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お年寄りの自立とは何だろう? 特別養護老人ホームルポ

■月刊『記録』94年11月号掲載記事

■入園者全員の健康状態を記憶

  骨に皮が張り付いただけの脚が、浴室をめざす。脱衣所からわずかに4~5mの距離が遠く感じた。車椅子から降りたお年寄りの手をとり、歩行を介助するのが、春光園での最初の仕事だった。1979年10月に開園、山梨県甲府市の郊外にある。入園者50人(94年9月現在)の平均寿命が81.1歳の特別養護老人ホーム(特養)だ。
  私がお年寄りを介助して初めて感じたことは、恐怖だった。車椅子からの乗り降り、歩行、着替えなどは、けがをするきっかけとしては十分で、自分の失敗でその日から寝たきりにさせてしまうかもしれない。とまどう私に、「Mさんは、浴室に近い方の椅子で着替えを」「Bさんは低い椅子で体を洗うのよ」と指示を飛ばしながら、寮母長の三浦早苗さんは、3種類もの下着を入園者に合わせてはかせてゆく。万一のことがないように、彼女の頭には、全ての入園者の体の状態が記憶されていた。

■2時間で30人が入浴

  週2回の入浴は、寝たきりの人と、車椅子で移動可能な人に分けて行われる。私が介助したのは後者で、普通浴と呼ばれていた。
  普通浴で介助する寮母は3人。2人は浴室に入り、1人は脱衣所での介助となる。脱衣所では、車椅子からの乗り降り、衣類の着脱、脱衣所から浴室までの歩行を助け、浴室から出てきた老人の髪をドライヤーで乾かす。浴室では、体を洗うことのできない人を介助し、浴槽の出入りを助ける。1時間半から2時間ほどの間に、30人近くが入浴していく。「いつも3人でやっているから大変よ」という三浦さんの言葉通り、脱衣所も浴室もごった返して、戦場のようである。しかも入浴者が多いからといって、1人たりともおろそかにはできない。
  16時10分、静かだった園内がにわかに忙しくなりはじめた。16時45分からの夕食が近いからだ。車椅子に乗れる人を1階の食堂に案内する。食堂まで行く体力がなくても、20~30分は座っていられる人は、車椅子に座って食事をとる。体力のある人から順に座り、体力のない人の座る時間が短くなるように調整する。
  電動ベッドのスイッチを入れて、背を起こして食べてもらう方が、車椅子へ移動するよりも寮母は楽なのだが、それでは離床を促すことができない。「入園者ができるところまでは、少し冷たいようだけれども自分でしてもらう。おむつではなく、なるべくご自分でトイレにも通ってもらうよう誘導する。歯磨きも、1日3回が大変だったら1回でもいいから、自分でできるようにする。
  お年寄りは、手足が不自由になると依頼心が強くなってしまうので、本当に具合悪いのかどうかを見分けて介助しなければいけない。見分ける方法はただ1つ。お互いのコミュニケーションね」と、寮母の名取美枝子さんは教えてくれた。
  入園者には原則として離床を勧めている。しかし、入園中の16人の寝たきり老人のうち、3人が全く無反応で、植物状態に近く、後の13人も、心疾患などの内臓疾患などのために、車椅子で動き回ることはもちろんのこと、座る時間も制限せざるを得ない状態である。「看護婦さんとも相談の上、個々人の健康状態に合わせて離床を勧めるのが一番重要」。春光園の指導員、中嶋真紀子さんの言葉だ。

■「慣れ」がこわい

  春光園では、入園に際してお年寄りや家族と面接を重ねながら、入園後の処遇を検討するための5人会(園長、指導員、寮母長、看護婦、栄養士で構成)という組織を作る。入園後は1人につき年2回、処遇会議が開かれ、大まかな介護の方向性が決まる。日々の入園者の変化には、1部屋(入園者4人)に1人の寮母がリーダーとして対応していく。きめ細かい処置とそれなりの技術が、お年寄りの自立を可能にするのだ。
「お年寄りとの関係は『慣れ』がこわい。介護が続けば親子同然の雰囲気になりますが、あまり親密になり過ぎると、本来ごく身近にか見せないわがままを通そうとします。また、特に痴呆性老人の方に対しては、年長者への尊敬の念を失い、逆に子供みたいに扱ってしまうことがあります。大変な失礼にあたるので、気をつけるようにしています」と寮母の丸山美佐子さんは、親切心だけでは務まらない介助の難しさを説明する。お年寄りとの間に信頼関係が全くないのは論外だが、近過ぎるのも入園者の自立を阻害する。
  夕食の時間、私はCさんという女性の食事介助をした。1階まで降りていく体力のないCさんが、ベッドの横で車椅子に座り、食事をするが、彼女はそれを嫌がる。どんなメニューも顔をしかめ、小さな声で「まずい」とつぶやく。嫌がる様子はまるで子どものようだ。それでも何とか口を開けてもらい、細かくカットされた料理をスプーンで押しこまなければいけない。スプーンを口にいれたとたん首を振り、飲み込めなかった汁ものが、口もとから首筋に流れ落ちる。食べてもらわなければ体力が落ちてしまうという理屈は承知していても、私は辛かった。「生きるために食べる」という疑いもしなかった欲求が彼女にはないのだろうか。

