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鎌田慧の現代を斬る/憲法をコケにするパラノイア首相

■月刊「記録」2002年6月号掲載記事(表記は掲載当時のままです)

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 5月9日にテレビ放送された、中国瀋陽の日本総領事館門前での光景は衝撃的だった。領事館(日本の領土)突入に失敗した家族3人に、中国の武装警官がタックルする生々しいシーンは、あまりに残酷であった。恐怖にひきつった子どもの表情が、脳裏から離れない。
 ところが家族の生死をわかつ瞬間に居合わせた領事館の日本人職員は、そのような光景など目に入らないかのようだ。警官の帽子を拾い、埃を払って渡していた。まるで我関せず焉――「俺はまったく関係ないよ」――といいたげな仕草は、難民や警官などのやっかい事を門の外にだした気分のあらわれだろう。
 そののち領事館に逃げ込んだ夫とその弟の2人は、館内まで進入した中国警官に拉致・収容された。日本領土内の中枢である館内に他国の警官が入るなど、国際法上許されない。もちろん主権を無視した行為である。
 しかし事件直前、阿南惟茂・駐中国大使が亡命希望者の入館防止を指示していたことが、14日あきらかになっている。さらに『毎日新聞』(5月16日)の報道によれば、「館内に入った人間は『追い出せ』『日本は亡命を受け入れていない』と(大使が)語った」という。
 それなら、館内からでてきた職員が、平然と帽子を拾って手渡した冷酷さもわかる。阿鼻叫喚の現場にいても見て見ぬフリをし、日本の領土に入ってきた窮鳥を救おうなどと考えもしない無感動人間なのもうなずける。すでに「亡命者」は追いだす方針が固まっていたのだ。だから、中国官憲が領事館に入り込み、北朝鮮(北朝鮮民主主義人民共和国)人の亡命希望者を連れ去ったのだ。なんと無責任で非人道的な対応か。国際的に流されたこの映像で、日本政府は人権にたいしてまったく無頓着だ、というハレンチぶりを明らかにした。

