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ホームレス自らを語る/帰るところなんてない・森田修(五七歳)

■月刊「記録」1998年12月号掲載記事

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■借金がふくらんでいく

 ホームレスになった理由はね、借金でクビが回らなくなりましてね。もう利息分を払うだけで、やっとの状態でした。すると親族の一人が、どこで教わってきたのか、「借金っていうのは、借りた人の行方がわからなくなれば、二年間で帳消しになるんだって。どこかに姿をくらましなさい。そして二年たって、戻ってくればいい」っていうんですよ。要するに、私が家からいなくなればいいらしい。
  親しい親戚にわけを話して、5万円のカネをかき集めましてね。「どこか」っていったって、行くあてなんてないでしょう。何となく、昔働いてたことのある東京に出てきたんです。九五年のことでした。
  それまで、20歳のときから、信州の飯田で農業をやってました。一町歩(約一ヘクタール)ばかりの田んぼと畑があって、おやじと二人でやってたんです。
  ちょうど、私が農業を始めたころから、「農業の近代化」ってことが、しきりにいわれるようになりました。農協も営農資金とか、農業近代化資金とかいって、やたらと貸してくれるようになりましたしね。
 うちも借金しながら、いろいろ買ったですよ。最初に買ったのが、耕運機だったかな?脱穀機も買いました。ヤンマーのやつをね。それから、田植え機と稲刈り機。田植え機もすぐに二条植えから四条植えに替わって、稲刈り機もコンバインに替わった。そのたびに借金して、買い替えるわけですよ。
 周りの農家がみんなそうするから、うちだけ古いままでいいっていうわけにはいきませんしね。借金を返し終わらないうちに、新しい機械を買うから、借金だけがふくらむんですよ。
  肥料のような消耗品だってそうですよ。注文しなくても、農協のトラックがやって来て、前の年と同じ量のものを勝手に置いていくんですから。そういうものは、秋に収穫した米代からサッ引かれるんです。だから、現金なんて、いくらも入ってこない。そのなかから、借金の元金と利息も払わなくちゃなりませんしね。
  悪いのは農協かって?うーん、農協ばかりが悪いわけじゃなくて、世間の雰囲気がそういう風潮でしたからね。ただ、農協っていうのは、われわれ農家の組合員がカネを出し合って作ったものですからね。その農協に、農家が借金で首をしめられるってのは、何か変ですよね。
■減反にも協力したのに

 暮らしのほうだって、そうでしょう。やれテレビだ、冷蔵庫だ、洗濯機だ、サッシの窓だ、太陽熱温水器だってね。いくら働いたって追いつかないですよ。特に、結婚して子どもができてからは、世間並みのことはしてやりたいですしね。
 そのくせ、米作りのほうは減反に次ぐ減反でしょう。うちだって協力したのは、二度や三度じゃありませんから。減反に協力すると、奨励金っていうのが出るんですよね。農業を知らない人は、現金でもらえると思っているようですが、実際には品物でくれるんですよ。ラーメンだとか、酒、しょうゆとかでね。
 そんなものをもらっても、借金を返す足しなんかにはなりません。結局、借金ばかりがふくらんで、田んぼと畑は全部抵当に取られました。もう、どうしようもなくなったわけです。決定的だったのは、下水設備でした。これだって、「うちだけはいい」って断るわけにはいかないでしょう。そのために農協から借りたのが、50万円。これでにっちも、さっちもいかなくなりました。
 姿をくらますようにいわれて、「もう、どうでもいいや」って感じで、夜逃げみたいなもんでしたよ。とりあえず新宿に出て、初めの二、三日は旅館に泊まったんです。けれども、5万円のカネなんてすぐに底をついてしまい、段ボールハウスで寝るしかなくなっていました。
■嫁さんは気の強いしっかり者

