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税金ドロボウ列伝・その2/林野庁

■月刊『記録』97年4月号掲載記事

『税金ドロボウ列伝』

【泥棒2】林野庁
■性懲りもない「官」の横暴 ―秘境知床―

(■小山俊樹……こやま・としき……1962年東京に生まれる。自然環境問題、建設問題などを専門にルポルタージュを発表。現在は、建設関係の共同組合に席をおく。主な著作に『知床スキャンダル』など)

■林野弘済会の売店出店計画

 北海道・知床半島。オホーツク海沿岸を網走から斜里町へ南下し、さらに国道334号線を知床国立公園へと向かう途中に「オシンコシンの滝」はある。アイヌ語で「そこにアララギが生い茂っている所」に流れるこの滝は、知床観光の拠点・ウトロの街のほど近くに位置し、滝の前には園地(滝見公園)と駐車場が備えられていて、知床を訪れる観光客が1度は立ち寄る名勝である。
 今、この滝の前に財団法人林野弘済会が売店を出店したいとして問題になっている。
 ことの発端は一昨年(1995年)の夏、北見営林支局が林野弘済会北見支部直営の売店を建設するために、滝見公園の一部を返還してほしいと地元の自治体・斜里町に申し入れたことによる。実は公園の敷地は林野町所有の国有林で(といっても樹はほとんどはえていない)、それを斜里町が無償で借受け、オシンコシンを訪れる観光客などのために開放してきたものである。弘済会の計画では、公園敷地384平方メートルを返還してもらったのちに、店舗面積約100平方メートルの売店を建てたいとした。
 営林当局による売店計画はこれが初めてではない。91年にも同様の申し入れを斜里町に行なっている。しかし、このときは地元の自然保護団体「オシンコシンの環境を考える会」と町内の商工業者の反対で計画は頓挫した。「知床の名所である同地に売店を設置することは景観上マイナス」といった意見のほか、「ウトロの近くに大型店舗が進出すると地元商店街に経済的不利益をもたらす」と考えられたからである(当時は現在の倍以上の店舗面積が予定されていた)。思わぬ地元の反対の声に萎縮した営林当局は、以後具体的な動きを控え、売店計画は事実上白紙に戻った。
 その計画がなぜ4年も経った今になって再び浮上したのか。95年11月10日に、斜里町の午来昌町長が議会にこう報告している。
 ――本年度に入って、弘済会から何とか計画通りに売店建設を進めたいと話がありました。町としては、6項目(規模の縮小や景観への配慮)を提示して大枠をやむを得ないとの判断をしたものの、地元の反対の声がある中では、それらの理解を求めることが先決であると弘済会に伝えました。その後、弘済会は反対の立場をとっておられた方と協議をして、了承を得たと報告してきました。(問題が解消されたので)いずれ公園用地返還の手続きが必要になりますのでご理解いただきたい――
 これに反発したのが91年と同じオシンコシンの環境を考える会である。現会長の桂田歓二(ウトロ在住・民宿経営)こういう。
「弘済会のいう地元の理解を得られたというのは、我々の会の前会長個人を捕まえて、賛成もしないし反対もしないという言質をとったことを指しています。逆にそれ以外には、地元の理解の声はほとんどない。景観が損なわれることは4年前の時点と全く変わっていないし、むしろ開発の進んだ知床の自然に、これ以上手を加えずに次世代に引き継ぐ重要性は高まっているのです」。

