« サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/鉄道サリン・異臭事件に怒る | トップページ | サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/“人間尊重企業”で働く斎藤だ »

サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/わが愛車が止まった

■月刊「記録」1995年2月号掲載記事

*            *            *

 私の中央線がストップした。11月24日土曜日の夕方、工事のクレーン車が架線を切断し停電になったということだった。
 14時25分で勤務を終えて家にいた私に、夕食の買出しから帰って来た妻が、「たいへんよ。武蔵境の駅が人であふれてパニック状態、中央線止まっているみたいよ」と叫んだ。私は買物袋の中味より事故の方が気になった。うーむ、異常な人だかりで駅舎や線路が全ておおい隠され、人の波が隣の三鷹駅まで、まるでアブラ虫が茎や葉を被っているみたいにびっしり続いている、などとありもしない様子を想像してみる。
 どれ、どんな事故かとヤジ馬根性で武蔵境の駅に電話を入れたところ、話し中が長らく続きさっぱり通じない。「次は吉祥寺、お出口右側です」と言いながらダイヤルしてもダメである。そうか、自分の職場、車掌区に聞けば一発でわかるではないか、と単純なことに気付きダイヤルを回したが、相手が出る前にハッと気付き、慌てて受話器を置いた。
 考えてもみよ、もう少しで土曜日の晩が台なしになるところだった。「斎藤さん。よく電話してくれたね。大変なんだよ。悪いけど今すぐ出てこいよ」と言われるのがオチだからである。私は急いで冷蔵庫から缶ビールを取り出し一気に飲んだ。これでよし、もう大丈夫。職場から呼び出しの電話があっても、酒気帯び出勤は厳禁なのである。
「これだけのことならテレビでもやるだろう」とNHKの6時のニュースをつけてみたら、しばらくして私の愛車、橙色の「クハ201の22」が、乗客を全て降ろした回送の状態で四ツ谷駅に停車している勇姿が、画面一杯鮮やかな総天然色で映し出されたではないか。
 私はうれしくなって、「ああ中央線よ。空を飛んであの娘の胸に突き刺され!」と思わずつぶやいた。すると突然、駅長事務室に画面は変わり、私の職場から栄転されたYさんがアップで映った。黙々と執務を厳正に遂行している。「Yさんお久しぶり、全く緊張しちゃて、出演料をNHKにしっかり請求しろよ」などと私は返答のないテレビに向かってささやいた。
 ニュースでは3時間近くもストップしたと報じていた。平日ならば帰宅ラッシュの時間帯であったので、土曜日であったのがせめてもの救いであった。しかし、利用客は疲れ切り、大打撃をこうむったのには変わりない。振り替え輸送の手配により、私鉄や地下鉄、あるいはバス、タクシーにと大混乱の中振り回され、やっとの思いで目的地や家路にたどり着いたことだろう。

■他の車掌は休憩室に

乗務員や駅員は、こんな時にこそ機敏な対処をプロとして問われるのだ。こまめな情報提供に務め、乗客を安心させなくてはならない。乗務員が最も頼りとするのは「指令」との無線連絡だが、全て話し中となったりで、なにがどうなっているのか状況がさっぱりわからなくなることもある。今回は駅間の途中に止まった電車の乗客が、しびれを切らして線路に飛び降り出したという。まさに大パニックである。この時の乗務がもし私だったら、放送や乗客の誘導がうまくできるだろうか。やってみよう。
「お知らせします。ただ今放送文案の原稿を書いております。もうしばらくくお待ち下さい」。うん、これくらいの余裕と落ち着きがあれば大丈夫そうだ、我ながらさすがである。
 なにしろ、乗務中の車掌はそれこそ運が悪かったとしかいいようがなく、不幸のどん底に突き落とされる。乗客も然りだが電車に缶詰になり、食事はできない、心ない客には食ってかかられる。泊まり勤務であれば、乗務時間が延長され、ただでさえ短い仮眠時間に鋭く食い込む。
 一方、車掌区の休憩室では食事をしたり、お茶を飲んでくつろいで? いる車掌がゴロゴロしている。一般の方々から見れば、こんな大事故になんて不謹慎な、と不思議な光景に映るに違いないが、私たちは乗ることが仕事であり、運転再開に備えてただじっと待っているほかはないのである。心の中では、それはもうお客様の御迷惑をおかけしてはならぬ、一刻も早く運転再開となりますようにという気持ちでいっぱいなのでございますよ。ほんとうに。
 3時間もストップすれば、電車の遅れは当然それ以上に増して運休も相次ぐ。ダイヤはメチャクチャに乱れ、交代の車掌や乗る電車がなくなってしまうという事態が生じる。こうなると乗務中の車掌が乗りっ放しとなる一方で、休憩室の車掌は4時間5時間とお預けをくい、迷い子の小犬のようにキャンキャン、オロオロする以外ないのだ。仕事がしたいばっかりに、お決まりの「次は武蔵境、お出口・・・・」などと言ってしまったら、狂ったと思われても仕方がない。要するに、私達は乗る以外は用がない存在なのである。
 いずれにせよ、非常事態は非常にツカレル。仕事も世の中も正常であってほしいと心から願うものである。

