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だいじょうぶよ・神山眞/第74回 対等な関係

■月刊「記録」2005年11月号掲載記事

*           *           *

 せっぱ詰まって、消耗しつくしての離別だとしても、いずれにしても正利を見捨てたことには変わりがないのだった。正利から逃げ出そうとしているのは、他の誰でもない、ぼくなのだ。
 とにかく正利を一刻も早く忘れたかった。ぼくは自分を卑怯な人間だと思った。
 ぼくは、しばらくぼんやりと部屋に立ち尽くしていた。いろいろなことが頭の中を駆け巡っていたが、それらの考えは正しいものなのか、間違っているのか、今のつらい状況から逃げ出したいがための逃避なのかわからなかった。しかし近いうちに必ず実行しそうな気が、ぼくにはしていた。

■対等な関係になるために

 これでチャラになったのだろうか? 今、現在もこれからも2人は“対等な関係”というやつでいられるのだろうか?
 改札口を通り過ぎると、別に急いでいるわけでもないのだけれど、人波に押されるように自然と歩く足は速くなり、別に入りたいわけでもないのだけれど、ぎゅうぎゅう詰めの電車の中に吸い込まれていく。
 吸い込まれ、人混みに紛れる毎日。しかし、胸のつかえのようなものが消えることは日々ありはしなかった。 どんなに人ごみに紛れ込んでも、やはり期待したような、何もかも忘れることなどは不可能なようだ。ワイシャツを着て、ネクタイを締め、革靴を履く。前の人や隣の人たちと同じような格好をしてみても、あの特異で異常な何年間かの生活が、ぼくを日常というやつに決して埋没させてくれようとしない。
 正利を失ってから2年と半年が過ぎた。失ったというよりも、手放したというほうが正しい表現なのかもしれない。
 いまだにぼくは毎日、正利のことを思い出す。そして思い出すたびに混乱してしまう。
 正利には何もかも与えたはずだった。住む場所にはじまり、仕事も友人も小遣いも食事も着る服も、何もかもを揃え、何もかもを与えたはずだった。
 それらを全て奪い取ってしまった。正利をぼくではない他の誰かの手に委ねた瞬間、ぼくが与えたものはすべて、必要がないものだと、委ねた相手からぼくに返された。いったん正利は何もかもを失った。少なくともぼくにはそう見えた。
 今の正利には、必要なものは必要に応じて、必要なだけ与えられている。これでいいのだ。きっとこれでいい。ぼくが正利に与えたものはきっと偏っていた。あるものは与えすぎていたのかもしれないし、あるものは全く足りなかったのかもしれない。
 いずれにしても、正利がいったん失ったものに関しては、ぼくも同じように失ってみることにした。日焼けサロン、友人、着るもの、眼鏡、正利と共有していたものは、すべてぼくも失ってみることにした。こうすることしかできなかった。こうでもしなければ、ぼくのなかの懺悔の念は消えることがないと思われたのだった。
 こうして対等な立場にでもしなければ、今後ぼくはあいつに合わせる顔がなかった。それにしても……。本当にこれで良かったのだろうか? 本当にチャラになったのか? 本当に今後も“対等な関係”でいられるのだろか? 胸のつかえは消えるどころか、日に日に存在を大きなものにしていった。

■あの中に正利がいる

 秋も深まり、スーツだけでは少し冷え冷えする。体重が85キロもあったときには、あまり寒いという経験をしなかった。しかし68キロしかない今のぼくにはコートが必要なくらい寒い秋晴れの日、ぼくは会社を午前中で早退して、正利に会いに行った。
 正利は、知的障害者の人たちのための通勤寮に、2年間の期限付きで入所していたのだが、度重なる無断外泊により、結局、任期を満了することなく寮を出ることになってしまった。
 任期を満了していないため、他の施設に移ることができない。一応、通勤寮所属というかたちで、さまざまな施設に3か月ごとに短期入所するというかたちをとることになった。
 一番最初の入所先は、正利の抱える精神的な問題を医療行為によって解決しなければならないとの名目のもとに、東京の郊外にある精神障害の人たちのための施設に決まった。
 場所を調べてみると、ぼくの卒業した大学の目と鼻の先であった。合コンだのサークルだのと毎日を賑やかに楽しむ大学生たちのすぐそばに、こんなにひっそりと静かな場所があったのだ。
 右も左も高い木々に覆われた坂道を登っていく。すると、ぼくが小学校くらいのときによく見かけた昔の病院のような建物が見えた。正利がここで生活している。そう思うと何だか胸が締め付けられた。 (■つづく)

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