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だいじょうぶよ・神山眞/第71回 弁護士の先生

■月刊「記録」2005年8月号掲載記事

*          *             *

「せんせ、おれ、あいつらのことゆるさないのよ、こんどあったら、もんくいってやろうとおもうの。だっておねえちゃん、ないてたのよ。おねえちゃんなかすなんて、ゆるせないのよ」
 と、正利は威勢のいいセリフを吐いた。
 あいつらのことは許さないか…。頼もしいじゃないか、正利。ついでに話を混乱させたお姉さんのことも怒っておいてほしいよ…と、思ったが、ぼくは黙っておいた。
  「ありがとう、正利。オレもあいつらのこと許さないよ。明日、弁護士の先生に会ってくるから。そうしたら、みんなおしまいだ」
 そう答えながら、ぼくは、あいつらには一切お金は払わず、弁護士にお金を払って何もかも解決することに決めた。

■誰かに明確にしてほしい

 弁護士事務所に約束の時間に向かった。
 ジーンズにヨレヨレのシャツを着たぼくには、不釣り合いなほど立派な事務所に戸惑いを覚えた。聞けばテレビに出演するほどの有名な弁護士だという。たくさんのケースを抱えているらしく、先生の話し方は、とても忙しそうだった。
 一通りの経緯を説明すると、「大丈夫ですよ、神山さん。何の問題もありません。すぐに解決しますよ。というよりも、もうほとんど何も問題が起きていないに等しいくらいですよ」と、頼もしい言葉が返ってきた。
 普通ならここで安心するはずなのだが、なぜかぼくは違った。
  「いや、先生、彼らはとんでもなく悪い人たちに違いありません。背中に刺青を入れていますし、脅かし方もかなり本格的です」
 情けない話だが、ぼくは本当に怖かったのだ。お金を取られそうなのが怖いのか、あいつらが追いかけてきそうなのが怖いのか、そのどちらも怖いのか。
 いや、どちらも怖いが、何よりも正利との生活を維持していくことの困難さを誰にも理解してもらえないことが一番怖かった。
 正利と暮らし続けるならば、今回のようなことがたびたび起こることは想像に難くない。正利は働かないので、お金は出ていくばかりだ。ぼくだって困難は避けたいし、何かのときのためにお金も貯めておきたい。考えてみれば正利がいなくなったからといってデメリットは何もないのだ。だったらもう、こんな生活とはおさらばして新しい生活を手に入れよう。そんな思いは、過去に何度も頭をよぎった。
 でも、それでも一緒にいたかった。一緒にいたいというよりは離れられないのだ。何かに、誰かに暗示をかけられてしまったように、ぼくは結局、いつでも最後には、正利と離れるという決断を下すことができずにきてしまっていた。
 ぼくにも正利にも、一緒にいることの理由がわからない。わからないまま毎日が過ぎていく。しかもそれは平凡なものではなく、波瀾に満ちていて、常に何かに巻き込まれている。
 弁護士の先生に、ぼくはそんな自分の状況を理解してほしかったのだ。自分にも理解できない、自分の抱えている正利に対するさまざまな感情をわかってほしかったのだ。矛盾しているようであるが、この混沌としたぼくと正利との関係を誰かに理解して明確にしてもらい、それを噛み砕いて、ぼく自身に説明してほしかったのだ。そうすればぼくも、少しは安心できるかもしれない。
 ぼくはそんな思いで話していた。

■腹の底から苛立ちが

「なんだか、いろいろあったなぁ、正利。全部おまえのせいだぞ」
 弁護士事務所をあとにして、いつものアパートに帰りつき、冗談めかしてそう言うぼくを、ちらっと一瞥して、あいつが言った。
  「しょうがないのよ。それにもうだいじょぶよ。せんせいはいつもかんがえすぎなの」
 そうかもしれないな、ぼくはいつも考えすぎてしまう。
  「正利、おまえこれからどうしたいの?」
  「……」
 答えること、いや、そもそも考えることが面倒くさいのか、正利は答えない。テレビゲームから目を離さず、こちらを見ようともしない。
  「おい、正利、おれはこんなにおまえのことを考えているんだぞ。店も他人に任せきりにして、おまえの起こした事件の後始末をしてるんだ。それなのにお前ときたら、働きもせず、毎日ゲームばっかりじゃないか。せめて洗って溜まったタオルを時間通りに店に持っていくことぐらい、やっておいてくれたっていいじゃないか」
 最近、ぼくは正利に対して、ずいぶん下手に出ていた。それは、またフラリと勝手に出て行かれては困るという気持ちからだ。しかし、黙ってゲーム機にかじりついている横顔を見ているうちに、ムラムラと腹の底から苛立ちが湧いてきた。 (■つづく)

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