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だいじょうぶよ・神山眞/第77回 母が見つかった

■月刊「記録」2006年2月号掲載記事

*           *          *

「また来るよ」と正利に別れを告げ、病院を出たぼくはホッとため息をついた。安堵のため息だった。
 ぼくの不安とは裏腹に、正利はぼくが見放したことに対して何の恨みつらみも言わなかった。それなりに環境に適応し、今の生活を気に入っているようでさえあった。
 でも……。病院を出て10分もしないうちに、またもや、ぼくの中に住みついている魔物、“不安の虫”が首をもたげてきた。なぜなら、ぼくは正利に大事なことを隠していた。本当だったら、会ってすぐにでも言わなければならなかったであろうことを、隠したまま出てきてしまったのだ。
 そう、「行方不明だった正利の母親が見つかった」という重要な情報を。

■常識では捉えきれない母親

「おかあさん、どこにいるの?」
「オレ、おかあさんさがしたいのよ」
 これは児童養護施設にいたときからの、正利の口癖の一つだった。そしてぼくは正利に、そう言われるのが昔から嫌で嫌でたまらなかった。
 なぜなら、その“お母さん”というのが、世間一般の常識では捉えきれないとんでもない母親だったから。だからこれ以上、正利を関わらせたくはなかったし、何よりぼく自身が関わり合いになりたくなかった。それなのに、そんな母親が見つかったという情報が飛び込んできたのだ。
 今までにも2回ほど、目撃情報はあった。一つは、横浜のとあるスラム街で姿を見かけたというもの。そしてもう一つは、鶴見市内の市場で、ホームレスをしているのを見たというもの。
 そのたびに正利はぼくからお金をせびり、1週間ほどかけて捜し回った。でも結果は、いずれも空振り。当たり前だ、正利の母親というのは、そもそも姉の直子や正利を含め、ぼくが知っているだけでも5人の子供を産み、その全部の父親が違うというツワモノなのだ。しかも生むだけ生んで、育てるどころか殴る蹴るの虐待を繰り返し、フラフラと子供を置いて行方をくらませてしまうような女なのだ。そんな人間がいつまでも一カ所にとどまっているはずもなかった。
 そして正利にしたって、母親を捜すと勇んで出ていっても、いざ繁華街にでも出ようものなら、おのれの欲望にたちまち目がくらんで、いつの間にやら目的はそっちのけになってしまったに違いない。きっと大好きなゲーセンやパチンコ屋、ソープなんかを嬉々として渡り歩いていたはずで、見つかるわけがないのだ。
 そもそもだ! なぜ自分を虐待しまくり、あげく犬猫のように捨てていった母親なんかに会いたいのか? 正利の頭には、いまだに母親が灰皿で殴った傷が残っているのだ。足にだって、母親から熱湯をかけられたときの火傷の痕がくっきりと残っている。それなのになぜ!? ぼくには解せなかった。
「おまえを捨てた母親を捜して何になるんだ!?」と、正利本人に問いただしてみたことも、一度や二度ではなかった。しかしそんなことを言えば言うほど、正利は反発した。
「せんせにはオレのきもちはわかんないのよ」
 そう言って、あとは頑なに口を閉ざしてしまうのが常だった。
 どんな虐待を受けても、愛されなくても、子供とはこれほどまでに母親を慕うものなのか!? いや違う。悲しいことに、事実を事実として受け止めるだけの能力が正利には足りないのだった。
 だから、いつまでも平然と繰り返す。「おかあさんをさがしたいのよ」と。
 まったく何もかもが狂気じみてて、その問いかけを聞くのが、ぼくにはいつでも苦痛でならなかった。

■母はバラバラ殺人の犠牲者で

 そういえば、正利の姉・直子がぼくにこんなことを言ったことがあった。
「私たちの母はバラバラ殺人の犠牲者で、海に捨てられたんです」
 もしそれが事実なら、養護施設の記録に残っているはずだが、もちろんそんな記述は見あたらなかった。
「この姉はいったい何を言い出すんだ!?」と思い、マジマジと顔を見返したら、「あっ、このことは正利にはナイショにしてくださいね!」と、真面目な顔で返されたことがあった。そう、狂気じみているのは母親と正利だけではない。正利の一族全員が狂っているのだった。 そして、かくいうぼくも、その狂っている輪のなかの一人だった。いつしかぼくは、姉の直子が言うように、正利の母親は本当にどこかの街の片隅で野垂れ死んでいるのではないかと思うようになった。
 だから正利に「おかあさんは?」と聞かれれば、心の母に対する感情を無視するようになっていった。 (■つづく)

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