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ホコ天廃止の理由 (対談)岡並木×マッド・アマノ

ホコ天廃止の愚劣な理由
■月刊『記録』99年1月号掲載記事

 日本中の歩行者天国が、天国に行こうとしている。昨年六月、表参道の歩行者天国が試験廃止になるに伴い、代々木公園脇の23号線エリアも完全廃止になった。主な理由は騒音と交通渋滞。車社会から人間尊重への脱皮をめざす社会の風潮に逆行する謎深い措置だ。人々の憩いの場の命運を賭けて、マッド氏が、歩行者天国のあり方を、都市計画評論家の岡並木氏に聞く。

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「ホコ天より歩行者街路を作るべき」=語り手:岡 並木(都市計画評論家)
「………………………………………」=聞き手:マッド・アマノ(パロディスト)

■岡並木(おか・なみき)……都市計画評論家。1926年東京生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。編集委員などを務め、退社後は、西武百貨店顧問。のち静岡県立大学国際関係学部教授を経て、●年まで武蔵野女子大学文学部教授。主な著書に『自動車は永遠の乗り物か』『都市と交通』『舗道と下水道の文化』など多数。

■マッド・アマノ……パロディスト。1939年東京生まれ。日立家電販売宣伝部退職後、独立。16年間のパロディ裁判係争後、和解調停。78年第24回文藝春秋漫画賞を受賞。同年より89年まで米国に移住。『FOCUS』へのパロディ連載、『天下り新聞』発行、『パロディ主義』(BNN)など著作物多数。

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★マッド:岡さんは、二八年も前に、歩行者天国のあり方について、ご自身の著書で述べられていますね。一日だけ歩行者に道路を解放するのではなく、歩行者専用道である「歩行者街路」を作るべきだと。私も同感です。しかし現在、周囲を見渡しても、なかなかこの概念は広がっていないように思いますが。

★岡:「歩行者街路」は、一九六〇年代の中頃にヨーロッパで定着した概念です。街が自動車で一杯になり、お客さんが気ままに歩き回れなくなった。つまり、歩きながら自分で店をチョイスする楽しみがなくなって、昔からの繁華街がさびれはじめたのです。この状況に危機感を抱いたあちこちの街が、歩行者街路を作りました。
 例えば、デンマークのコペンハーゲンでは、六〇年代の初期から歩行者街路に取り組んでいます。当時の商店街は、お客が車で来られなくなることを危惧し、この案に強く反対したそうですが、市が強く推し進めたんですね。
 しかし、いざ導入されてみると、商店の売上げは軒並みアップしたようです。街のなかを人が自由に歩ける。実は、それこそが街のエネルギーとなったのです。
 その後、本格的に歩行者道路が作られたのは、七二年にドイツのミュンヘンでした。ミュンヘン市内では、最盛期には一日に一〇万人以上出向いていた客が、七万人まで減ってしまったんですね。そこで市議会が、このままでは商店街が危ないと判断を下し、半強制的に工事を始めたのです。もちろん、これも完成したら、たちまち一五万人ぐらいに増えてしまった。今では一日に、四〇万人ほどが訪れていると聞きます。
 結局、「歩行者街路」で生まれたものは、都市のなかのオアシスだったのです。商店街が変わったのではなく、市民が気に入って集えるオアシスが、都心のなかに生まれた。それが大きかったんですよ。

■日本のホコ天はいまイチ

★マッド:原宿の歩行者天国では、バンドの騒音が問題になったと聞いています。欧州の各都市では、そうした問題は起きなかったのでしょうか?

★岡:確かにミュンヘンでは、世界中の大道芸人やミュージシャンが歩行者街路を訪れるようになり、彼らの音楽に対して周囲のオフィスからは苦情が出ました。
 そこでミュンヘン市では、許可制を導入しています。どこでも自由に演奏やショーができるわけではなく、時間や場所を市が決めるといった規制を行いました。
 都市のオアシスは、若者だけのものではないですからね。成熟した社会に作られた歩行者街路には、いろいろな人が集まり、そこへ行けば誰でもホッとでき、楽しむことができる、そういう空間なのです。ですから、多くの市民がうるさいと思うものは、コントロールする必要があるでしょう。

★マッド:原宿などは、若者の街とよく言われますが、確かによく見ると、高齢者もたくさん歩いています。やはり人というのは、人が集まる場所に行きたいという欲求がありますからね。人を引きつける街は、老若男女関係なく人を集めるのでしょうね。

★岡:ええ、そして人を引き寄せる街という観点で考えると、やはり日本の歩行者天国はいまイチなんですよ。自動車用の標識や信号や歩道が残っている場所では、本当の「解放区」にはなれないと思うんです。
 もちろん海外にも、歩行者天国はあります。しかし、それはあくまで、本格的な歩行者街路を作るためのテストケースであって、歩行者街路の設置を前提に検討しているだけ。いわば、歩行者天国は、歩行者街路の「仮の姿」なのです。しかし日本では「仮の姿」のまま、今日に至ってしまったわけですね。

★マッド:では、原宿のメインである表参道と明治通りが交わる交差点から青山通りまでを、歩行者街路にできると思いますか?

