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だいじょうぶよ・神山眞/第4回 濃密な二人の時間

■月刊「記録」1999年11月号掲載記事

*        *        *

 正利を殴ることに成功し、保母達全員に認められた僕は、施設の職員として温かく迎えられた。
 しかしホッと胸をなで降ろしたのもつかの間、この事件をきっかけに、待ってました! とばかりにぼくの指導方法には抜本的なメスが入れられることになった。それらは大きく分けると以下の二つに分類される。

■子どものために休日は使うべし

 一つ、子ども達とは友達のような関係になるべからず。
 私達ははじめに教育者である。教育者は子ども達に、大人と子どもの立場の違いをはっきりと教えなければならない。なぜならば、昨今の子どもは大人を大人と思っていない傾向にあるからである。自分の親を名前で呼び捨てにし、学校の先生をあだ名で呼ぶ。そんな家庭や学校に秩序は成り立たず、やがて荒廃する。
 それは施設においても同様。あだ名で呼ばせる施設、お姉さん、お兄さんと呼ばせる施設。これらは確かに存在するが、当施設においては「先生」という呼び名で統一する。
 かくいうぼくは子ども達に「マッチョ」というあだ名で呼ばれていた。スポーツクラブに勤めていたことのあるぼくの体は、子ども達の目からは、かなりの筋肉質に見えたらしく、入園当初から、そんなあだ名がつけられていたのである。
  「マッチョ、マッチョ」とぼくの周りには常に子どもが群がり、(なんだか金八先生のエンディングみたいだなぁ)などと一人で悦に入っていたが、その幻想もここに終焉を告げた。

 二つ、休日のうちの何日かは子どものために割くべし。
 理由はいっぱいあったがすっかり忘れた。とにかく子どもに「ぼくには先生がついている」という意識を植えつけさせるのが目的だ。休日に集団を離れ、担当の先生と映画に行く、食事に行く、特別なことをして特定の人と過ごす。子どもとの信頼関係はこれにつきる…らしい……。
 当初、ぼくには休みを子どもと過ごすことが、しんどくてしょうがなかった。しかし保母達ときたら本当によくやるのである。自分の部屋に泊める者、ディズニーランドに行く者、はたまた旅行に行く者。毎週末になると誰かしらが子どもとそのようなことをしていた。
  「今月は子ども達のために二万円も自腹切っちゃったわよ」
  「私もです。学園から少しでもお金が出ると楽なんですけどねぇ」
 そんな会話を聞くと、すごいなぁという畏敬の念と同時に、何を張り合っているんだろうとばかばかしく思う気持ちがぼくのなかでごちゃまぜになった。しかし、郷に入れば郷に従えである。ぼくの子ども達と過ごす時間も雪だるま式に増えていった。特に正利との時間は、「濃密」という表現でしか表せないほど濃密なものとなっていった。

■交換日記が心を開かせ…

 ぼくは良江先生の勧めで、正利と交換日記を始めていた。あいつは学校であった嫌なことをほとんど口にしないし、昔のことも全く話さない。そこで交換日記でもやれば、あいつの悩みを聞き出せるのではないかと期待したのだ。しかし、一週間が過ぎても一ヶ月が経っても、内容はほとんどドラゴンボールの絵が描きなぐられているだけだった。
  (どうして…なぜなんだ……)隅から隅までドラゴンボールの絵が描かれているノートを前にぼくはつぶやいた。しかもお世辞にもうまいとはいえない。どうみてもこれは小学校低学年生の絵である。
 結局、これでは悩みなどわかるはずもなく、わかったのはあいつの知的レベルぐらいなものだった。
 最初はまじめに正利への語りかけなどを書いみていたものの、ぼくもだんだん面倒臭くなって、途中からまともに書くことは諦めた。どうせあいつも毎日ほとんど同じ絵なんだからと、ついにはぼくもほとんど同じ文にした。「もえろ正利! もえてくれ正利! もえて、ねんしょうして、ばくはつするんだ正利!! あーっ!!」といった具合にでっかい字でノートの端から端に毎日記したのである。
 するとどうしたものか、あいつはそれを大変おもしろがってくれた。
  「せんせ、せんせはもえることすきなの? おれもすきだよ」と、あいつは急速にぼくにうち解けてきたのだ。しめた! という思いとゲッという気持ちが同時にぼくの胸に去来した。夏休みも間近にせまった七月頃のことであった。それでもまだぼくは、臭くて汚くて反応の鈍いあいつのことが、あまり好きにはなれなかった。

■好いてくれるとわかっちゃいるが

「先生、正利がきてるよ」
 まただ。進路について相談にのっていた高校生に促され後ろを振り向くと、あいつが口を半開きにし、焦点の定まらない目でぼくをじーっとみている。
「おー、どうした正利」
「なんでもない」
「なんでもないならそこにつったってんなよ。薄気味悪いだろ」
 うち解けたとはいえ、こうまで行くところ行くところについて来られると仕事にならない。正利以外にも、ぼくの担当する子どもは三人いるのである。
 少し前に高校の水泳部を辞めていた正利は、時間をもてあますことが多くなっていた。同学年の中学生からは相手にされず、小学生のチビ達と遊ぶにもさすがに限度がある。あいつにはあいつの事情があってぼくを追いかけ回しているのもわからなくもない。
 そこでぼくは二つの提案をした。一つはぼくの学園における雑用を手伝ってもらうこと。もう一つは夏休みに入ったら、学園の水泳部に入ることだった。
 学園での仕事にはさまざまなものがあるが、その一つに洗濯があった。中学生以上は、自分ものは自分で洗濯する決まりなのだが、小学生の洗濯は指導員と保母が手分けしてやっていた。育ち盛りの子ども達の衣服は泥だらけで、しかもその量は半端ではない。ぼくはこの、単純作業のワリには時間のかかる洗濯を正利に手伝ってもらうことにした。すると思った以上に学園におけるぼくの自由時間は急増し、その分をさらに正利に費やすことになった。
 釣り、ボーリング、カラオケなど、たくさんの遊びをしたが、あいつがなかでも一番喜んだのは、ぼくのアパートへ泊まりに来ることだった。そして、泊まりに来るたびにあいつは一晩中テレビゲームをやっていた。
 夜中目を開けると、独り言をブツブツ言いながらゲームに興じる背中が揺れている。それを見るのはあまり気持ちのいいものではなかったが、仕方のないことだった。なにせ学園の小遣いは1ヵ月2500円。ゲームセンターにでも行けばすぐに消えてしまう。おまけに学園にあるファミコンを使ったゲームは、日曜日の午後しかできない規則があった。お金を盗んでまでゲームをしたいというあいつの欲望は、収まりがつくはずなかったのである。
 ぼくの手伝いをする=アパートへ遊びに来られる=ゲームができる、と、あいつの頭の中では直結したらしく、しばらくは随分と手伝いに精を出してくれた。
 「せんせ、せんせ、なにかてつだうことある」
  「あー、そこの洗濯物干しておいて」ことのほかつっけんどんにあいつに指示すると、あいつは手足をバタバタさせて「オッケー」と言い洗濯物を干した。次々に面倒くさそうな雑用を頼むと、あいつはめずらしく満足そうに「せんせもたいへんだね。おれ、せんせのきもちわかるよ」と言うのだった。
 手伝ってくれるのはありがたいし、あいつが好いてくれているのもわかってはいた。だが、それでもまだぼくはあいつのことが好きになれなかった。近づけば近づくほどイライラしてしまう自分の感情をコントロールするのが難しい。ぼくの正利に対する感情は、完全に真っ二つに二分されてしまっていた。 (■つづく)

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