■林野官庁の生き残り策

 商工業者の反応はどうか。96年9月21日に、売店反対派の小川佳彦(ウトロ在住・宿泊業)がウトロ地区の宿泊・飲食店83件を対象に行ったアンケートがある(回答率58%)。このうち「計画に反対する」が83%、「商売に悪影響が出ると考えている」業者が56%もいることがわかった。そのため、同年10月17日に開かれた斜里町観光協会ウトロ部会の役員会では、斜里町長宛に以下のような要望書を提出することが申し合わされた。
 ――(オシンコシンの売店については当初から反対でしたが)斜里町から町と営林署、営林署と土地利用者との関係もあり、「営林署との関係を悪くしたくない」との配慮から斜里町が林野弘済会に最小限度の条件を提案したことに対してやむを得ないとの結論を出したところです。〈中略〉(しかしアンケートの結果のように)地元商工業者は「建前賛成本音反対」ということもご理解のうえ、売店営業に対して今後とも問題の出ないように特段のご理解とご配慮をお願い致します――
 売店の建設自体は、95年11月21日に斜里町が国有林の返還手続きをとり、3日後の24日には営林支局が弘済会に使用を許可したことで、法律上の手続きはクリアされていた。ただし、考える会や商工業者の反対の姿勢は根強く、読売新聞道内版が「着工までに曲折も」(95年11月22日)と大きく報道したことなどから、1年近く先送りされていた。
 96年10月15日、考える会の桂田は、「斜里町が公共用地を私的営利(弘済会)に利用させるために営林署に返還するのは不当」などとした住民監査請求を、斜里町監査委員会に提出した。ところがその審査が行われている最中の11月1日、弘済会は抜き打ち的に売店建設に着工した。弘済会にしてみれば、1年近く様子を見たし冬も迫っている。この時期を外すわけにはいかなかったのだろう。だが、やり方が横暴すぎる。斜里町監査委員会は、結局「本請求は請求の対象とならない」と門前払いをくわせるのだが、同請求権の脆弱さ、無力さは、工事が強行された時点ですでに明らかになった。
 ご記憶の方も多いと思うが、かつて知床では、国有林を舞台にした空前の自然保護運動が盛り上がった。86年、北見営林支局は知床国立公園内の国有林から数百本にのぼる広葉樹の抜き伐りを計画した。これに反対する全国の自然保護派と1年余りにわたる対峙の末、支局は反対派の抵抗を威嚇するために機動隊まで導入して抜き伐りを強行した(詳しくは拙著『知床スキャンダル』を参照されたい)。今回の売店問題は、その経過、強行に至った「官」の動機とも国有林伐採のときと酷似している。強行に至った「官」の動機とは、いったい何なのだろうか? それは沸騰する行政改革論議に怯える林野官僚のなりふり構わぬ生き残り作戦だった。さらに町益優先で決して民意の期待に応えない斜里町という自治体の体質が、最悪の形で融合したのである。

■「馬鹿」「単純」「旧態依然」

 次の文面を見ていただきたい。斜里町の経済部長・甍岡豊が、売店建設の有無を問うアンケートを実施した小川佳彦に送りつけた“脅迫状”である。
 ――さて、オシンコシンの問題に関して種々動いていらっしゃるようですが、相変わらず「様々な観点の上に立って」行動することが嫌いなようでございまして、初めに「ご自分の答ありき」から出発する手法は少しも進歩していないという感を受けます。アンケート調査の「商売にどのような影響が!」という設問は、誰しも商売仇が現れたら「影響がある」というのは当たり前の話であり、少しもおかしくありません。〈中略〉アンケートは、ただ集めた結果を公表するだけなら「馬鹿」でも出来ます。設問そのものも、何を意図しているのか余りに単純すぎて理解に苦しみます――
 信じられないかもしれないが、これは町の経済部長が町民に送った手紙の原文である。町民を「馬鹿」「単純」呼ばわりし、おまけに慇懃無礼な言葉使いで完全に相手を見下している。もう少し先を読んでみよう。
 ――隣に出来る店を排除することは自由経済の原則に反するものである。〈中略〉林野弘済会も1個の経済体であり、特別視することは体質的な誤りであることを認識すべきである。(斜里市街地に置いても、かつて町外資本の大店舗の進出計画を町内商店街が阻止した冷があるが)反対の結果、何が変わったのか! 誰もが旧態依然の経営にあぐらをかいている内に競争という原理を忘れ、商店街の発展にブレーキをかけてきたのが実態ではなかったか!-
 これほど地元経済界を敵対視している経済部長も珍しいのではないか。だいたい経済部長である甍岡自身が身を粉にして取り組まなければならない地域振興を、「旧態依然」とした民間のせいでできないなどと威張っているその神経が理解できない。

