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だいじょうぶよ・神山眞/第72回 正利の不機嫌

■月刊「記録」2005年9月号掲載記事

*          *          *

 最近、ぼくは正利に対して下手に出ていたが、それは、またフラリと出て行かれては困る気持ちからだった。しかし、仕事もせずにゲーム機にかじりついているあいつに、ついに我慢の限界がきて、つい強い口調で叱ってしまった。
 正利は不機嫌な表情を隠そうともせず、ダルそうに立ち上がり、タオルを袋に詰め始めた。そのあまりにもダルそうな態度にぼくも頭にきた。
「いいよ。そんなに嫌なら働かなくていいって。おれがやるよ。どけって」
 正利を押しのけてぼくが袋詰めを始めると、あっという間に作業は終わる。何だよこんなに簡単なことさえしないで、ゲームばっかりやりやがって。そう思いながら袋を持って外に出る間際、ちらっと正利を見た。少しは反省しているかなと思ったが、相変わらずゲームの続きをやろうとしている。
 この頃から正利は、何かあったらまた出て行っちゃうぞという態度をみせるようになってきた。それが神山を一番、困らせられるということを正利は理解し始めたらしい。
 それにしても嫌な態度をとられ、わがまま放題をされても、出て行かれては困る、出ていかないでくれ正利と、思ってしまうのだから、追いつめられた人間の心理状態というのはおかしなものである。
 いつだって出て行っていいんだよというふうに、ぼくに思うことができたら、その後の展開もきっと違っただろうに……。

■正利が気になってしょうがない

 正利の気分の波が日に日に激しくなってきた。相変わらずタオルをたたみ、店へ配達するというノルマ自体は変わらない。単調な日々ともいえる。しかし、表情がなんだか毎日違うように感じられて仕方がなかった。
 たぶん他人が見ても、正利は何ら変わっていないのかもしれなかった。それはたぶんもう、ぼくのほうが参ってしまっていたのだろう。正利ではなく、ぼくの感じ方、考え方のほうが、かなり異常な領域に入ってきていたのだろう。正利の帰ってくる時間が常に気になって仕方がない。正利がどこに出かけるかが気になって仕方がない。何を食べて、ちゃんと栄養を摂れているのか、寝ているときに布団をはいでいないか、寝冷えはしないか、お金はいくら持っていて、それは本当に自分のお金なのか……etc.
 すべてを知っていたくて仕方なくて、すべてを気にしすぎたぼくの神経は、もう自分がおかしいのか、正利がおかしいのか、判断がつかないほどになっていた。
 しかし、それもやむを得なかったともいえる。一緒の部屋、しかも四畳半一間の狭さにひしめき合いながら四六時中一緒にいるのに、少しでも離れるとひっきりなしに電話がかかってくるのだから。一度目の家出のあと、まさかのときに備えて電話を持たせておいたのだ。しかしこの携帯電話の存在が、ぼくと正利を再び引き離す道具になってしまった。
「せんせ、おれ、はなしがあるんだけど」と、正利からの電話。
「ごめん、今は仕事中なんだよ。わかるだろう?」
「あー、わかった」
 そうしてぼくは仕事に取りかかる。しかし電話のことが気になってしょうがない。やはりすぐにかけ直してしまう。
「あ、正利? さっきは悪かったな、で、話って何?」「あー、もう、いいよ」
「おまえなあ、もういいよってどういうことだよ、ああ? おまえが電話してきたんだぞ? おれは仕事で忙しいのにわざわざ電話してやったんだぞ?」
「あー、でも、もういいのよ」
「おい、言えよ、せっかくおれが電話したんだから」
「もう、いい、しつこい!」ガチャン!! 電話が切れる。
 そうしてモヤモヤした気分のまま、再びぼくは仕事に取りかかるのだが、気になる、気になる、気になってしょうがない。もう一度、電話をかけてみる。しかしあいつは出ない。気になる。どこかに行ってしまったのだろうか? 気にしても仕方がない、仕事をしようと考える。だが、もう手につかない。もう一度電話をかけてみる。やはり出ない。怒っているのか? きっとそうだ。いつもあいつは思い通りにいかないと、電話に出ることをやめるのだ。そうするとぼくが困り果てることをわかっている。ぼくはあいつの思うつぼなのだ。
 しかしこうなると、もうぼくは自分でも自分を止められない。つながるまで電話をかけ続けるのだ。正利の携帯の着信回数が20回を越えた頃、ぼくはあることに気づく。もうそろそろ正利が、タオルを届けに店に来なくてはならない時間だということに。
 おかしい。電話にも出ないし、店にも来ない。となると、考えられるのは、2度目の家出しかないではないか? するともうぼくは、居ても立ってもいられなくなるのだ。 (■つづく)

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