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だいじょうぶよ・神山眞/第68回 揺すり・たかり・脅し

■月刊「記録」2005年5月号掲載記事

*          *           *

「ふざけんじゃねぇ! お前が虐待して正利が逃げてきたから、俺たちが面倒見てやってたんだ! そんときの金をきっちり払えってのがわからねえのか!」
 それまで僕たちの隣で、黙ってタバコを吸っていたラーメン屋のおやじに、いきなりヤクザまがいの大声を出されて、ぼくは驚いた。
  「き、急に払えって言われても……、もうちょっときちんとした明細でも見せてもらわないと無理ですよ」
 それなのに、ぼくはこんな受け答えをした。
 なぜなら、このときまでまだぼくは相手をきっと話せばわかる人たちだと思っていたからだ。だが、このアパートにこの部屋であり、あんな写真を見せられているのだから、普通の人たち――つまり話してわかる人たちなんかではないことに、さっさと気づくべきであった。
  「てめぇ、なめてんのかぁ」
 ラーメン屋のおやじはいきり立って、さらに大声を張り上げた。今にもこちらに向かって殴りかかってきそうな勢いである。
 すると、「まぁ、まぁ、この人たちだって払わないとは言ってないんだからさ……なぁ?」
 と、女装男は穏やかにラーメン屋をたしなめた。さらに、ぼくに向かってニッコリ笑みすら浮かべるではないか。このオヤジ、いったいどっちの味方なんだ?
「そうですよ、払わないって言ってるんじゃないんです。そもそも正利の働いた分の給料を支払ってくれるような話を、さっきラーメン屋でしたばかりじゃないですか。それで十分に補えるんじゃないんですか? その下着代やら何やらも」
 と答えたぼくは、このとき、まだ相手を舐めていたのかもしれない。
  「てめぇ、いいかげんにしろよな、日給のうち千円は、正利に1日の小遣いとして払ってんだよ、そんでぇ、それ以外は貯めといてやってんだ。その貯めといた分じゃ足りねえから、お前たちに請求してんだよ」
 と、おやじはドスの効いた声で言った。これ以上ぐだぐだぬかすなよ、とっとと払えってんだよ、と、その声は、ぼくたちを脅しているように思えた。
  「え、でも、給料で足りないほど使うなんて、考えられないけどな、しかもさらに30万円なんておかしいですよ…」
「お前、何なんだ! その言い方は!」
 おやじが怒鳴るや否や、間髪入れずに女装男が正利に向かって、その金遣いの荒さをゆっくりと諭すように話し始めた。
  「なぁ、正利。この前もパチンコ一緒にやりに行ったんだよなぁ。そしたら2万円なんてすぐに使っちゃったよなぁ?」
  「あぁ」
 女装男が正利に同意を促すと、正利は肯定するように頭を掻いてうなずいた。その瞬間に、やっとぼくは気づいた。ああ、このラーメン屋と女装男はグルなんだ、と。2人で別々の雰囲気を醸し出しながら、どうにかして金を手にいれようと画策しているのだ、と。
  「確かに、こいつは金遣いが荒いというのは認めます。でも、」
 ぼくがそこまでを口にした瞬間、
「でもも何もねぇんだよ、いいかげんにしろよなテメェ。もういい、若いモン呼ぶから。お前ちょっと待ってろ」そう言って、おやじは携帯電話を取り出した。
 脅しか? それとも本当に“若いモン”を呼ぶのか? と、ぼくが警戒した次の瞬間、
  「わかりました! 払います。私が払いますから。だから、もうこれで終わりにしてくださいね」
 あっけない幕切れだった。みんなが声の主のほうを一斉に振り向いた。するとお姉さんが泣いていた。隣で正利が口を半開きにして焦点の定まらぬ、うつろな目で、お姉さんのほうをみていた。
 あのお姉さんが泣いている。何が起きても、いつも飄々としていたお姉さんが泣いている……。
 正利がいなくなったときでさえ、「もう二十歳を過ぎた男なんですから、心配することありませんよ」と、ぼくの心配をよそに高らかに笑っていた人なのに……。
 いずれにしても、お姉さんは要求された30万円を払うと言ったのだ。もうこれ以上ぼくが何かを言う必要はなかった。
  「そうだよ、それが常識っていうモンだよ」
 と、オヤジたちが満足げに言い放ったセリフをあとにして、ぼくたちはアパートを出た。
 言いなりになった悔しさと、お姉さんが初めて正利に対して責任を取ってくれたことに対する驚き、2つの感情が僕の中で入り混じっていた。外は雨が降り、モヤモヤとしたぼくの気持ちに一層拍車をかけた。
  「帰るぞ、乗れよ」と声をかけ、ぼくは正利を後部座席に乗せた。 (■つづく)

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