■日本政府はシッポを振るチン

 北朝鮮人民にたいしては取っ払うような対応を見せる日本政府も、一転、アメリカ政府にたいしてはシッポを振りつづけるチンのようだ。米国のアフガン攻撃に追随してブレア英首相は、自分はブッシュのプードルではない、と弁明したそうだが、小泉首相は、おれはチンでもスピッツでもない、ともいわない。
  『朝日新聞』5月6日にすっぱ抜かれたのは、4月にアメリカから要請されたイージス艦とP3C哨戒機のインド洋派遣の裏側である。この記事によれば、防衛庁海上幕僚幹部(海幕)が、在日米海軍チャプリン司令官を横須賀基地に訪問し、派遣を米側から要請するよう働きかけたという。これはシビリアンコントロール(文民統制)を無視した制服組の暴走である。政府に関係なく海幕幹部が勝手に自衛隊の派遣をアメリカに要求するなど、「売国奴」であり、処分ものだ。
 これまで海上自衛隊は、米国海軍と密接な合同演習をおこない、米海軍の弟分として動いてきた。だからアメリカ防衛産業から1100億円もの高値で買ったイージス艦をアメリカに貸してやる、そんな“意欲的な提案”をしたのである。そもそも自分の虎の子を他国の軍隊に差しだすなど、奴隷根性もはなはだだしい。
 この海幕幹部が米海軍司令官に渡した文面について、記者は次のように書いている。
  「内容は、インド洋に至る空母機動部隊進出時の護衛や、情報の収集及び提供など。空母護衛艦隊の中核がイージス艦であり、情報収集の有力手段がP3C哨戒機という触れ込みだった。
 文章は護衛の法的根拠を列挙したが、『共同訓練』名目で出動し、攻撃を受けたら自衛隊法の『武器防衛のための武器使用』や『治安出動』条項を使って反撃するという強引な拡大解釈ぶり。憲法が禁じる集団的自衛権行使への抵触など、どこ吹く風だった」
 また「攻撃機も潜水艦も保有しないテロリスト相手に、(イージス艦やP3C哨戒機が)何をするのか」とも指摘していたが、まさにその通りである。これから米軍が行うイラク攻撃の前にとにかく派遣しておきたいという制服組の野望と米軍への奴隷意識が、政府を飛び越えての直訴となったのである。
 いま問題となっている有事法制は、冷戦時代に研究されたものである。仮想敵国の侵入に対処する代物だ。20数年前、日本のマスコミが喧伝していたのはソ連軍の北海道上陸というシミュレーションであった。防衛庁の朝霞駐屯基地で、私も図上作戦計画を見たことがある。あんな時代がかった作戦が、今回の有事関連三法案に生き残っている。だからこそ物資運搬や死体の処理など、国内が戦場になることを想定している。ひるがえって考えてみれば、一体どこの国が戦車を北海道に上陸させ、北から南に侵攻するというのか。
 このような過去の妄想を、小泉ウルトラ首相は強引にひっぱりだした。この愚劣を許した背景には、『読売新聞』などを中心とした右派ジャーナリズムの憲法攻撃がある。いかにも日本国憲法が古いものであるように喧伝し、世論は誘導され、軍国化が進んでいる。
 さらにさかのぼれば、日米安保の下、経済成長で金余り大国となった日本の「思いやり予算」に行き着く。米軍の予算を援助することで、いい気になった日本国政府は、湾岸戦争に130億ドルも支払ったあと、米軍の戦争に協力する法案をつづけざまに成立させた。なかでも日米ガイドラインに基づく「周辺事態法」は、日本の軍国化への針を一気に進めた。
 いま予測される周辺事態は、朝鮮半島有事と台湾有事である。それによって米軍が武力攻撃を開始した場合、日本は周辺事態法に基づいてアメリカの後方支援をすることになっている。このとき「武力攻撃の意図が推測され、武力攻撃が発生する可能性が高いと客観的に判断される状態」(中谷元防衛庁長官)となれば「武力攻撃事態」であり、国内では国民の私権が制限される軍事体制となる。しかも「(相手に)武力攻撃の着手があった時」に、自衛隊は反撃(武力行使)できると福田康夫官房長官が発言している。
 まだ攻撃などしていない仮想敵国を、米軍とともに叩くなど、集団自衛権の乱用であり、無憲法状態である。しかし小泉首相が「事態の進展によっては両者(周辺事態法と有事法制)が併存することはあり得る」と断言した以上、平和憲法のもとで、米国の戦争に巻き込まれる可能性は高い。
 しかも、この「武力攻撃事態」の定義があやしい。小泉首相は、「事態の判断は、国際情勢、相手国の意図、軍事的行動などを総合的に勘案してなされる」などと、禅問答のような説明をしている。中谷防衛長官にいたっては、「武力攻撃事態は、規模や対応の面で特に限定することなく、あらゆる事態を含む。該当するかどうかは、時々の国際情勢や具体的な状況をふまえて判断すべきだが、武力攻撃事態に該当する場合もありうると考える」(『朝日新聞』5月8日)と発言した。
 つまり、とにかく、怪しければ「武力攻撃事態」なのである。
 5月12日の『朝日新聞』によれば、政府がまとめた武力攻撃認定の基準では、「『武力攻撃のおそれのある事態』と、その前段階の『武力攻撃の予測される事態』について、それぞれ日本を攻撃する可能性がある国の軍事的な準備行動を例示し、相手が多数の艦船を集結させた場合に自衛隊が防衛出動できる」という。偵察衛星などで仮想敵国の港に艦船が集結したのを発見した場合、その相手政府に電話をして「日本を襲うのですか」と聞くつもりだろうか。どうやって日本への攻撃と判断するのか。「専守防衛」から、先手必勝へ進むつもりなのか。戦争は「防衛」から「攻撃」への転換としておこされる。
 このような曖昧な基準で国内は「戦時体制」となり、首相は自治体に命令や代執行をおこなえる異常事態が出現する。こんな物騒な法律を強引に今国会で通過させようとしているのは、こんご予想されるイラクなど“ならず者国家”への米軍の「正義の戦争」に備えて、日本の協力体制を整えるよう、差し迫った要求がアメリカからだされたからであろう。実体のない冷戦時代のプランをムリヤリ法案化した理由は、それ以外にはない。米軍の戦争を支援する体制を、早急につくろうとしているのだ。結局、有事法制も、「テロ支援国家」への侵攻や朝鮮半島有事、あるいは台湾有事のとき、いかに米軍に協力するかという奴隷根性に根ざした法律でしかない。

