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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/反省しきりの斎藤だ

■月刊「記録」1995年4月号掲載記事

■斎藤典雄……さいとうのりお。JR東日本社員。1975年、国鉄に入社し新宿駅勤務。現在JR東日本三鷹車掌区で車掌として中央線に乗務。国労組合員。著書に『JRの秘密』『車掌の本音』(ともにアストラ)がある。

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■10秒単位の勤務体制

 ああ情けない。不徳の致すところである。
 私たち車掌の仕事は、時間との戦いといっても過言ではない。時間にまつわることには非常にウルサイ。ちょっとでもミスをしたら、区長、または助役からそれこそコテンパンにやられる。それはそれは物凄い見幕である。
 あまり知られていないことだが、乗務は何と10秒単位となっている。例えば、お客様には「○時10分の発車」と案内するが、内部では正確に10分10秒、10分20秒、30秒・・・・として扱っている。したがって、時間に対しては神経質にならざるを得ない。時間が命。
 なかでも、遅刻は絶対に許されないことの1つで、勤務成績にはもちろん、昇給の査定にも鋭く響くため、会社側も私達もピリピリと最も神経をとがらせている。よって、退庁時には「次回の勤務は、○月×日、○時××分の出勤です」と直立不動の敬礼により2度も喚呼させられる次第である。
 そうなのだ。早い話が私はこの遅刻というやつをやってしまったのですね。これは大変恥ずべきことであり、大きな声では絶対に言えない。誰にも言えない。だから内緒にしてほしい・・・・。
 1月31日、そうほんの数日前である。私は今、こうして平静を装ってはいるが、内心は落ち込み、反省の日々を送っているのだ。若い時分、いや今でも十分若いが、国鉄時代に3回やった記憶がある。だがJRになってからはもちろん、ここ10年間くらいは1度もやっていない。何も自慢するべきことではない。乗務員として当然のことであり、私達は皆、時間に厳しく几帳面である。

■がんばれ斉藤!

 この日は6時37分の出勤時刻であった。このような朝の早い時は、念を入れて目覚まし時計を2個セットしておく。5時30分、何の容赦もなく最初の1個がけたたましく鳴った。私はすぐに手探りで止め、もう1個が鳴るだろう1~2分後まで、目を閉じて沈黙して待った。これがイケナイ。再び深い眠りに陥り、ハッと気がつくと、な、何と6時27分である。チャイムが壊れて鳴らなかったのだ。さぁ困った。出勤時刻まであと10分。完全に遅刻だ。万事休す。
 一瞬のうちに、私の脳裏にはあらゆることが駆け巡った。走馬燈のようにさまざまな顔が浮かんでは消えた。怒る助役の顔、笑っている同僚の顔、怒られて神妙になってる自分の顔、なぜか子どもが作った節分の鬼のお面も出てきたような気がする。
 それでも私は急いで服を着て、コートを羽織った。一緒にガバッと飛び起きた妻は、私の後ろにただピッタリとくっついているだけで、何をするでもなく邪魔で仕方がない。「たった今出たからと車掌区に電話してくれ。いいか、丁重にだぞ」と、私は声を荒だたせ、電話の置いてある玄関で靴を履こうとした。その背後から「そんなみっともないことできません、自分のことは自分でしなさい」。
 これだもんね。しかし私は、なぜか妻の一声でプッツンと糸が切れたように、電話の前にペタンと座り込んでしまった。妻の言う通りだ。こんなことにならなくても、私の妻というだけで、妻はいつも十分みっともない思いをしているのだろう。そう、長い人生こんなこともあるさ。たかが遅刻、くよくよするなよ・・・・。
 妻は手際よくダイヤルを回し、「はいっ」と受話機を差し出した。私は観念したというよりは開き直って、それでも丁重に「斎藤です、スミマセン、今起きて間に合いそうもありません」と伝えると、助役補佐のNさんが言った。「自転車だったな(私は自転車通勤である)、乗務には間に合うんだろ、気をつけて出てこいよ」。出勤時刻は6時37分だが、乗務は20分後の57分なのである。
  私の態度は急変した。「行って来る」も何も言わず、一目散で自転車に飛び乗りペダルを漕いだ。それはもうがむしゃらに漕いだ。バイクや車ならもっと速いだろうが、私は他力本願的な車は持っていない。自力勝負型の人間なのである。まだ暗い中、武蔵境から職場のある隣の三鷹駅まで一直線の道を全力疾走である。道中7つの信号は全て無視。4つ目の信号では、数年前に亡くなった後輩の若いH君を思い出した。早朝の出勤の途上、バイクを猛スピードで走らせ、交差点で車と激突、帰らぬ人となったのだ。奥さんは妊娠中だった。「俺はまだ死ねない」と念仏のように唱えながら漕いだ。
 肌を刺す真冬の風で涙と鼻水がごっちゃになっているのに寒さが全く感じられないのが不思議だった。「がんばれ斎藤」なんて沿道の歓声もない。胸が苦しく張り裂けそうだったが、それでも必死に漕いだ。もうどうにでもなれ、と漕いでいた。 

