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ホームレス自らを語る/いじけた性格が悪いのか・浜村重雄(五九歳)

■月刊「記録」1999年1月号掲載記事

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■先生に嫌われていじけた

 小学校三年生のとき、クラスの男の子とケンカになって、相手に大けがをさせちゃったんだ。その子の母親は、同じ学校で先生をしていてね。その母親が家までネジ込んできた。それからは、ほかの先生にも嫌われるようになった。まるで汚いものでも見るようにされたんだ。  中学へ入ったら、今度は、けがをさせた子の父親が担任だったよ。「おまえはバカだ」といわれたり、ずいぶん殴られもした。中学三年のときには「おまえの(受験)願書なんか書いてやらない」とまでいわれたよ。まあ、おれのほうも勉強が嫌いだったから、高校へ行くつもりもなかったけどね。そんなことがあって、おれの性格はいじけちゃったんだと思う。
  生まれは岐阜の田舎。家は田んぼが五反(約50アール)と、畑が二反ばかりの小さな百姓をしていた。そんなものを継いでも食っていけないから、中学校を出て近くの洋家具職人に弟子入りしたんだ。親方と兄弟子が一人いるきりの小さなところさ。
  ところが、親方も親方の家族も、おれにはケンカ腰なんだ。夕方五時になると、兄弟子には帰ってもいいという許しが出るのに、おれはいつまでも帰してもらえない。仕事を早く覚えて職人になりたいのに、配達とか雑用ばかりで、仕事も教えてくれない。初めから、一人前にする気なんてなかったんじゃないかな。六年いて辞めたよ。給料も安かったしね。日給で200円。そのころは、大工や土方でも500円はもらっていたんだからさ。
■栄町で遊べたのも少しだけ

 次に、大阪に出た。家具職人のところを辞めたことは家族に内緒だったから、黙って家出したんだ。大阪に向かったのは、東に向かうと運がないような気がしてね。一旗揚げるつもりだった。
  大阪駅に着いたら、すぐに手配師に声をかけられたよ。「住み込みで、月3万円になる仕事がある」っていうんだ。大阪には何のあてもなくて不安でいっぱいだったのに、いきなりこれだろう。「やっぱり西には運がある」って思ったね。
  手配師に紹介されたのは、アルミを溶解して地金に造りかえる町工場だった。従業員は15人ほどいた。約束通りの住み込みで、給料も3万円くれたよ。その代わり、仕事は厳しかった。すごい力仕事だし、ホコリで体中が真っ白になる。それに暑い。おれはメガネをかけているんで、曇って仕事にならない。
 それで辞めたんだ。
 それから東京に移った。わざと運の向かない東に行って、挑戦してやろうと思ったんだ。 22歳のときだった。それからずっと東京で暮らしている。もう、40年近くになるね。
  東京では製パン工場で働いた。街のベーカリーとは違って、勤務も二部制で仕事は厳しくなかった。その工場には9年いて、31歳のときに辞めた。ああいうところでは、30歳をすぎても結婚しないでいると、うまくいかないんだ。陰口をいわれたり、人間関係がギクシャクしたりね。だんだん行かなくなって、辞めちゃった。
  結局、結婚はしなかった。何でかなあ?勧めてくれる人はあったんだけど、カネもなかったし、そんな勇気もなかったんだね。酒は一滴も飲まないし、ギャンブルだって遊びで競馬をちょっとしただけ。それでもカネがなかった。給料が安かったんだよね。その工場で働いていた人は、みんな金で苦労してるみたいだったよ。
 女はきらいじゃないよ。好きだよ。製パン工場で働いていたときは、よくソープランドへ遊びに行った。月に2、3回は通ってたんだ。千葉の栄町にいい子がいてね。おれは話すのが苦手なんだが、それに合わせてくれて、気安くつき合えてよかったんだ。でも、ソープで遊べたのも、その工場で働いているときまでだったね。あとはカネのない生活がずっと続いて、ソープどころじゃなかったからさ。
  その製パン工場を辞めてから、しばらくは別の製パン工場を転々としたんだ。だけど、長いところで3ヶ月くらいで、どこも長続きしなかった。
  根性がないというか、仲間に反発ばかりして、いじけてばかりだった。自分で自分をいづらくさせちゃうんだから、お話にならないよね。勝手に休んだり、わざと遅刻したり、ほかの人が困るように困るようにって動いちゃうんだ。酒が飲めないから、人づきあいも悪いしね。たまに酒に誘われると、ケンカを吹っかけて、ビールビンで殴りかかっていったりするんだもん。どうしようもないよ。こんないじけた性格になったのも、子どものころ、先生にいじめられたせいだと思うよ。

