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だいじょうぶよ・神山眞/第69回 再び始まる二人の日常

■月刊「記録」2005年6月号掲載記事

*           *           *

 正利の怪しい同居人に30万円もの下着代を要求され、断固、戦う意思を固めた矢先だった。
 お姉さんが突如、要求された30万円を支払うと言い出したのだ。
 そう言われてしまっては仕方がない。
 もうこれ以上、ぼくに何かを言える立場ではなかった。

■半分ずつにしてもらえないでしょうか…

 さぁ、帰ろう。何もかも終わった。
 そう思い、ぼくが運転席に乗り込もうとした瞬間、お姉さんが走ってぼくのそばに来た。
 「あ、あの、さっきの30万円のことなんですけど、あの場では私が全額払うって言ってしまったんですけど、……半分ずつってことにしてもらえないでしょうか……」
 やっぱり、やっぱりそうきたか……。
「えーっ!? だったら何で払うって言ったんですか? ぼくは払うつもりなかったんですよ? だってあんなインチキな明細おかしいじゃないですか。鉛筆で、しかも手書きで。下着何枚か買っただけで30万円ですよ。おまけに給料も払われていないし!」
 ぼくは思わずまくし立てるように言ってしまった。
 いつものぼくならこんな言い方をするはずがなかった。そのくらい、お姉さんのいい加減さに呆れてしまったのだ。
 すると「そうですよねぇ。あれはおかしいですよね。わかりました、一晩考えてまた電話します」と、お姉さんはあっさり引き下がった。
 少し意外な気がしたが、同時にこのとき改めて思ったものだ。このお姉さんはもしかすると正利に似て、全く何も考えていない人なのか? と。
 そんな嫌な予感は外れてほしかったが……。
経済的には厳しいが
 とにもかくにも、ぼくと正利は車に乗り込んだ。
 車が走り出し、二人きりになると、正利がとたんに「おなかがすいた」と言い出した。
 だからぼくは車をコンビニの駐車場に停め、弁当を2つとジュースを2つ買った。
 また始まるのだと、ぼくは思った。一人だったときには1つで済んだものが、これからはまた2つずつになる。経済的には厳しいが、心には充実感があった。
 アパートに戻ると、ぼくらは特に話し合うこともなく、弁当をがつがつと食べた。それからぼくらは朝の4時くらいまで、延々とテレビを見た。たしか再放送もののドラマだったと思う。ラーメン屋での生活では、夜はテレビを見ることができなかったと、正利が隣でポツリと洩らした。
「ああ、いいよ、今日は心ゆくまで見てろよ」
 ぼくは答えた。正利は答えなかった。一緒に見ていたつもりがいつのまにか眠り込んでしまい、目覚めたのはいつもの時間の目覚ましのアラーム音だった。
 だが、夢も見ないほど久しぶりに味わった深い眠りだった。
        * * *
 3時間ほど眠っただろうか、アラームで目が覚めると、正利は口を半開きにして涎を垂らしながら隣で熟睡していた。
 その情けない姿を目にして、いつもの生活に戻ったのだと、ぼくは改めて実感した。
 しかし同時に何だか妙な不安感が突然、頭をもたげてもくるのだった。
 ぼくと正利。
 いったいこのままぼくらはどこへ行くのだろう。
 家族でもない、夫婦でもない、友達でも、兄弟でもない。
 ならば、ぼくと正利はいったい何なのだろう。二人を経済的に支えているのは、この“日焼けサロン”一つだった。
 すべてが不安定なまま、何とかバランスを保っているのだと感じた。
 安定した場所、落ち着いた場所ではないどこかを毎日漂流している気分であった。
 目的地もなく、ただひたすら漂うことだけを楽しむ生き方。
 一瞬一瞬はリアルなのだけれど、トータルでは何だかすべてがフェイクなママゴトに思えてしまう。正利の寝顔を見てぼくは思った。いつかはぼくの力で、ぼくの責任でこんな毎日を終わらせようと。
 それは嫌だからではない。
 理由は明確にはできないけれど、いつか近い将来、正利に関わるすべてのものに別れを告げなければいけないのだと感じた。そして正利と、シンプルで現実味のあるつき合いをしていくのだ。 (■つづく)

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