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ホームレス自らを語る/人とうまく話せなくて・木下良明(三〇歳)

■月刊「記録」1998年5月号掲載記事

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■酒で気が楽になるから

 おれ、人と話すことが苦手なんだ。というよりも、うまく話すことができない。この間も、スポーツ新聞でビルの外壁掃除の募集広告を見つけて応募したんだけれども、面接でダメだった。緊張すると心臓がドキドキして、冷や汗が出てくるんだ。それに頭のなかも真っ白になる。もう、何を聞かれているのか、どう答えたらいいのか、混乱してわからなくなっちゃう。面接では一言も答えられなかった。結局、不採用だった。
 考えてみれば、小さいころからずっと無口だった。生まれは仙台市。4人兄弟の末っ子で、家は農業をしていた。勉強ができなくて、数学、国語、英語、みんなダメだった。それで中学を卒業して、すぐに働きに出た。左官の見習いに。といっても親方に弟子入りするんじゃなくて、見習いだけで30人も40人もいるような会社だった。だから、職人も合わせると100人くらいはいたんじゃないかな。
 会社は同じ仙台にあったけど、寮に入った。見習いは寮に入るのが決まりで、職人になると出られるんだ。修行は厳しかったよ。特に冬はつらくて、水を使う仕事だから、手はアカギレだらけで、それがヒビ割れて痛くてたまらない。でも、仕事は覚えた。覚えるコツは、職人の目の動きを見ることだった。2年後に、左官の技能試験を受けて二級に合格した。
 それで職人に昇格できたんだ。見習いのときは小遣い銭程度しかもらえなかったのが、職人になった途端に給料が15万円ほどになった。カネはたまったよ。
 だけど、一年くらいして会社を辞める羽目になっちゃった。原因は酒。おれ、酒が好きでね。毎日飲まないといられないんだ。最低でも五合、多いときは一升飲む。ところが、普段の無口の反動なのか、酒が入ると怒りっぽくなって、人にケンカを売っちゃうんだよ。そのときも、先輩と大ゲンカをしたのが尾を引いて、会社を辞めざるを得なくなった。
 それで東京に出てきた。18歳だった。東京にはずっとあこがれていたんだ。24時間やっている店があって、にぎやかそうで、そういうのにあこがれていた。仙台なんて、店は夜の11時にはみんな閉まっちゃうし、やっぱり田舎の街だから。

■日雇いが適職かもしれない

 東京に出て、最初に炉端焼きの調理場に入った。それからすし屋で働いたり、ピンサロのボーイをしたこともある。でも、みんな酒が原因で辞めた。酒を飲むと人が変わっちゃうところが直らないんだ。
 失敗するたびに自分でも情けなくなる。自分がどうしようもない人間に思えてたまらなくなる。だから、そういう自分を忘れたくてまた飲んでしまう。ピンサロのときは仕事中に酒を飲んでいて、それが上司にバレて注意され、気がついたら殴りかかっていた。酔っているときにカッとすると、頭のなかが真っ白になっちゃうんだ。もちろん一発でクビだった。
 結局、どこも長続きしなくて、日雇いで働くようになっていた。もっとも、おれのようにあがり性で、人とうまく話せない男には、日雇いの仕事が一番向いているかもしれない。面接だとか、客と話すとか、面倒くさいことは何もないからね。昼間、日雇いで働いて、夜はサウナやカプセルホテルに泊まる。そんな生活をずっと続けてきた。
 しかし、95年ころから日雇いの仕事が減り始めた。今でも仕事は続けてるけれども、97年なんか年間で20日間しかなかった。日当1万2000円で、20日間じゃどうしようもないだろう。だから翌年から新宿の路上で暮らすようになったんだ。
 初め、新宿駅西口地下にある小田急エース前の地下広場に寝ようとしたら、そこを取り仕切っているというホームレスの人に追い出された。それで地上の小田急百貨店の別館ハルクの入り口近くに、夜だけ段ボールで小屋を作って寝るようにした。今でもそうしている。
 人に見られることなんかは、すぐ気にならなくなった。それよりつらいのは、冬の寒さと夏の暑さ。特に夏の夜なんか、下に敷いた段ボールが一晩で汗で使えなくなるから。そういう意味では、夏のほうがよりつらい。
 段ボールの小屋を作るのは、デパートの終わった後の7時半ごろから。一回寝て、夜中の1時ごろに起きる。近くのハンバーガーショップで売れ残りのハンバーガーが1時20分に出るんで、それをもらいに行くんだ。もう一度寝て、4時すぎには起きる。始発電車に合わせて地下通路のシャッターが4時半に開くから、そこに潜り込んで暖を取る。そういう仲間が40人くらいはいるよ。地下通路にいられるのは、ラッシュの始まる8時ごろまで。居座ろうとしても、清掃の人やガードマンに追い立てられちゃうからね。
 日中は公園なんかで、日なたぼっこをして過ごすことが多い。雨や雪の日は、地下街を歩き回っている。飯は1日2回の日が多い。朝飯にハンバーガーを食べて、昼は新宿区役所でくれるカップめんを食べる。確かにそれだけじゃ、腹も減るし、酒も飲みたくなるけれど、我慢するしかない。どうしてもカネが必要なときは、自動販売機を回ってつり銭が残っていないか調べる。2、3時間もやれば、500円くらいにはなるよ。
 今思い返してみても、いいことのない人生だった。ピンサロで働いていたときだって、いい思いなんて一回もなかった。ボーイが商品の女の子に手を出すのは厳禁だったしね。
 楽しかったのでは、炉端焼きで働いていたころかな。仕事を終えてから、アルバイトの女子大生たちと飲みに行ったりしてね。女子大生たちとどうこうするっていうんじゃなくて、ただグループで一緒に酒を飲んだだけなんだけど、それが一番楽しかった思い出だな。
 今の楽しみは何かって?たまに日雇いの仕事があると、その晩はカプセルに泊まれるんだ。一泊3800円。風呂に入れて、缶ビールが飲めて、そのときが一番うれしい。最高だね。
 これからどうなっていくのかな。また左官の仕事に戻りたいような気もする。コテを使う腕は衰えていないし、床の水平面や壁の垂直面も、目と勘で出せる自信もある。だけど、仕事に戻るにはどうしたらいいのか、よくわからないんだ。

(※木下さんは非常に寡黙な人であり、質問にたいして、首を縦と横に振るか、切れ切れに単語が出てくるだけであった。したがって、木下さんが本文のような話し方をしたわけではなく、本人の話を元に再構成したものである) (■了)

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