■言論界に「トロイの木馬」

 進む戦時体制をバックアップするのが、言論を規制する言論規制三法である。5月12日には、『読売新聞』が個人情報保護法案と人権擁護法案の修正試案を提示した。小泉首相はこれに飛びつき、「この試案を参考にし、今国会で(両法案の)修正を検討してほしい」(『読売新聞』5月14日)、と語ったという。
 法案にたいして国会論議がはじまっていないうちに、首相が修正を指示するのも妙だが、その修正案を考えたのが新聞社だとは笑わせる。これこそ政府と新聞のデキレースである。マスコミ各社がやっと足並みを揃え、断崖絶壁に追い込まれた首相に、マスコミが新聞紙でパラシュートを作ってやったようなものである。つまり『読売新聞』は言論界に入り込んだトロイの木馬であり、さらにこのような言論の規制そのものが、戦時体制にむかうトロイの木馬だともいえる。もっと俗にいえば、読売は、政府の「御用新聞」になりきったわけだ。この「御用新聞」の社長が、日本新聞協会の会長である事実が、日本のマスコミの悲劇的様相をあらわしている。政府と一体化した新聞は、戦争中の大本営発表を思い起こさせる。この読売試案にたいし真っ向から批判した『毎日新聞』5月15日の記事は、賞賛に値する。
 そもそも個人情報保護法案の背景には、改正住民基本台帳法があった。国民全員に11ケタの番号をつけ、自治体のコンピュータをつないで番号や名前、住所といった情報を政府が一元的に管理する。こうした危険な法律の下で行政をコントロールするのが、情報保護法案の本来の役割だった。ところが政府は、法律の趣旨をねじ曲げて、マスコミ規制に使おうとしている。

■福祉切り捨て、税率アップ

 小泉内閣は、軍事大国化にむけた個人の抑圧と管理に執心している。さらに国民を徹底的に締め上げるため、健康保険法の改正と個人住民税の引き上げ、その見返りとしての「企業減税」まで実施しようとしている。
 健保法が改正されれば、医療費の自己負担は3割増しになる。法改正にともなう国民負担増について、70歳未満の人で年平均4000円。70歳以上の人は年平均で8000円になると、政府は発表した。しかし、この試算はあくまで「平均」である。実際の病人が、どれだけ膨大な金額を背負いこむことになるか。これまでも介護保険の導入により、病院から追いだされる老人が続出している。福祉切り捨て、軍事の強化という古い路線に、小泉パラノイア首相ははまりこんでいる。
 そのうえ増税である。6月にまとめる政府税調の基本方針に年数千円の個人住民税引き上げを盛り込もうとしている。消費税アップなどが噂も絶えないのにである。
 このような悪政は、ついに40パーセント以上の不支持率にまでなった。とにかく、小泉をつぶそう。もう一歩だ。まだまだ、『読売新聞』のような、庶民を裏切るような新聞が最高部数を占め、悪政をほしいままにしている自民党が、公明・保守ともに盛況であるのだが……。
 この事態を変えなければ、市民は安心して眠れない。小泉政権とは、米軍の支援のために人民を犠牲にする政権であり、売国奴チン政権といっても過言ではない。「仮想敵国」から派遣されるという「仮想テロ」を道具に使い、有事法制で国内体制の支配を強化する陰謀。報道規制によって、権力者の情報を遮断し、人民の情報を管理する謀略。いよいよ、支配強化それにたいする反撃の局面となってきた。(■談)

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