■怒鳴られなかった斉藤だ

 無事にやっと職場にたどり着くと、更衣室のロッカーにコートを放り投げ、制服・制帽を被り、ネクタイを心持ち整えながらまるで水泳選手がゴールするような格好で、右手を伸ばして捺印した。出勤簿の前には助役がデンと構えている。「いやあ、速いね斎藤君」と、助役は驚きながら時計を睨み、印の隣の出勤時刻欄に「6時40分」と朱書きで記入した。遅刻は3分。呼吸の乱れがしばらく収まらなかったのはいうまでもない。
 気を取り直して、三鷹6時57分発下り高尾行の乗務に入った。折り返し高尾から東京まで上りの通勤ラッシュをこなし、すぐ東京から豊田行で三鷹到着が9時30分の息つく間もない約2時間半の乗務を終え、「ああよかった、トイレの心配がなくて本当によかった」と、ホッと一段落である。早速、助役からわたされた「欠勤届」を洩れなく書き込む。遅刻で「欠勤届」とは妙だが、つまり出勤時刻の6時37分から40分までの3分間、遅刻により欠勤いたしましたというものである。3分間の賃金が、翌月の給料からカットされるのだ。厳しいね。タイム・イズ・マネーなのだ。
 さて、普通なら、勤務終了後に区長または首席助役に「要件」と称したお呼びがかかる。私は先手必勝とばかり、のこのこと区長室へ出向いて、「遅刻をしました、申し訳ありません。寝坊です」と告げた。他は一切言わずに口にチャックをする。目覚し時計がどうのと余計なことをいえば、全て言い訳でしかなく、ますます惨めな思いをするだけである。うつむき加減で、反省の気分に浸るのみ。
 毎度のことだが、私はやはり愚か者だった。正直言って、心の隅では首席から爆弾を落とされると期待していたが、彼は、「やってしまったことは仕方ない。今後ないよう気をつけること。不規則な勤務なのだから斎藤君からも皆に声を掛けてもらって、お互い注意し合えるような職場環境にしてほしい」とおっしゃったのだ。
 私は一瞬キョトンと驚いてしまった。少し勝手が違うではないか。眉間に寄せていた2本のシワは解除され、口がポカンと半開きになる。爆弾は不発に終わった。期待が見事に裏切られ、私は急に腹立たしくなってきた。首席は立派だよ。それでこそ管理者というものだ。じゃあ、いつもコテンパンに怒鳴り散らすのはどうしてさ、と心の中でつぶやきながら、深々と頭を下げ区長室を後にすると、廊下で上司のIさんが寄ってきて、「のりちゃん3分だって。バカだな、休むならまだしも電話なんかするかよ。すぐに来れば間に合ったじゃないか」と、辺りを気にしながら小声で忠告してくれた。
 そう、電話のせいもあっただろう。しかし、それは結果論であり後の祭りだ。10分前に起床しても間に合うなどとは微塵も思わなかったし、起き抜けの身体であんなに自転車を漕げるなど想像もできなかった。もういい忘れよう。もうしない。3分間の賃金カットといったって、私の単価じゃインスタントラーメン1個分である。家が職場に近く、乗務できたからまだよかったのだ。電車通勤のほとんどの人は乗務に間に合うはずもなく、もっとややこしいことになるわけで、その分私は救われているのだ。
 この日、夕方から東京では珍しく雪が降った。みるみる積って6年ぶりの大雪ということだ。部屋の窓越しに見るこれほどの雪景色も、本当に久しぶりのような気がして、反省も兼ねての雪見酒となった。音も立てずにしんしんと降り注ぐ雪で、闇夜がいく分明るく感じられた。誰もいない公園の外燈に照されたブランコだけがくっきりと浮かび上がり、ひときり勢いよく雪が舞っているように見えた。反省の念も深く積もり、グラスを傾ける回数も積もる。
 ふとブランコがゆらゆら揺れているような気がした。雪の妖精たちが漕いでいるのか。いや、私が舟を漕ぐ一歩手前だったのだ。妻にまた「みっともない」といわれる前に休もうと思ったのだが、もうすでに十分みっともなく酔っていた。 (■つづく)

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