■疑惑まみれの町長

 こんな暴言を許している(これまでのところ小川への謝罪や弁解はいっさいない)斜里町の町長というのがまたユニークな人である。午来昌斜里町長は、87年に現職を接戦の末やぶって初当選した。初当選の年は前述した伐採問題の渦中にあり、地元の自然保護団体の元会長という肩書きを持つ午来の当選は、「グリーン派町長の誕生」ともてはやされたものだった。しかし、その虚飾が剥げるのにはそれほどの時間を要しなかった。
 当選したその年に、彼は国立公園内に所有していた町有地の森を伐採してコンクリートの建物を建てた。この建物は知床自然センターといい、ダイナビジョンという巨大な映画館を備えている。映像設備のハードとソフトは大手教材会社「学習研究社」のものだが、これが疑惑まみれの代物なのである。同センターの計画書には着工以前から学習研究社のパンフレットがそのまま引用されており、落札はいかにも「予定通り」出会った。おまけに入札を目前にひかえた時期に、午来町長は学習研究社の元社員とドイツ旅行まで楽しんでいる。
 90年、午来はセンターに隣接する町有地を観光客のための駐車場にすることを認め、数千平方メートルの森を皆伐採した。最近になって、更に観光客を誘致するために駐車場を拡張したいとしている。斜里町はかつて、環境保護のために国立公園内へのマイカー乗り入れ規制を完全に忘れ、森林を伐りまくって車の乗り入れを助長している。もう一言加えておきたい。駐車場が設置された場所は、全国から寄金を募って植林し「森を永久に保全する」と斜里町が約束している「しれとこ百平方メートル運動」の対象エリア内なのである(この運動の欺瞞性については、いずれ詳しくお伝えしたい)。
 斜里町という自治体は、約束や前言を簡単に翻して、町益を優先させる自治体であることがおわかりいただけたと思う。そういう自治体が、オシンコシンの売店に関してだけは、町民や観光客の利益を考えて国有林の返還に応じたと考えるのは甘過ぎる。
 ウトロ部会が町長宛に提出した要望書の中に、「営林署との関係を悪くしたくない」という文言があったことを思い出してほしい。実は今回斜里町が売店計画に同意したのには思惑がある。国道334号線沿線には利用可能な営林署所有の国有林がまだ幾つもある。町としては、将来その国有林を利用しての開発計画も視野にあり、ここで営林当局に貸しをつくっておく方が得策だと考えたのだ。
 もとより営林当局がこの時期にオシンコシンに売店を出店するのにも思惑がある。それが読めなかったのか、知っていて荷担したのか分からないが、「営林署との関係を悪くしたくない」という町益を優先させて、後述するような、国民的な期待である行政改革に反する結果をもたらした斜里町の責任は極めて重い、と私は思っている。

