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だいじょぶよ・神山眞/第62回 正利のアパートへ

■月刊「記録」2004年11月号掲載記事

*          *            *

 もう考えることをやめようと思った。
 しかし、考えることをやめようと思えば思うほど、ぼくは過去を振り返ってしまう。
 正利のために……
(なぜこんな生活を、意識してかしなくてかはわからないが、こんなに何年も続けてきてしまったのだろう……)
(それによってぼくは何を得た?)
(得たどころか……)
(正利には逃げられてしまった!)
(正利から連絡はない)
(正利は帰るつもりもない)
(正利は新しい人生を歩もうとしている……)
 気がつけば、ぼくはいつもの堂々巡りに陥っていた。 しかしこんなことは正利との生活が始まる前に考えておくべきことだったのだ。整理がつかない気持ちのまま、車はぼくを乗せ、無情にも目的地に着いた。
 そこでぼくは正利のお姉さんと待ち合わせをしていたのだ。正利探しのためにだ。
 しばらくすると、ハッチバックの少し小さめの車に乗ってお姉さんは現れた。

■なぜぼくのほうが謝ってしまうのか

 僕の車の後部座席にお姉さんには乗ってもらった。
 ミラー越しに映るお姉さんの服装は人探しには似つかわしくない少し派手な感じのものだった。
 髪型もしっかり整え、化粧もしっかりしている。悩み疲れ、着るものや髪型をまるで気にすることがなくなってしまった僕とは大違いであった。
 挨拶もそこそこにぼくは、正利が住んでいると思われるアパートへ向けて車を発進させた。すると途中でお姉さんはコンビニに寄ってほしいという。適当に近くのコンビニを探し、路上駐車してお姉さんが買い物しているのを待つ。すぐに戻ってきたお姉さんは車に乗り込むと、さっそく買い物袋からごそごそとお菓子やジュースを取り出した。
 そのマイペースぶりは、羨ましくも腹立たしくもあった。お姉さんはいつも礼儀正しくぼくに接してくれる。しかし、いつもぼくはかすかな苛立ちのようなものを彼女に感じてしまう。それにいつも正利に何かが起こり、彼女に会うたびにぼくは言ってしまうのだ。
「いやー、すいません。こんなことになってしまって、本当にすみません」と。
 でも考えてみればおかしいじゃないか。なぜぼくが謝らなければならないのだ? お姉さんから養育費をもらっているわけでもない。お姉さんに「いつも正利の面倒をみてくださって本当にありがとうございます」と礼を言われたこともない。菓子折の一つとしてもらったためしもないのだ。
 それなのに、何も問題が起きずにうまくいっているときには、ただ連絡がなくなるだけで、何か事が起きるたびに、お姉さんのほうがいかにも迷惑を被ったという立場で現れる。
 まったくもってばかばかしい。

■正利とぼくは同じものかもしれない

 ぼくにすすめもせずに隣でむしゃむしゃとお菓子を食べ続けるお姉さん。ぼくは半分呆れ、半分は気を利かせ、半分は皮肉で言った。
「そうですよねぇ。今日はいったい何時に正利が帰ってくるかわからないですもんねぇ。下手したら夜中ってこともあり得ますからね。そういうお菓子みたいなものって、結構、必需品かもしれませんね」
 するとお姉さんはきょとんとした顔で、
「あっ、そうなんですかぁ?」
 と聞き返してきた。
「そりゃあそうですよ。だって、本当にラーメン屋で働いているとしたら、帰ってくるのは深夜になったって、ちっとも不思議じゃありませんよ」
「そうですよね…。そうしたら私、ちょっとだけ仕事に出てきてもいいですか?」
「はぁー!?」
 驚いた。そして呆れた。1ヶ月以上も行方知れずで、捜索願さえ出していた弟にまさに会えるというそのときに、このお姉さんときたら……。
 やっぱり頼りになんかしてはいけない人なんだ。この姉は正利のことを心配などしていないのかもしれない。実の姉からも心配されない正利は、もしかしたら誰からも必要とされていない存在なのではないだろうか。
 そう思った。するとなんだか、ぼく自身も同じようなものなのでは? という、とてつもない不安に突然、襲われた。
 ぼくも正利もひどく孤独で宙ぶらりんな存在で、現実からひどく遠ざかってしまった存在なのではないか。
「でしたら、いいですよ。仕事に行ってきてください。正利が帰ってくるまで、ぼくがずっといますから」
 呟くように固い声で答えている自分がいた。 (■つづく)

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