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元信者が語るオウム的社会論 第8回/飽食の時代の不幸

■月刊『記録』98年6月号掲載記事

 現在もオウムの現役信者が糧にしている食料を極秘入手しました。「お供物」と呼ばれているものです。巷間でいわれる「オウム食」なる野菜汁は、実はもう彼らに食されていません。平成4年頃に、「オウム食」から「お供物」に変更になり、今もそのままのようです。
 この「お供物」の内容には、プロテイン入りの饅頭、拳大のパン、カロリーメイトの真似をした「アストラルメイト」などがあります。これらは「ダーキニー」と呼ばれる、教団における巫女的な若い女性信者によって作られ、そして祭壇に供えられたあと、信者に分けられていました。
 さて、「アストラルメイト」を一個手に入れた僕は、3年ぶりに口に放り込んでみました。少々懐かしさを感じながら…。
 ところが、そのあまりの不味さに愕然としてしまいました。形状も味もほとんど変わっていないのに、なぜこんなに不味く感じるのだろうか? 以前はお供物が支給される時間が楽しみで、もう貪るように食べていたというのに。
<『供物』が変わったのではない。自分の味覚が変わったのだ>
 そう気付きました。
 
 オウム在籍時、僕は自ら志願して、独房修業に半年間ほど入ったことがあります。自己鍛練のためです。自分を一度極限状況まで追い込んでみようと思ったのでした。窓もないたった一畳の部屋に閉じ込められ、足を伸ばして寝ることもできない場所にオマルだけがおかれ、日に一度与えられる「お供物」をぼんやりと待つ、そんな生活でした。「お供物」の量は、饅頭・パン・アストラルメイトを三つずつ、それからバナナ一本、みかん一個だけで、見る見るうちに体重が減り、半年後に独房を出た直後に計ってみたら四九キロまで減っていました。身長が一八〇センチといえば、いかに痩せ細ったか想像つくでしょう。
 ただ、そのときのおいしさといったら、今でも忘れられません。
 その後、しばらくして脱会。長年に渡って抑圧されてきた食欲が爆発し、食べて食べて食べまくりました。よく憶えているのは、チャーハンを一升(約二・五キロ)食べて、歩けなくなって刑事さんに家まで送ってもらったことです。それまで毎日同じものばかりでしたから、食べるものそのものが目新しく感じ、何を食べてもおいしかったですね。脱会して三カ月後には一〇キロ体重が増えていましたから。
 ところが、一年もすると「食べること」に喜びを見出せなくなってきました。味覚が贅沢になったのでしょうか。逆にいくら食べてもむなしさしか残らなくなりました。
 そして、三年後の今日、もう「お供物」なんてものは僕には食べられません。しかし、この美味でない「お供物」を今でもありがたがって食べている現役信者を想像すると複雑な気持ちになってしまいます。いったいどちらが幸せなのかと?
 これから大不況と同時に、間違いなく食料危機がこの日本を襲うでしょうが、みなさんは何か準備していますか? そのときになって苦しんだり、パニックに陥ったりしないよう、今のうちに粗食に慣れておいたほうがいいかもしれませんね。(■つづく)

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