■林野庁はもういらない

 96年11月7日、売店計画の白紙撤回を求めて北見営林支局に出向いた桂田を、広報室長の千葉美辰は「応対できない」の一言であっさりと追い払った。ウトロから支局のある北見市までは車で往復5時間の距離である。意見があるから話し合おうとやってきた住民を、こんなに邪険にあつかう役所がほかにあるだろうか。桂田はめげずに4日後に出直した。今度は森林活用課課長の高橋亜夫が出てきたのだが、「話はわかった」以外の何ものでもない。7日に会った弘済会北見支部長の山本一之はもっとひどかった。桂田が参考のために弘済会の資料が欲しいというと、「何もない、何もない!」といって席を蹴るようにして立ち去ったという。後日、桂田は東京で弘済会発行の立派なパンフレット(コピー)を手にするのだが、こんな話を聞くと、あの忌まわしい薬害エイズ事件のときの厚生省の対応を思い出す。
 さて、ないはずだった弘済会発行のパンフレットを見ていると様々なことが気にかかる。その一つが弘済会が運営する売店での取り扱い品目である。新聞報道によると、オシンコシン売店で扱う商品は「民芸品・海産物・たばこ・フィルム・イモダンゴ」などとなっている。弘済会のパンフレットには、たしかに林業傭薬剤や苗木などを「物品販売事業」として取り扱うことが明記されている。しかし、民間で十分対処できるものを、なぜわざわざ行政の外郭団体が売り出す必要があるのだろうか。
 もしオシンコシンに弘済会の売店が出店したら、甍岡がいう「旧態依然とした」ウトロの民間業者の売り上げに影響が出るのは必至だろう。これを「ひとつの経済体(経営体の誤り)」と既成業者の「競争原理」と認識するのは無知でしかない。この問題の論点は、民間でできるものを「官がやろうとしている、それによって民間に悪影響が出るおそれがあるということにある。これはすなわち、現首相が「火だるまになってやる」と公約している行政改革に反することなのだ。
 国有林野事業特別会計は、95年度末で約3兆4,000億円の累積赤字を抱えている。林政審議会答申による数次にわたる改善策を実行してきたが、成果が上がったのは現業職員が激減したことぐらいで、それ以外の問題は解決の見通しすらたっていない。96年11月5日の朝日新聞社説には、とうとう「国有林を守り、活用するために、特別会計はやめて一般会計に移し、林野庁は解体したらどうだろうか」という提言が掲載された。林野庁解体が大新聞の社説で論評されたのは初めてではないか? この社説を少し補足すると、国有林野事業には66年からすでに多額の一般財源が投入されている。95年度だけで、治山治水工事費やマツクイムシ防除費などの名目で460億円が支出されている。また「第2の予算」と呼ばれる財政投融資資金からはこれをはるかに上回る額(一説には10兆円!)がつぎ込まれている。事業の立て直しに見込みがない以上、財投資金のほとんどはいずれ不良債権化するだろう。
 96年11月16日の毎日新聞によると、林野庁は森林の荒廃状況の把握や堰堤工事の必要性などを調査するコンサルタント業務のおよそ8割を(総額約4億8,000万円)、身内の財団「林業土木コンサルタンツ」と「林業土木施策研究所」に独占的に受注させていた。あまりの偏向発注に、行政監察局から勧告を受けていたにもかかわらず改善されなかった。公費で事実上の赤字補填をしてもらいながら、関連する団体や会社には優先して仕事を発注してその運営を助けるとは、一体どういう了見だろう。二つの財団の理事は全員が林野庁OBである。林野庁は天下り先を確保するために、行政監察局の勧告をあえて無視してでも偏向発注し続けなければならなかったのだ。こんな連中に10兆円もつぎ込んだあげく、これからまた一般予算で面倒見てやらなければならないのだから頭にくる。
 オシンコシンの売店もこれとまったく同じ構図である。
 林野弘済会の理事は100%林野庁からの天下りである。これは支部ベースでも変わりない。林野庁自体の存続が危ぶまれるなかで、外郭や関係団体の存在など風前の灯だ。何でもいい、自分
 達の存在をアピールしなければ……。北見支部はすでに北見市内と美幌峠、小清水原生花園に直営の売店を持っている。オシンコシンはおそらくそのいずれをも上回る収益ゾーンになる。近い将来林野弘済会の存続問題が俎上にのぼったとき、「ほら、こんなに売れてますよ。国民に指示されてるんですよ。」と主張するにはかっこうのタマである。また、万が一行革の対象になって林野庁がなくなっても、売店の権益だけは何らかの形で残せるかもしれない―。林野官僚の天下り先はキープできるわけだ。
 この推測を裏付ける発言を、「弘済会の資料など何もない」と強弁した山本北見支部長がしている。斜里町の阿部祐太郎経済部長(当時)が観光協会」の意向を受けて弘済会に出向いたときのことだ。「なぜ売店をつくりたいのか」という問いに、山本ははっきりと「営林署職員の過剰人員の受け入れのため」と答えている(96年10月17日観光協会ウトロ部会役員会の報告書より)。
 官益優先、民意無視。いまもっとも国民から批判を浴びている「お役所天国」温床が、今回の売店問題なのである。