 生まれも、育ちも飯田です。1941年生まれで、戦争の始まった年です。戦争の記憶はあまりありませんが、それでも近くの山の壁に横穴式に掘った防空壕があって、家族で避難したことをかすかに覚えています。飯田のような田舎町に空襲警報が出るなんて、めったになかったでしょうがね。
  小学校の四年生のとき、目をけがしたんです。近所のおじさんが運転するオート三輪の助手席に乗せてもらって、それが急カーブを切ったときに振り落とされましてね。オート三輪ってドアがついてないんですよね。落ちたところが運悪く竹やぶで、竹の切り株で左目を突いちゃったんです。左目は完全に失明しました。
 勉強は嫌いで苦手な子でしたね。それで中学校を終えて、すぐに働きに出ました。私のおじさんが東京の杉並区でスレートを作る工場を経営していて、そこに就職したんです。従業員60人くらいの工場でした。
  スレートっていうのは、モルタルをこねて、それを機械でプレスして、油を使って焼き上げて作ります。大変な重労働の上に火を使うから、工場の中は猛烈に暑い。塩をなめながらの作業で、夏なんかは四時間働いたら、二時間は休まなくちゃならないくらいきついところでした。六人部屋の寮住まいで、日当は320円。月で8000円くらいになりました。
 唯一の楽しみは映画でしてね。毎週日曜日に近くの永福町の映画館に通って、三本立ての映画をみてました。ときには、繰り返して二回見るなんてこともしたんです。チャンバラ映画が好きで、高田浩吉のファンだったですよ。映画さえ見ていられれば、それでいいって感じでしたね。
  おじさんが社長だったから、しつけは厳しかったですね。休みの日に帰りがちょっと遅かったりすると、正座させられて、お説教されました。でも、私は酒も、女も、ギャンブルにも興味はなくて、ホントにまじめなもんでしたよ。
  伊勢湾台風(1959年9月26日)のときには、飯田地方も壊滅的な被害に遭って、私も実家に呼び戻されました。国鉄の飯田線の鉄橋が流されて不通だったりする中を、二日がかりで帰りました。実家は倒壊しているし、田んぼや畑は土砂に埋まっていました。それで、おやじを助けて、農業をすることになったわけです。
  結婚したのは……、いくつのときでしたか……。忘れちゃいましたね。母親の知り合いの紹介で結婚したんです。嫁さんも農家の娘で、よく手伝って働いてくれました。しっかり者でしたが、私とは反対で気が強くてね。子どものしつけにも厳しかった。子どもは二人、両方とも女の子でした。

■帰るところがないんです

 夜逃げするようにして、新宿に出てきてからは毎日、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしてるだけです。働きたいと思って職安に行っても、今は働き口なんてありませんからね。
  二月の新宿の段ボール村の火事の後、私も「なぎさ寮」に入って、そこから北新宿の自立支援センターに行ったんですよ。それでビル掃除の仕事につけました。ただ、それが1ヵ月足らずでクビになりましてね。理由はよくわからないんですが、職安でなく福祉(自立支援センター)の関係で行ったことがいけなかったようです。何だか、よくわかりませんね。
  そりゃあ働きたいですよ。でも、働くためにはアパートでも借りて、住所をちゃんとしないといけないでしょう。今、月5万円の部屋を借りるにも、敷金だ、礼金だで、20万円は必要ですからね。そんなカネはあるわけないし、どうしようもないですよ。
  食事は毎朝配られるボランティアのおにぎりと、新宿区役所が出してくれる乾パン。それに週一回の炊き出しですね。足りないです。足りないけど、それでやるよりしょうがないです。
  借金のほうは、もう時効になりました。私は左目を失明しているんで、身体障害者の扱いになって、裁判所も「支払い能力なし」と認めてくれたらしいです。
  どうしてそれがわかったのかというと、ボランティアの人が田舎のほうと連絡を取ってくれて、私に知らせてくれたんです。私はカネを持ってないし、家族にも合わせる顔がなくて、連絡はできませんからね。
  借金がなくなったのに、なぜ飯田に帰らないのかって? 帰れないですよ。帰るところなんてないですよ。田んぼや畑は、もう他人に貸しちゃってます。そんなところに帰っても、働きようがないじゃないですか。
  おやじは死にましたが、80歳のおふくろはまだ元気でいます。そりゃあ、家族に会って話がしたい。でも、私には帰るところなんてないんですよ……。
(※森田さんはここで感極まったように、オイオイと泣き出した。しばらくして、落ち着きを取り戻したが、もう自分のことについては語ってくれなかった) (■了)

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敷金返金大作戦!よくあるQ&A Q1特に破損・損傷などがない場合はどうなるの?A入居者の入れ替わりによる、物件維持のためなので賃貸人の責任となる。 Q2日照りによる畳の変色はどちらの責任ですか?A通常の生活では避けられない経年変化なので賃借人の責任はありません。 Q3家具の設置による畳のへこみの責任はどうなるの?A家具は必然的におくものと判断されるため賃借人の責任はなしありません。 鐔~寝媾蠅砲皺閥颪里△箸ⅶ弔辰疹豺腓砲發垢戮討鯆詑濘揺蘆瓦噺世錣譴討呂笋�... [続きを読む]

受信: 2007年7月 4日 (水) 14時16分

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