■仮眠室に入っても眠れない

  翌朝、私は夜勤の人の仕事を拝見させてもらうために、6時半に来園してみた。徹夜のため、少し眠たげな眼をした寮母の鈴木公子さんと丸山さんが、私を迎えてくれた。
  春光園には徘徊をするお年寄りが、4~5人いる。しかも、だいたい夜に始まるそうだ。準夜勤が16時~24時、夜勤が0時~9時半で、両者はセットになっており、1人2時間の仮眠時間も含めて、18時~7時半までの13時間半を2人で切り盛りしなければならない。部屋は1時間ごとに見回らなければならず、おむつ交換もしなければならない。夜勤は、月4~5回まわってくる。「1人が仮眠室に入ると、トイレに行くのも心配ですよ。その間に何が起こるか分かりませんから。昼間は容態の安定していた人が、急変することもあるし、妄想が見えてしまう人に話を合わせて、精神を安定させなければならないこともあります。そんなことが分かっているだけに、自分が仮眠室に入っても眠れません」と鈴木さんはいう。
  7時45分。私は再びCさんの横に座った。私の顔を覚えてくれたのか、あいさつに微笑みを返してくれたのだが、いざ食事が始まると昨日の夕食以上の苦労が待っていた。朝食の味噌汁が嫌いらしく、どうしても飲んでくれない。口に入れた汁もほとんど口からこぼれてしまう。水分を取ることが嫌いなCさんは、常に便秘ぎみだ。食事の時ぐらい水分を取らなければ、本当にお通じがなくなってしまう。結局、寮母に助けを求めて、どうにか終えた。Cさんのイヤイヤをした顔が、妙に頭から離れなかった。

■自立促す他人の目

  春光園にはアシスト制度という独自のシステムがある。特養で一般的に行われているデイサービスとの違いは、施設が送迎せず、家族がお年寄りを朝、ホームに送り届け、夕方に迎えに来るという点だ。「家族と離れることにより、お年寄りは家族を愛おしく思い、家族も昼間できない分、夜は一生懸命にお世話しようという気持ちになります。お年寄りに感情のウェーブが起こることが、大切なのです」と石原忠造園長は趣旨を説明する一方で、一時預かりだけに、自立に向けた介護体制が100%そろわないという不安も口にする。
  お年寄りが1~2週間ほど滞在する「ショートステイ」も同じだ。「生活動作についても、細かなことが分からないし、身体についても入園してる人ほどは知らないから、安全に、快適に過ごしてもらうのが第一となっています」とは指導員の中嶋さんの声だ。
  2010年には、約100万人に達する寝たきり老人(1993年度厚生白書)への長期ビジョンである政府発表のゴールドプランは、在宅福祉を念頭に置いている。石原園長は、「基本的には賛成ですが、在宅福祉は難しい。成功のカギは、人材の確保と、介護支援センターがきちんと機能するのかという点でしょうね」という。お年寄りの自立は、家族だけではなしえないというのが取材の実感だ。親族ゆえの情が、マイナスにはたらく場合もあった。他人の冷静な眼があるからこそ、進む自立もある。

■長生きしたくない

  11時43分、私は最後の仕事のために、Cさんの横にいた。全く吸い物を飲んでくれない。首をぬらす汁が飲み込む量を上回る。看護婦の小林浜子さんが、無理やりに口を開けさせ、スプーンを口にいれてくれた。便秘で苦しんでいるCさんの症状を一番よく分かっている小林さんだからこそ、飲んでもらわねばならない。
  老人問題を美化してはならない。私の感想である。春光園はすばらしい老人ホームであった。寮母はいつも笑顔を絶やさず、忙しい仕事の合間にも、誰かがお年寄りに声をかけている。少しずつ身の周りのことができるようになった人も多い。石原園長は経済環境を整えるために労力を惜しまず、信念を持って福祉にあたっていた。だが、次のある職員の感想は、問題の深刻さを図らずも示していないか。「ここで働いて、あまり長生きはしたくないと考えるようになりました。ボケてしまうならむしろいいんですよ。きちんと、介護できることはわかりましたし。むしろ介護してもらって生きるという寂しさが、常にあると思うし、ボケていなければ、判断できるだけにつらい」。
  こんな入園者の声もある。「園に入る時は、イヤでしたよ。でも、入ってよかった。自分の家だと車イスで玄関に入ることもできない。寮母さんは、いやいや仕事をする人がひとりもいない。我々が子どもの時、おしめを替えてくれた親と同じだ。ありがたいことだね。でも人間はこうやって死んでゆくんだね。悲しいもんだね」。 (大畑太郎)

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