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だいじょうぶよ・神山眞/第76回 30分だけの面会

■月刊「記録」2006年1月号掲載記事

*          *          *

「せんせ、そと、でよ」
 正利が談話室から中庭らしきところへ、ぼくを誘った。
「いいのか? 出ていいのか、この部屋から」
「いいのよ、あのおんなのひとに、たのめばいいのよ」 そしてぼくらは一緒に部屋を出た。
 すると、女のスタッフが走り寄ってきてぼくに言った。
「すみません、外室は30分だけでお願いします」と。
 ぼくらが中庭に出ると、やはり背後で、鍵がガチャリと音を立ててかけられた。

■ふじさんがみえるのよ

「おれ、ここきて、よかったとおもってるのよ」
 中庭のベンチに腰掛けるなり、正利はそう言った。
 たったの30分、それだけしか許されないぼくたちの時間だ。
 いつもだったらぼくは、「どうして?」「何で?」「こんなところが?」といった具合に、矢継ぎ早に問いただすのだが、なぜだか今日はそうしなかった。
 中庭は一面、落ち葉で埋め尽くされ、木々に囲まれたその隙間からは、ほんの少しだけ外の世界が垣間見られた。一日中、しかも毎日、正利はこの空間にいるのだ。それなのに恨みがましいことも言わず、ここでの生活を楽しいという。そう思うと少し涙が出そうになった。
「そうか、だったら安心したよ。だけど、お前、ここ、何もないじゃん」
「いいのよ。なんにもないほうが、おれには、いいのよ」
「お前、変わったなぁ。ありったけの金使って、パチンコ行ったり、ゲーセン行ったりしてたのになぁ」
 欲望に歯止めがかけられず、周りから金を盗んでまで、放蕩生活を繰り返していたというのに……。
 本当に正利は変わったのだろうか? 俄には信じがたい話であった。
「せんせ、ここ、ときどき、てんきがいいと、ふじさんみえるのよ」
「富士山かぁ。何だか最近そうやって景色を眺めるなんてこと、俺、ないもんなぁ」
 本当にそうだ。朝起きる時間は決まっていて、乗る電車の時刻も車両も決まっている。電車を降りると足早に会社に向かう。そんな毎日。景色を眺めるという感覚すらなくしていた。
「そっかぁ。お前から景色の話が出るなんて驚いたよ。変わるもんだなぁ」
「おれ、こうやって、しぜんがいっぱいのところがいいのよ」
「じゃぁさぁ、今度行くところも、もっと自然が一杯あるところにするか?」
 そうなのだ、どんなに正利がこの場所を気に入ろうとも、今は短期入所という方法しか取れぬため、三ヵ月ごとに施設を移動しなければならない。入ったそばから次の行き先のことをぼくは考えなければならなかった。
「せんせ、こんど、おれ、どこいくの」
 やはり正利も同じ不安を抱えている。
「わかんないよ。でもとりあえず、希望は出してみるよ」
「おれ、しぜんがいっぱいのとこが、いいとおもうのよ」
「ああ、そうかもな」
「おれ、こうやって、のんびり、くらしたいのよ」
「わかるよ」
「おれ、もう、まえみたいに、あさはなにしてとか、ひるからはなにしてとか、やすみはいつだとか、もう、いやになっちゃったのよ」
 そうかもしれなかった。ぼくは正利を鍛え、何とか一人前の大人にしようと今まで躍起になってきた。朝は自分でちゃんと起きなければダメだとか、仕事場には遅刻をするな、遅刻しそうなら一本電話を入れろとか、そんなことばかり言ってきた。お金は使いすぎるな、夜は何時までには帰って来い、朝は何時までには起床しろ……。
 考えれば考えるほど正利を規則でがんじがらめにしてきたのだ。
「そうだよなぁ、お前いいこと言うなぁ。俺も自由になりたいよ」
「そうなればいいのよ。さんぽしたり、ふじさんみたり、みんなとおはなしするほうが、いいのよ」
 一緒に暮らしていた頃にように、手足をバタバタと動かして話をする癖がなくなっていることに気づいた。落ち着いた表情は、正利の気持ちの安定ぶりをそのまま表しているようだった。鏡で見る、いつも何かに追われ、不安げなぼくの表情とはまるで違って見えた。
 立場が逆になっていた。今まで正利にいろいろなことを教えてきたつもりだった。それなのに、それらの常識というものが、逆に正利やぼくにとっては、手枷足枷となってしまう現実。
 もしかすると、ここを一歩出てしまえば、やっぱりそんなことも言っていられないのかもしれない。
 でも、ぼくは心の底から今の正利を羨ましいと、一瞬でも思ったのが事実であった。 (■つづく)

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