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だいじょうぶよ・神山眞/第67回 猛烈な負のパワー

■月刊「記録」2005年4月号掲載記事

*           *            *

 ぼくは本当にバカな男だ。なんでこんなことに躍起になっているのだろう。ここで正利とは離れるべきなのだ。ラーメン屋と正利を取り合ってどうするのだろう。なにも取り合う必要などなかったのだから。
 なぜなら選択枝は2つではないのだ。
 もう1つ、たしかに選択枝はあるのだ。
 そう、お姉さんのところに正利を引き取ってもらうという選択だ。
 意外にも、あまりにも当たり前すぎて気づかなかったのであるが、これは最もマトモな選択枝ではないか。
 そうして、ぼくはこう言うべきなのだ。
「今度こそ、あなたが正利の面倒を見るべきだ。いつもいつも責任を逃れて、自分ばかりが高見の見物。お姉さん、ぼくにあれやこれや言う前に、あんたが正利を育てるのがスジだろう! いつもいつも事あるごとに顔をつっこんできて、やばくなるとさっさと逃げちまう。あんたが今度こそ責任を取れ!」と……。

■正利の選択

「わかった。おれ、せんせのところにもどるよ」
 しかし、お姉さんの剣幕に押された正利は、そう言った。
 結局ぼくのアパートに戻ることを約束したのだった。そう言いつつも、正利がしぶしぶ納得していることが、ぼくの目には明らかだった。腹立たしい。やっぱりこいつといるとイライラする。離れている間あんなに寂しかったのに、いざ一緒にやっていくことがわかると、途端に以前の馴れ合いに戻ってしまい、嬉しさと苛立ちがぼくのなかで葛藤する。
 それでも、「よーし、正利、それじゃあ、アパートのおじさんのところに荷物を取りに行こうか」と、とりあえずは努めて明るく正利に声をかけた。
 返事もせずに、しょうがないなぁ、といった表情であいつは席を立った。そこで、ぼくたちもファミレスを出て、正利の住んでいたアパートへ向かった。
 すっかり日も暮れ、アパートは昼間に見たときよりも一層貧乏臭く見えた。こちらの気持ちまで荒ませてしまう猛烈な負のパワーがそこいらじゅうに満ちていた。嫌だなぁと思いながらドアをノックし、中に入ると、玄関に一歩足を踏み入れただけで、なかの様子がすべてわかるような狭さであった。そこには挫折、失敗、怠惰、嘘、汚れ、貧困といった人生に負けた男が持つすべての要素が満ちていた。
 部屋にはすでに、正利と同居していた男となぜかラーメン屋のおやじがいた。
すぐにでも話を切り出し、この部屋から出たかった。しかし、正利と同居していた男は何を思ったのかアルバムを引っ張り出してきて、ぼくたちに見せようとする。
「これは俺が北海道にいたときの写真だよ」
 満面の笑みを浮かばせて話しかけてくる。
「はぁ……」
「ほら、ここに俺と一緒に写っているの誰だかわかる?」
 男が得意げに話し掛けてくる。
「さあ、誰でしたっけ?」
 派手な衣装やマイクを握っているところから歌手であることだけはわかったが、それが誰であるかは、ぼくたちにはわからなかった。
「歌手の××だよ。知ってるだろう?」
「あぁ、××さんですか。知っていますよ、すごいなぁ、おじさんはこんな有名な人とお知り合いなんですか?」
 やっぱり誰だかわからなかったが、大袈裟にびっくりしてみせた。
 すると男は調子が出てきたようで、次から次へとぼくたちに写真を見せてきた。
だがそれらは、男が化粧をして女形に化けている気持ちの悪い写真ばかりであった。なぜ初めて会ったぼくたちがそんな写真を見なければならないのか理解に苦しんだ。
 それにしても正利は、よくこんな気持ちの悪い正体不明の50歳過ぎの男と寝食を共にしていたものだと改めて驚く。しばらくすると、男は紙切れを出してきた。また何か昔の思い出話の材料に使うのかと思ったら、どうも違うらしい。手に取ってみると何やら金額が書いてある。いついつどこで下着を購入、といった内容のものが4、5か所記入されていた。そして、男はこう言った。
「だから、30万円払ってくれ」
 それはいわゆるぼくたちへの請求書であった。しかし鉛筆で書かれているし、購入したものをどう足しても30万円には程遠い。
「これ、どうして30万円もぼくたちが支払わなければならないんですか?」
 恐る恐る男の表情を盗み見ながらぼくは訊ねた。
 男の表情は相変わらず穏やかなものだった。女装の写真を見せているときと何ら変わらない。なんだ、たちの悪い冗談か、とぼくがホッとしかけたとき、
「てめぇ、ふざけてんのか!」
 と、それまで隣で黙ってタバコを吸っていたラーメン屋のおやじが、いきなりやくざまがいの乱暴な大声を出してきた。 (■つづく)

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