■乾パンはもらいに行かない

 製パン工場を辞めてからは、ずっと日払いの仕事をやってきた。朝早く、高田馬場に行って手配師から仕事をもらうんだ。土工が多かったけど、ビンを箱づめにする工場なんかで働いたこともある。夜は新宿か大久保のドヤ(簡易宿泊所)に泊まってね。そんな生活を20年以上も続けてきたんだ。ところが、6年くらい前、いきつけの手配師から、「もう仕事は出してやれないから、来なくていい」っていわれて、それっきりさ。
 もう地下道に寝るしかなかった。「ここに寝て、仕事を探せばいいや」って、わりと気楽だった。そこを警官に追い出されて、今じゃ毎晩適当なところに寝ているよ。
  これから寒くなるから嫌だね。冬の夜は寒くて寝てなんかいられないよ。そんなことをしたら、凍え死んじゃうからね。一晩中グルグル歩き回って、体を温めるのさ。それで昼間、公園のベンチとかで寝るんだ。夜中に街を歩き回っているだろう。そうすると、知らないうちに眠っちゃうことがあるんだよ。歩きながら眠っちゃうんだからね。それで電柱とか、郵便ポストにぶつかって目が覚めるんだ。ホントだよ。
  まあ、おれの場合は冬の夜に慣れているからいいんだけどさ。これまで地下広場で寝ていて、追い出されたような人は大変だよね。初めての冬なんてどうするんだろうね?冬の夜は寒いから大変だよ。
  食事?一日に一食くらいだね。残り物のハンバーガーをもらって食っている。新宿区役所がカップめんを配るのをやめちゃっただろう。あれ、困るよね。代わりに乾パンを配ってるけど、歯がないから食べられりゃしないよ。だから、乾パンはもらいに行かない。
  仕事があれば働く意欲はあるよ。意欲はあるけど、決めるのは向こう(雇う側)だからね。この年になると、仕事なんか回しちゃもらえないよ。
  田舎にはもう、ずっと帰ってないし、連絡もしてないけど、変わったろうね。兄弟は四人いたけど、もう誰も生きちゃいないだろう。田舎に帰ったところで、どうなるものでもなし、このまま死んで無縁墓地に行くだけさ。

■女にたたられている

 ところでさ。あんた(取材者)に頼みたいことがあるんだよ。
  何をって、変な女がいて困るんだ。最初は、おれがアパートを借りていたころに、部屋まで押しかけてきてね。どうも、おれが若いころにした強姦事件のことを知ってるらしいんだ。そんな口ぶりで、「そのたたりだ」みたいなことをいうんだ。強姦事件・・・・。うん、確かにやったけどね。その変な女が気味悪くてさ。仲間に聞いたら「それはT教のしわざで、宗教グループがやってることだ」っていうけど、ホントにそうなのかね?
  おれがホームレスになってからも、夜になると時々やってくるんだ。寝る場所を変えても、必ず見つけられちゃう。オカルトみたいに、心を読まれているようでこわいよ。グループでやってくることもある。グループで来るときは、必ずメンバーが違うんだ。
 困るのは、おれの荷物を持っていっちゃうことだ。もう3回もやられた。仕事に行けなくなっちゃうんだよ。仕事に行かせないための、嫌がらせなのかね?警察に訴えたいんだけど、どうも警察もグルになってるらしいんだ。
 ほら、この道路の向かいに信号機があるだろう。あそこに立って、おれのことをじっと見ていることもある。そのときは犬を連れているよ。この間、おれが寝ていると、段ボールの中に猫が入ってきた。真っ白い猫。びっくりしたね。飛び起きて、走って逃げたよ。いくらなんだって、猫に化けることはないよね。気味が悪すぎるよ。
 あんたに頼みたいことは、だからね、あんたのような(取材の)仕事をしていれば、調べたら女のことはすぐにわかるんだろう?その女にいってほしいんだ。もう、おれにつきまとうなってね。気味悪いし、ホントに困っているんだからさ。頼むよ。 (■了)

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