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だいじょぶよ・神山眞/第63回 砂利道の奥のボロアパート

■月刊「記録」2004年12月号掲載記事

*          *           *

「ちょっとだけ仕事先に顔を出してくる」と言い残し、正利のお姉さんは、さっさと車から降りていってしまった。
 この調子では、夜までに、本当に戻ってきてくれるかどうかも怪しいものだった。
 実の姉からも心配されない正利は、もしかしたら誰からも必要とされていない存在なのではないか。
 そう思うと、なんとしてでも、ぼくがあいつを待たなければいけない、という義務感のようなものに駆られた。

■背中を丸め、酒やけした男たち

 アパートの見える位置に車を停め、車の中から様子をうかがった。
 雨が降ったりやんだりと、一向に天気ははっきりしない。
 そんな天気が、ぼくの心をいっそう不安定にさせた。 ボロボロの木造アパート。その一階の一番奥が正利が住んでいると思われる部屋だ。
 カーテンは閉まっていて、明かりもついていない。
 どうやら正利は、まだ戻っていないようだ。
 となると、ラーメン屋で働いている時間、ということだろうか。
 ラーメン屋を探してみようか、という考えも一瞬よぎったが、やはり、ここを動くのは得策ではないと判断した。
 何時になろうが、正利が帰ってくるまで、ここで待っていよう。
 それにしても、このアパートは、見れば見るほどボロボロだった。
 雨漏りでもするのではと、思うほど、木材が腐りかけている。だが、改めて周囲を見回してみると、このあたりには、そんなボロアパートが何件もあるのだ。しかも、昼間だというのに、人の出入りがかなり多い。酒やけしたシワシワの顔の中年男たちが行き来している姿が、先ほどから何度か見える。
「あいつら、働いていないのだろうか?」
 アパートの前は舗装していない砂利道だった。砂利の音をさせながら、背中を丸めぎみに歩く男たちの姿を、ぼくは車の中から、ぼんやりと眺めた。

■痛いほどわかる正利の気持ち
 
 1時間が経った。
 もちろん正利は戻って来ない。
 もしかしたら、正利はもうここには住んでいないのではないだろうか?
 不安がかすめた。しかし、すぐにぼくは思い直す。
 いや、いるはずだ。必ずいる。
 なぜならば、ここは正利にお似合いの場所だからだ。 薄汚いアパートも、舗装されていない砂利道も。
 うっとうしい霧雨、車の中にいても足のほうから外気が伝わり、底冷えが上がってくる。
 こんな場所だからこそ、正利はいる。
 こんなところに正利という人間は、なぜか吸い寄せられてしまうのだ。
 家族の笑い声が漏れてくるような家、好もうが好むまいが、そんなところはどこも、正利にはふさわしくないのだ。
 ぼくには、よくそれがわかる。
 そして、このアパートの前にいると、正利がどうして、どのようにして、どんな気持ちで、ここまでたどり着いたのかまでが、わかるような気がした。
 ぼくには、正利の気持ちがわかる。
 理解できる、というのとはワケがちがう。
 今回の家出の件にしたって、たとえまた出会えても、理解を示し、寛容な気持ちで迎え入れるという感じではないのだ。
 でも、わかる。正利のつねに満たされない気持ち、寂しさ、欲求不満、わがまま、それらのものがすべて入り混じった、あいつの混沌とした気持ちが、ぼくには痛いほど感じ取られる。
 満たされない。どこにいても寂しい。誰といても寂しい。何をしても満ちることのない心。そんなものをお互いに持ち合わせていたのが、ぼくと正利ではなかっただろうか。
 車の中でじっとしているのが辛くなり、ぼくはドアを開けて外に出た。
 砂利道の音を立てながら、正利の住んでいるはずの部屋の前まで行ってみる。
 部屋の中を、もう一度カーテン越しにのぞいてみる。 すると……
 小さな明かりがついていた。
 咄嗟に電気のメーターをみると動いている。
 中に人がいる。
 もしかすると、中に人がいる。
 それは、ひょっとして正利?
 はやる気持ちを抑えて、ぼくはドアを叩いた。 (■つづく)

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