★岡:歩行者と公共交通機関のみの専用道路、トランジット・モールなどと呼ばれますが、それならできると思います。道の真ん中に公共交通機関だけを通すなどです。
 しかし、表参道を本格的な歩行者街路にするには、ちょっと幅が広すぎますよ。テーブルを置いてベンチを出しても、あの幅では落ち着かない。人が拡散してしまうんです。もう少し落ち着いて街そのものを楽しむためには、道の構造そのものを変えなければならないでしょうね。
 米国のミネアポリスには、六七年にトランジット・モールができあがりました。表参道ほど広い道幅はなかったのですが、バスとタクシーだけは入れるようにしています。公共交通機関が六~七メートル。歩道が一六~七メートルほどになります。
 しかも、その車道と歩道の幅が変化し、歩くにつれて風景が変わるように設計してあります。すると風景の変化に気を取られ、歩行者もなんとなく歩いてしまうわけです。こういった工夫も必要になるでしょう。

★マッド:そうですね。日本では歩行者天国にさえ、十分な歴史もソフトウェアもありませんから、工夫の仕方もわからないという現状があるのではないですか? ただパラソルを立ててイスを置いただけとか。それは、歩行者と道路とのかかわり方に哲学がないからなのではないでしょうか。

■日本で哲学を作ろうとした人

★岡:ただ、日本でも哲学を作ろうとした人もいたのですよ。例えば、警視総監の秦野章さんです。
 確か六八年の寒い時期、まだ私が朝日新聞社の記者だった頃でした。夜の九時頃に自宅の電話が鳴りましてね。「話があるから来てくれ」と呼び出されたんです。赤坂の小料理屋で会うと、「俺な、銀座通りをな、歩行者の街にしてみたいんだよ。休みの日には、音楽隊なんか呼んでね」と、話を始めました。「それ、大賛成。やってよ」と、僕も答えたんです。
 ところが、いざ実現しようとしたら、銀座の商店主が抗議に来たんです。「そんなことをして、全学連に座り込まれたらどうするんだ」と。まあ、時代が時代でしたからね。「おい、参ったよ。あんな伏兵がいるとは思わなかったよ」と、秦野さんはがっかりしていました。
 そういう思いをもっていた警視総監もいたわけです。ところが秦野さんの心を継いでくれる人は、警察にはいなかったようでした。この話を聞いて、現在の警察の方がどう考えてくれるかですね。

★マッド:ここ数年、日本全国の歩行者天国は次々に廃止に追い込まれていますからね。もちろん廃止に追い込んだことの責任を、すべて警察に被せるわけにもいかないとは思いますが……。

★岡:まあ、銀座で起きた反対も商店主から起こったものですしね。しかし、最初は反対の多かった銀座の歩行者天国も、七〇年には実現しました。ニューヨークの五番街で短期間の歩行者道路が実施され、その話を聞いた美濃部亮吉さん、当時の東京都知事が飛びついたのです。
 ただ残念なことに、国民は歩行者天国を「仮の姿」とは思わなかったのですね。つまりスタートから、日本は大きな勘違いをしてしまったことになります。

★マッド:また日本には、やっかいな法律上の問題もありますしね。

★岡:その通り、道路法四八条です。この法律には歩行者専用道路、つまり歩行者街路のことですが、これに関する規定が記されてあり、歩行者専用道路は、まだ使われていない場合しか使ってはならないという決まりなのです。
 つまり銀座通りを道路法上の歩行者専用道路に指定するためには、一度廃道にしなければならないというわけです。

