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だいじょぶよ・神山眞/第64回 正利の部屋の主?

■月刊「記録」2005年1月号掲載記事

*           *            *

 正利の帰りを車の中で待っていたぼくは、なにげなく近づいた窓のカーテン越しに、誰もいないはずの部屋の中に、小さな明かりがついているのを見つけたのだ。
 咄嗟に電気のメーターをみると動いている。
 中に人がいる!?
 それは、ひょっとして正利か!?
 はやる気持ちを抑えて、ぼくはドアをノックしたのだった。

■わかりやすい顔をした男

 ガチャ、という音とともにドアが開いた。
 ドアノブをつかむ手が隙間からのぞいた。
 太く節くれ立った年季の入ったその手は、明らかに正利のものとは違っていた。
 やはり人違いだったのか? ひょっとして、もう正利はここに住んではいないのか?
「あのう、こちらに里見正利さんは、いらっしゃいますか?」
 おそるおそる聞いてみたが、すぐに返事はない。
 こいつは酒焼けした男たちの出入りするボロアパートに住む住人だ。まともに答えてくれるはずもないか……。
 そう諦めかけた頃、ふいに男の声がした。
「あー、いるよ、今、働きに行ってる」
 無愛想だが、ハッキリした声でドアの向こうの主は返事をした。
「えっ! 本当ですか? 嬉しいなぁ、やっぱりあいつここにいたんですか!」
 とたんにぼくのなかで、何か溶けていくのがわかった。胸のつかえがスッと取れた。いや、つかえどころじゃない。体中、あちこちにつかえていた、溜まっていたモヤモヤとした厚い雲が、太陽の陽射しにかき分けられて、あっという間に消えてしまった、そんな気がした。
「いるけど、あんた誰?」
 いつの間にか、ドアは半分以上開けられ、部屋の主である男が顔を出していた。
 背丈は160㎝くらい、中肉中背よりも少しずんぐりむっくりした感じか。年齢は60歳くらいにはなっているだろうか…。
 いつものぼくなら、このあたりから初対面の相手を知ろうとして、あれこれ詮索を始めるのだが、この男にその必要はなかった。
 職業、暮らし向き、収入から家族構成まで、すべてが手に取るようにわかる男だったからだ。
 おそらく仕事はしていない。家族もいない。昼まで寝て、夜になると安い酒を飲み、酔いが回ると何か月も干していないような布団にくるまり眠る。たまに年金やら日銭が入り、行くところといえば競馬かパチンコ。そういったことが全身に現れている、わかりやすい顔をした男であった。
 しかし一方では、そんな男が正利と寝食を共にしていることに違和感を覚えた。
 こんな男が……正利とどうして……。

■妙にスムーズに進む会話

 だが、ぼくは考えを振り払った。そんなことを考えている場合ではない。正利に会える千載一遇のチャンスを得たのだから。
「突然訪ねてきて申し訳ありません。私、神山と申します。正利くんの施設時代の担当の指導員でした。今、ちょっと前までは、一緒に世田谷のアパートに住んでいました」
「あーあー、あんたか、話は聞いてたよ。あいつを迎えに来たんだろう? 仕事に出ちまってるからさ、よかったら仕事場まで案内してやるよ」
 ぼくは少し拍子抜けした。
 なんだか話がスムーズに進みすぎるのだ。
 普通、この手の話は、もうちょっとややこしくなるはずだった。例えば、この男が金欲しさに難癖をつけてくるとかだ。
 なぜならば、何の目的=いわば見返りもなく、他人が正利みたいな奴を何日も囲っておく理由などないはずだったからだ。
 それなのに、この男には、そういった物欲しそうなところや言いがかりをつけてきそうな気配が、まるで感じられない。
 それどころか「今すぐ案内してやるよ」とまで言うではないか……。
 ぼくは相手のこの一言で、すっかりこの男を信用してしまった。
 名前は、本当かどうかはわからないが、田辺というらしい。
「うわあ、本当にありがとうございます。助かります。では、このあとすぐに正利に会えるんですね?」
 ぼくは急かす口調で男に聞いた。 (■つづく)

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