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だいじょうぶよ・神山眞/第61回 決定的な事実

■月刊「記録」2004年10月号掲載記事

*           *           *

■住民票を移したいあいつ

 今後、日焼けサロンをどうするか。
 改めてこの問題に立ち向かい、ぼくは正利との生活を思い返していた。
 ――あいつがタオルを畳み、あいつがタオルを運んでくる。一日中へとへとに働き、疲れて部屋に戻るとあいつがゲームをしている……。
 それらの情景を抜きにして日焼けサロンを続けることはぼくには無理であり、無意味であった。店を続けるべきか、閉めるべきか、あいつの不在は店の存続に直接かかわることなのだ。
 こうして店を続けるべきか閉めるべきかを考え始めた矢先、区役所から電話が入った。
  「そちらにお住まいの里美さんから、住民票を転出先に移動したいとの旨の手紙が届いておりますが、申し訳ありませんが、転出先の住所がはっきりと読み取れなくて、お送りすることができません。里美さんご本人に、直接こちらにおいでいただきたいとお伝え願いたいのですが」
 正利はやはりいたのだ。
 当たり前だが、正利がこの世のどこかで元気に暮らしているという久しぶりの実感にぼくはうち震えた。
 しかし、今まで一緒に住んでいたこの場所から離れようとしてもいるのだった。
 なぜ? ぼくの頭の中はクエスチョンマークで一杯になった。
 なぜだ。やはり嫌だったのだろうか。ぼくとの共同生活は耐え難いものだったのか?
 いや、そんなことはもはやどうでもよかった。会えるのだ。これであいつが見つかる。あいつにまた会えるのだ。あいつの気持ちは会ってから確認すればいいだけなのだから。
 俄然元気が出たぼくは、区役所から聞いた消印にあった住所のメモを握りしめて立ち上がった。
 車に乗ると不安がよぎった。消印はやはり、先日訪れたあの町のものだった。
 あそこに確かに正利はいたのだ。だが、いざ会えるとなると、会えるという喜びよりこれからのことを考えてしまう。
 正利について、現在わかっていることは、
1.ラーメン屋で働いている
2.ラーメン屋の近くのアパートに住んでいる
3.どうやら住民票を移したがっている
 という3点だった。
 どうしてラーメン屋なのか、とか、どうやってアパートを借りることができたのだろう? とか、不思議なことはたくさんあったが、それらはなぜかあまり気にならなかった。
 それよりも正利が住民票を移したがっているという事実を突きつけられたことが、ぼくを不安にさせていた。 正利は本格的に新しい場所に腰を落ち着けようとしているのだろうか。ぼくのことを思い出して、ぼくのことが懐かしくなり、ぼくの元へ戻ってきたいとは思わないのだろうか。
 そんなことばかりが頭の中をグルグルと回り、正利に会いたいと思う反面、会ってしまえば決定的な事実を突きつけられるような気がして怖くさえなってくる。
 だが、こんな日に限って車は、渋滞にもはまらずスイスイと確実に正利のいる場所へと近づいていく。
 それなのに、まるでぼくの頭は整理がつかずにいる。 会いたい。確かにぼくは正利に会いたい。
 しかし、正利はそうじゃない。
 だってぼくから離れようとしているじゃないか。

■すべてが正利のためだった

 考えれば考えるほど、この事実は重大なことのように思われてきた。
 ぼくから逃げていった人間に会ってどうするというのだ。
 ぼくから逃げていった人間に会って何を言えばいいのだ。
 だいたいにおいて振り返ってみると、ぼくは正利のためにばかり動いてきた。
 ぼくは正利のために施設を辞めた(=安定した職を失ったのだ)
 正利のために日焼けサロンを作った(=すべての資財を注ぎ込んで借金ができたのだ)
 そして正利のために朝から晩まで働きづめに働いた(=まさに寝る暇もないほどに!)
 正利といたくて、いつでもどこにでも一緒にいた。
 気がつけば何もかもが「正利のため」だった。
 もちろんそんなことをいちいち考えながら生活してきたわけではない。こうやって車を走らせ、正利に一歩一歩近づいている状況が、ぼくに正利の存在について改めて考えさせる機会を与え、単にぼくを感傷的で内省的にさせているだけかもしれないのだが。 (■つづく)

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