席で私達を前に、「事故などの場合、個人の責任追及ではなく、本年度からは事故がなぜ起きたのかという原因追及に重点を置く。会社は方針を転換した」と発言していたのだ。ほど遠いね、ハテナだね。これでは旧態依然である。また、JR東日本は「人間尊重企業」とうたって胸を張っているが、これもほど遠いね、ハテナだねと思わざるを得ない。

■無意識な行動とは

 さて、S君は果たして「無意識な行動」なるものをとっていたのだろうか。例えば、信号が赤、つまり進路が構成されていないのに、不十分な確認で「出発進行」と指差喚呼してドアを閉めてしまった場合は、最悪の場合は電車が発進してしまって脱線する。また、電車が所定の停止位置に止まっていないのに「停止位置オーライ」と指差喚呼し、ドアを開けてしまえば満員であれば、ホームを外れている車両の乗客が線路にあふれ落ちることもあり得る。これらの例は、一概に決めつけることは酷であるが、「無意識な行動」による事故といわれても仕方ないだろう。
 だが、S君の場合は違う。彼は信号を確認し、旅客の乗降に気を使い、しっかりとした意識をもって作業に当たっていたのだから。ただ、ちょっとした弾みで足を踏み外し、運悪く転落してしまっただけなのだ。けがをする時はこんなものだと思うが。
 よしんばS君本人が、「はい。無意識な行動をとりました」と認めても、私は認めない。S君は過去に何度か小さなミスをして、乗務停止やヒドイ指導を受け、会社に不信の念を抱いていた経緯があるのだ。半ば呆れているから、面倒くさくて「はい、はい」としか言わなかったのだ、と。私は彼の気持がよくわかる。

■私は上から叱られる

 この仕打ちを知って私が思い出すのは、車掌のT君が乗務員室の鉄のドアに指を挟んで大けがをした4年前のことだ。当時は分割・民営化の大混乱期で、会社のやり方には人間のモラルやマナー、ルールは皆無に等しく、人権をも全く無視した、問答無用でやりたい放題の労務管理だった。そこまでやるか、人間はこうも変わるものかと、想像を絶することが白昼堂々と行なわれた。
 T君を標的とした掲示も異常そのもの。縦2m、横1mと、S君のものの更に倍はあり、やはり朱書きのどでかい見出しには、なんと「全社員に警告する!!」とあり、社員のけがに関する掲示でありながら、社長の新年訓辞の掲示以上という凄さだった。
 そこには、T君がけがを負ったのは車掌がやるべき「基本動作」を怠ったため、と個人を責めた文章が平然と書かれてあった。
 ここで「基本動作」とは何ですか? というお客様の声が届きました。乗務中「○×オーライ」と逐一指差確認し、喚呼する動作のことで、その励行が、事故を防止する手段として最重要視されています。水を飲む場合に、蛇口左ひねりオーライ、水質オーライ、コップ接近オーライ、コップを持った腕の角度オーライと、いちいちやっていられないことを、車掌はキチンと正しい姿勢でやっておるのでございます。
 T君は当然のように区長室に呼ばれ、ものすごい剣幕で怒鳴られ罵倒されたと告白してくれた。区長曰く、「大けがをして痛いのは当たり前だ。私は同情などしない。基本動作をなぜやらなかったのだ。やっていれば防げた。あんたは車掌失格、不適格だよ。それより当区の安全点数が下がった責任をどうしてくれるのだ。あんたのお陰で私は上から叱られるのだよ」。
 あまりにもご立派、何とも素晴らしいお言葉で、私は赤面せずにはいられませんでした。それまでは「区長も大変だろう。こんな時期だから血も涙もないような決断もしなきゃならん。トップに立つ人も大変だこりゃ」と同情の念も抱いていたのに。
 しかし、「車掌失格、不適格」とは? T君だって車掌になって5年、10年と無事故で通したベテランである。私達の中に不適格な者など誰一人としていないとハッキリ申し上げておきたい。200人からなる職場のトップであり、皆が尊敬している人格者の区長の発言だけに驚愕し、あまりのショックで言葉が出ない。

■職務でけがして休めば賃金カット

 T君はうろたえながらも、労災保険は適用されるだろうと手続きをしようとしたら、「全部自分でやるんだよ」と言われたと聞いて耳を疑った。天下のJRがそれはないだろう。いったい何のための庶務(事務)なのだ。T君は仕方なく労働基準監督署へ駆け込み、事情を説明し手続きを済ませた。区側がしぶしぶ重い腰を上げて保険金が下りたのは何と1年半後。泣けてくる。
 更に腑に落ちないのが、けがをして乗務を降りた時点から賃金カットになるということである。欠勤や遅刻と同様、給料からキビシク差し引かれるのだ。ある乗務員などは、神田駅付近で線路上を歩いている公衆を発見し、直ちに電車を止めて保護しようと駆けつけたところ、逆にボカスカ殴られた。負傷して救急車で入院し、賃金カットである。なんかヘン。どこかが狂っているとしか思えない。拘束時間内であっても、業務に従事していない時間は賃金対象外なのである。やっぱりなんかオカシイ。
 職場でけがをして、このような指導や仕打ちをされるなど、とうてい理解できないし、正常な大人の行為でもない。当時、組合の威勢のいい活動家たちの大半は配転させられ、私達は国労に留まることで団結を確かめ合い、ひっそり耐えていくしかなかった。つらくて忘れたいのに、今でも鮮明によみがえって忘れることができない。みんな覚えているのだ。
 分割・民営化から5年。仕事はキツクなる一方だが、皆で助け合って明るく楽しくやっていこう。労働委員会が、国労が提訴した事件に対し100件以上もの勝利命令を出しているが、会社側は聞く耳を持たず、受け入れようとしない。おかしいことは、誰が見てもおかしいのだ。私の考えが間違っているのなら指摘してほしい。改めるべきところはいますぐにでも改めよう。
 さあ、S君の見舞いにいこう。「バカだなS君。ドジだよお前は。前の晩はゆっくり休んだのかい。早朝出勤の時は、風呂で十分温まってさ、グイッと1杯やってからサッと寝るんだよ。気をつけろよS君。治ったらまた皆で飲もうよ。なっS君!!」。 (■つづく)

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