■聞く耳もたず

 売店工事がはじまった96年11月3日から10日にかけて、桂田はすぐ横の滝見公園で観光客を対象に建設反対の署名を募った。反応はすぶるよく、実質3日間で700人の署名が集まった。バスガイドが車内で売店問題を説明し、バス客全員が署名していった例もあったという。
 滝の前をはしる国道334号線は、西がカーブのため陰になり、東はすぐにトンネルと非常に視界が悪い。写真を見ても分るように、売店が滝につながる敷地を占領しているため、観光客はごく狭い歩道を通るか、車道にはみだして滝に向かうしかない。売店反対派が特に心配しているのは、実はこのような人の流れの変化による交通事故の多発である。その点について知床の暴言男・甍岡はこう反論している。
「現状において問題はあるのは、滝を見物する観光客ではなく海側の風景を見るために国道を横断する人達である。建物が建つことによって危険性が増すというのは論外であり、滝を見物する観光客ではなく海側の風景を見るために国道を横断する人である。建物が建つことによって危険性が増すというのは論外であり、滝を見物するためにわざわざ国道に出ていく者はいないわけであり、(売店建設との)関連生は考えられない」
 この男には、売店ができることによって人と車の滞留時間が長くなり、路上駐車や車道にでる人が確実に増えるという「関連生」が想像できない。だいたい滝見客と海見客を分けて考えるのがおかしい。オシンコシンを訪れるすべての人たちの安全を考えるのが地元自治体の務めだろう。
 96年12月19日、桂田は「営林支局長が林野弘済会に国有林の使用を許可したのは違法の疑いがある」として、行政不服審査法にもとずく審査請求を農林大臣宛に提出した。桂田は前出の北見営林支局の高橋に書面を手渡したのだが、席上また一悶着あり、受付印が欲しいという桂田に対して、高橋は頑としてそれを拒んだ。これではいったい誰の責任で大臣に届けられるのか分からない。桂田は念のため配達証明便で林野庁本庁に書面を郵送したが、12月19日、桂田「営林支部長が林野弘済会に国有林の使用を許可したのは違法の疑いがある」として、行政不服審査法にもとずく審査請求を農林大臣宛に提出した。桂田は前出の北見営林支局の高橋に書面を手渡したのが、席上また一悶着あり、受付印が欲しいという桂田に対して、高橋は頑としてそれを拒んだ。これではいったい誰の責任で大臣に届けられるのか分からない。桂田は念のため配達証明便で林野庁本庁に書面を郵送したが、12月19日に本庁の二村信三業務第2課課長補佐から「確かに接受しました」という連絡があるまで不信感を拭えなかった。
 林野弘済会の売店建設計画では、96年度は基礎工事だけをおこない、雪どけを待って、97年春から上物の建築を始めるという。前述のように、売店の建設は監査請求の回答がでる前に着工された。だから今度も、たとえ不服審査の答えがでていなくても、粛々として工事は再開されるだろう。
 いったい国民の権利とは何なのだろうか?要望書、交渉、署名、新聞への投書、法律的手続き……。これだけの抗議をしても、明らかに民意―行政改革に反する100平方メートル足らずの売店の建築すら止められない。行政の横暴をウォッチするシステムがあっても、それはただのお飾りに過ぎないのか?
 オシンコシンの滝の前に売店を設置する必要はまったくない。なぜなら、かつてここを訪れる人の中から、「売店がなくて困る」という声があがったことが一度もないからである(少なくともそういう事実があったことを営林当局も明らかにしていない)。欲しいのは林野官僚ひとりだけ。天下り先を確保するため」、ただそれだけのために売店は建設されている。

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