★マッド:それは大変なことですね。

★岡:それでも、この方法を使った街もありますよ。旭川です。七二年、国道を廃道にして迂回道を造り、それを歩行者専用道路にしたのです。
 一方、横浜の伊勢佐木町では、道路交通法の歩行者専用道路を使って、歩行者街路を建設しています。単に立て札を置いて、進入禁止をかけるという方法によってです。
 ところが伊勢佐木町の通りは、法律上はあくまでも「道路」なので、いろいろな制約があります。例えば、歩道部分と車道部分を明確に示さなければならない。高さを同じにしても、舗装や線で区別をつけるなど、すぐにわかるようにする必要があるのです。もちろん電柱にしても、車道に一ミリでもはみ出してはいけない。それに道は直線でなければダメ。この道を計画した市では、歩行者が飽きないために道をくねらせたかったのですが、それもできない。つまり正攻法では、道にオアシスなどつくれない状況だったのです。
 ところが市には知恵者がいたんですね。台座に腰をかけられるように工夫した銅像を設置したのです。つまりベンチではなく、銅像の台座だと主張して、歩行者のためのオアシスをこしらえたのですね。さらに照明灯の台座にも歩行者が座れるようにしました。工夫のしようはあるということです。
 また、八〇年には、大阪で「ゆずり葉の道」ができました。この時はじめて、コミュニティ道路という歩行者街路を建設省が作りました。コミュニティ道路とは、新しい発想に基づいた空間ですが、住宅地の区画道路と歩行者専用道路が並行する一部区間で、両者の境界をなくした仕組みになっているのです。車道と歩道の分け目がなく、道をジグザグにしても法律違反にはなりません。ただし新しい道路でなければ作れないのですが。

■やっぱり行政に任せちゃダメだ

★マッド:つまり日本の法律における道の解釈は、徐々に変わってきているのに、断固として道路法四八条の壁がはだかっているということですね。

★岡:これは、道路法を作る際に、警察がかなり干渉したからだと聞いています。道路を歩行者専用道路にする際には、使用要綱の変更手続きを行わねばならないのですが、それは警察の管轄になります。管轄を建設省に移すには、一旦廃道にするか、新しく道を作る方法しかありません。四八条は、まったく日本独自の一つの大きな壁となっているのです。

★マッド:では、欧州などでは、どこが道路を管理しているのですか?

★岡:すべて市議会です。道路の規格というものがありますね。一方通行とか、車の進入を禁止するとか。そうした道の仕様を決めるのは、すべて市議会の仕事です。
 だって、街に対する住民の意見を吸い上げるのは、市議会の仕事ですよね。ですから市議会に任せるのが、合理的で一般的な考えでしょう。先進国では日本だけが、道路の規格まで警察で決めているのです。

★マッド:なるほど、日本では法律も行政システムも、道に関する住民の意思を尊重するようにはできていないのですね。
 歩行者天国にどのような見解をもっているのか、各政党にたずねてみたのですが、ほとんど関心をもたれてはいませんでした。これで、市民の憩いの場をどうするのか、という哲学が政党にはないとわかったのですが、岡さんの話を聞けば政党に哲学がないのも頷けますね。
 岡さんの著書では、道路以外にもいろいろな問題を指摘していますね。特に商業地域と住宅地域の分化が大きな問題だという指摘は、大変面白いものだと思います。夜、住民がいなくなる都市では、犯罪も増えると。
 オフィス街の土地を、夜、つまり一日の半分寝かしておくのは、非常にもったいないことだと私も思うんですよ。オフィスビルの上をマンションやアパートにして、高齢者に安く貸し出せば、消費も刺激されると思うんですがね。そんな例は外国にないですか?

■人の住まない街に犯罪は起こる

★岡:六七年に米国のミネアポリスにトランジットモールが完成してから、八〇年には、四ブロック南にモールが伸ばされました。そして伸ばされたモールの外れには、三〇〇〇戸の住宅が建設されたのです。高所得・低所得、両方が入れるような住宅がです。すると、意外なことに街に大きな変化が起こりました。
 一つは日曜日でも、半分ぐらいの店が開くようになったことです。そして、夜一〇時、一一時になっても、若い女性が一人で歩けるようになったことでした。これは米国社会では、考えられないことですよね。せいぜいカップルが歩いているぐらいで。
 やはり街に人が住んでいると、犯罪率が低下するものです。同様の現象は、ニューヨークのマンハッタンなど、いろいろな土地で起こっています。

★マッド:ところが日本の都市計画は、いまだにオフィス街中心なんですよね。幕張メッセがいい例でしょう。もう街が寂しげでねえ。全然行きたくありません。お台場も同じ。少しはアパートがありますが、あれではねえ。

★岡:マッドさんも、私と同じように問題を感じています。多くの国民も感じていることでしょう。では行政側は、どうして問題を感じないのか。本当に歯がゆいですね。

★マッド:行政・役人に任せてちゃダメだ、の典型ですね。
 都市計画だけではなく、公共交通機関も日本では大きな問題を抱えていますね。例えば東京都内の地下鉄です。岡さんの著書にも書かれているように、地下鉄というのは一回地下に潜らなければならないから、乗り降りが大変です。最近、世界で見直されている路面電車なら、乗り換えも楽ですよね。しかも総工費は、地下鉄の一〇分一で済む。ところが日本では、造られるのは、いつも地下鉄です。