■愛社精神より公僕精神

ところで、この3時間のJRの損失は額にしてどれくらいだろうか。何千万円、または億を超えるのだろうか。国鉄時代の話だが、一般の小さな会社の車が踏切で電車と衝突し、1~2時間も電車がストップすると、賠償額でその会社はつぶれてしまうということだった。ならば、その会社の社員たちにとっては大死活問題であり、全社員一丸となって対応策に奔走するだろう。
 しかし、私にはそのような気持ちがわいてこないのだ。誤解されては困るが、例えばニュースなどで、我が社内の新宿駅で、新潟で、青森でと大事故が起きたと報じられたとする。「これは大変、さあ困った」という認識は持つが、心の隅では他人事のように思ってしまうのだ。この素直な気持ち、私だけではあるまい。ほとんどの社員がそう考えると思うのだが……。
 JRは朝から晩まで24時間休みなく動くシステムで、私たちの勤務は引き継ぎ交代制となっている。つまり、その時の出番の者で対応しているわけで、大事故の時など、よく知人から、「あの時は大変だったね。斎藤さんどうしてたの」などと聞かれる。私が正直に、「仕事じゃなかったら、家で酒飲んでテレビを観てたよ」などと答えると、知人はけげんそうな顔つきになり、「JRってオカシイ」ということになるのだ。何というか、愛社精神が希薄と思われてしまいそうだが、実際のところその通りなのかもしれない。
 このJRの社宅にいられるのも、雇っていただいて今の生活があるのもすべてJRのおかげ。寝ても覚めても国鉄マン、JR社員。1500ボルトの電圧で安全純度100%」の電車が動く。私は十分過ぎるほどJRと中央線にしびれている。
 それに加えて、国民のためにほんの少しお手伝いをし、ほんのちょっぴり社会奉仕してお役に立てばといった気持ちが強い。JRになり、準公務員から会社員になった訳だが、民間企業といっても国民全体の公共機関であることに変わりはない。
 そして、JRという社名より、赤字で国の金を失うと書く「国鉄」という呼び名がやはり似合っているように思えて仕方がない。 (■つづく)

|

« サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/鉄道サリン・異臭事件に怒る | トップページ | サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/“人間尊重企業”で働く斎藤だ »

サイテイ車掌のJR日記/斎藤典雄」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/389724/7341975

この記事へのトラックバック一覧です: サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/わが愛車が止まった:

» こんにちは [マナブならcocoガイド]
ブログ管理人様、突然のご挨拶を失礼致します 私たちは「学ぶ」事をテーマにした情報サイトを運営しているものです。 お役に立つ情報をご提供できればと思い、随時掲載、更新しております。 スクールやレッスン、資格等の情報も掲載しております。 尚、このトラックバックがもし必要ではない内容でしたらお手数ですが、削除お願いします。 失礼致します。 m( __ __ )m ... [続きを読む]

受信: 2007年8月23日 (木) 12時26分

« サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/鉄道サリン・異臭事件に怒る | トップページ | サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/“人間尊重企業”で働く斎藤だ »