« だいじょぶよ・神山眞/第64回 正利の部屋の主? | トップページ | 鎌田慧の現代を斬る/殺して、壊して、カネ儲け。ブッシュのあくどいやり方 »

だいじょぶよ・神山眞/第65回 1ヶ月半ぶりの再会

■月刊「記録」2005年2月号掲載記事

*          *           *

  「あそこだよ」
 田辺は指をさした。正利の働いているラーメン屋は、アパートから歩いて5分ほどのところにあった。
  「あぁ、ここですかぁ。いやぁ、ここならぼくも何度か前を通った! 知ってますよ」
 明るくハキハキと少し大げさにぼくは答えた。何も田辺という、正利と同居しているこの中年男に媚びを売ったわけではない。ただ、ただ、嬉しさを堪えきれなかったのである。
 正利と会うことに関しては、ぼくなりにさまざまな葛藤があった。不安や迷いもあった。それなのに全てが吹き飛んでしまっている。今この瞬間、「ただ、ただ、正利に会えることが嬉しい!」そんな気持ちになっている。しかし店に入った瞬間、そんな気持ちはすぐにいつもの不安へと変わっていった。
  「いらっしゃい」
 五十歳代半ばくらいの元気のいい夫婦が、威勢のいい声をかけてきた。元気の良さ、その声のトーン、たたずまいからして2人はいかにも商売人という雰囲気を漂わせている。そしてその2人のうしろに、場違いなくらいこの店の雰囲気から浮いている男がボーっと立っていた。正利であった。
 およそ1ヶ月半ぶりの対面。ついにぼくは正利に会えたのだ。ぼくの苦労は今ここで終わるはずであった。心労により食欲は落ち、体調不良、だるすぎる体、抜け落ちる髪の毛、すべてがこの瞬間に清算されるはずであった。正利が無事であったことにホッとし、お互いに懐かしさに歩み寄り、少し照れながら言葉を掛け合い。そして以前のように2人で仲良く暮らす……。
 しかし、そんな青写真を描くことはできそうになかった。

■おまえはぼくを憎んでいるのか?

 ラーメン屋にボーっと立つ場違いなその男、正利は、ぼくを見てもニコリともしないのであった。
  「よう、正利、元気そうじゃないか。ここで働いていたのか、頑張ってるな」
 仕方なくぼくから明るく声をかけても、ボソボソと口の中だけで「ああ」と答えるだけである。
 正利は答える瞬間、チラリとぼくを見た。たしかにこちらを見た。ぼくが迎えに来ていることはわかっているはずである。
 だが、あいつは何も言わなかった。「あっ! せんせ、おれここではたらいているのよ!」とも、「せんせ、まってたのよ。おれ、もうはたらきたくないのよ」とも言わなかった。ただ暗い目をして「ああ」と呟いただけだ。
 そりゃ、あいつを殴ったのはぼくだ。おまえは殴られて出て行った。けれど、もうだいぶ昔の話じゃないか。なぜだ、おまえはぼくを許してくれていないのか? ぼくのことをまさか憎んでいるのか? 喧嘩したって、怒鳴り合ったって、ぼくたちはいつも仲良くやってきたじゃないか。
 そうこうしているうちに注文した味噌ラーメンができあがった。ラーメンづくりにおける正利の役割は、あらかじめ刻んであるネギをドンブリの中に入れるだけであった。
 ぼくはその無造作な動作から、正利の気持ちを読んでみようと試みたが無理であった。怒っているのか、淋しい気持ちでいるのか、会いたかったのか、何一つさっぱりわからない。いずれにしても、突然、ぼくが店にあらわれたことには驚いているのだろう。だがそれ以外は、何一つわからない。
  「いやぁ、おいしいですねぇ、このラーメン! なあ! 正利!」
 こんな具合に何かにつけてぼくは正利とコミュニケーションを取ろうとした。だが、正利の態度ときたら、そのたびにこちらをチラリと一瞥するのみで愛想のカケラもない。
 そのあまりのつれない態度に、ぼくはいよいよ絶望的な気持ちになってきた。正利の愛想のなさが、ぼくに対する最終宣告のように思われてきたのだった。
 もう無理だ、無理なのかもしれない……。
 そう思って食べるラーメンの味は実に味気なく、砂を噛むようであった。
 しかしこの店は、雑誌やテレビで紹介されたことがあるらしく、やれうちの店は何の雑誌に載っただの、テレビのラーメン百選に選ばれただのと、店のだんなが自慢げに話かけてきている。
  「へぇー、そうですか」「すごい」「どおりで美味しいはずだ」
 などと適当に相づちを打っていたが、ぼくはもう限界に近づいていた。
 正利と2人きりになりたかった。
 2人きりになって、この1ヶ月半のことを聞いてみたかった。
 どこで何をし、どこで誰と会い、その時々で何を思い、何を感じてきたのか、を。  (■つづく)

|

« だいじょぶよ・神山眞/第64回 正利の部屋の主? | トップページ | 鎌田慧の現代を斬る/殺して、壊して、カネ儲け。ブッシュのあくどいやり方 »

だいじょうぶよ-パートナーは知的障害者!?-/神山 眞」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/389724/7295511

この記事へのトラックバック一覧です: だいじょぶよ・神山眞/第65回 1ヶ月半ぶりの再会:

» ハーベイズブートキャンプ [ハーベイズブートキャンプ]
ハーベイズブートキャンプ [続きを読む]

受信: 2007年7月28日 (土) 09時05分

« だいじょぶよ・神山眞/第64回 正利の部屋の主? | トップページ | 鎌田慧の現代を斬る/殺して、壊して、カネ儲け。ブッシュのあくどいやり方 »