★岡:仙台に七五年まで走っていた路面電車が赤字に陥った時、路面電車を補助するための制度がまったく存在しませんでした。ところが地下鉄であれば、お金が借りられたのです。そこで路面を廃止し、地下鉄を通したのです。
 しかし、当時の路面電車の赤字は二九億円でしたが、地下鉄にしてからの赤字は一六〇〇億円になってしまったそうですけれどね。

★マッド:ひどいですねえ。そうしたツケは、最後には必ず国民に回ってくるわけですからね。

★岡:こうした仙台の例がありながら、同じような話が、今、広島でもちあがっているんです。路面電車を保存する方向で、市民と広島電鉄とが相談していたにもかかわらず、高架の電車にするか地下鉄を通すと、行政が言い張っているんです。おかしいですね。

★マッド:おかしいですよ。お金を使いたいだけではないでしょうかね。

■公共交通機関を活用すべき

★岡:都市の市街地では、自動車を減らしていく必要がある。僕はそう思っています。それが二酸化炭素排出量の基準値をクリアーすることにも、地球温暖化を食い止めることにもつながるはずです。しかし、そのためには、公共交通機関が非常に重要になります。建設費の確保だけに目を奪われず、どのように活用するかを考える必要があります。
 実際、カナダや欧州では、公共交通機関を乗りやすくすることで、二酸化炭素の排出量を抑えようと試みています。
 公共交通機関が、都市でどのような役割を果たしていくのかという哲学が、日本にも必要でしょうね。そういった点では、日本は先進国より三〇年近く遅れていますから。逆に哲学がみえるようになってくれば、強制せずとも自然に車を減らしていくことが、可能になってくると思います。

★マッド:やはり都市や交通に対する哲学がなければ、良い街も生まれないということですね。また、住民・警察・役所が圧力をかけたり、訴訟を起こしたり、ヒステリックになったりせずに、共に話し合える環境も必要でしょうね。

★岡:哲学があれば、可能なことなのですがね。
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「週末だけ解散する歩行者天国はまがいもの。恒久的な『歩行者専用街路』こそが本当の天国」と厳しく指摘する岡並木氏。「並木さんという名前は本名ですか」との私の問いに「そうなんです」とやや照れ臭そうに応えた。岡に並木とは自然環境を大切にするエコロジー時代にこそふさわしい名前ではないだろうか。その並木さん(あえてファーストネームで呼ばさせていただく)が著書「都市と交通」(岩波新書)のなかで「住みやすい街とは」と題してこう語っている。一九六五年から六六年にかけて、北九州市門司区の小倉よりの住宅地に住んでいた頃の体験談である。
「当時、同志社大学のあるグループが、北九州を含めた七大都市の住居を対象に、一生住みたいと思うのはどこか、という調査をした。その結果は最低が北九州で、神戸が最高と出た。東京へ帰ってきてみると、その北九州でさえが、東京より、はるかに文化的な都市のように思えてきた。たしかに東京には他のどの都市よりも文化施設が集中しているし、文化的な催しが開催される頻度も、くらべものにならないほど多いともいえる。けれども、実際にその『文化』に、ひと風呂浴びたあとで接触できる人びとの率は、東京都民一二〇〇万人の何パーセントなのか。くつろぎの中での文化接触率は、北九州市民一〇〇万人のほうが、東京よりむしろ高いのではないか、というのが実感である。
 昭和のはじめ、私は東京の中野の住宅地に住んでいた。歩いて五、六分のところに奇席があって、落語や浪曲がいつもかかっていた。中野ばかりでなく、東京のいたるところ、歩いて行ける範囲にかならず寄席あったという。歩いて行ける範囲というのは、せいぜい十数分の距離であろう。」
 このあと並木さんはこう続ける。
「この十数年来、地方都市の良さがいろいろ見直されるようになってきた。その良さの一つが、私がくつろぎの中での文化への接触率の高さだと思っていた。だが、その良さを地方都市もいま失いはじめているのではないか。市街地から郊外への夜間の人口の脱出が、そこでも急激に進みはじめたからである。」
 今から約三〇年前に並木さんは東京という巨大な街の味気なさを指摘し、さらに理想の都市とは「くつろぎのなかでの文化への接触率の高さ」である、と述べている。
 堺屋経済企画庁長官がつい最近景気浮揚の一策として、いみじくも、こんなことを語った。
  「『歩いて行けるところに楽しみのある街』を作ること」
まさに並木さんが指摘したことである。
 ホコ天は都市の中のつかの間のオアシスだったのかもしれない。そのホコ天が都市から消滅しようとしている。今こそ、ホコ天の先を見据えた論議を行うべきではないだろうか。(■了)

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