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ホームレス自らを語る/年季の入った酒飲みだよ・大木善郎さん(61歳)

月刊「記録」1999年11月号掲載記事

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■岩内大火で家が丸焼けになった

 生まれたのは北海道の岩内って町。1938年6月2日が誕生日。岩内は海辺の小さな町で、漁業をしている人が多かった。オレのオヤジも漁船に乗っていて副船長をしていた。イカとか、マグロ、タイ、それにハッカクっていう顔はまずいが味はうまい魚があって、そんなのを獲っていたようだ。オフクロも港の魚市場で働いていた。だから、オレの小さい時分の暮らし向きは悪くなかったと思う。
 小学校に入って、すぐに町が大火事になった。「岩内大火」っていう大火事。そりゃあすごい火事だったよ。ちょうど台風も来ていたから、その風にあおられてゴーゴーと燃え盛ってね。町の半分、いや、三分の二以上が焼けちゃったんだから。
 オレも家族と一緒に町の裏手にある山の中に逃げ込んでいた。オレのうちも焼けて丸焼けだった。焼けたのは海沿いの低地にあった家ばかりで、焼け残った三分の一は山沿いの高台にある金持ちの家ばかりだった。皮肉なもんだよね。
 それでオレたち一家は、焼け残っていた漁業組合長の家の庭にテントを張って、その中で半年間くらい暮らした。狭いテントに家族がギューギュー詰めで暮らしたんだよ。まあ、うちだけじゃなくて、焼け出された家はみんなそうやって空き地を見つけてテント生活をしていたからね。
 そのころはボランティアだとか、義援金のカンパなんてなかっただろう。戦後の食糧難と重なって、食べるものがなくて困った。組合長がどこかからもらってきた米を分けてくれたり、オヤジやオフクロが百姓をしている家に買い出しに行くとかして食いつないだ。三食まともに米を食った記憶がない。とにかくひもじかった。魚だけはいっぱいあったけどね。
 半年後に家ができた。家といったって、元の敷地にバラックの小屋を建てただけのものだけどね。いまとちがって保険になんか入っていないし、大工の手間賃も払えないだろう。オヤジたちがみんなで協力して、順番にバラックの小屋を建てていったわけさ。その小屋のような家で正月を3回迎えたのを覚えているよ。

■中学校には行かずに働いた

 それからちゃんとした家を建てたけど、その借金とかが残ったんだろうね。うちはずっと貧乏だった。だから、オレも小学校を出ると、すぐに働き始めた。魚市場で籠に入った魚を台車に積んで、市場の中を引っ張り回して運ぶのが仕事さ。家が貧乏だから、中学校なんて行ってられなかったんだよ。兄貴もそうしていたし、周りの友達にもそんなのがいっぱいいたからね。
 酒を飲み始めたのは、そのころからだよ。だから、オレの酒飲みには年季が入っているんだ。中学生のときから飲んでるからね。酒といったって焼酎だよ。宝焼酎。隠れてなんか飲まないよ。家族みんなで飲むんだ。うちはみんな大酒飲みでね。まあ、そのころの海で働くとうちゃんやかあちゃんたちは、みんなよく飲んだからね。夜中に酒がなくなると「善郎、酒を買ってこい」って、末っ子のオレがよく買いに行かされたよ。(取材中も、大木さんは焼酎をあおりながらであった)
 20歳になって、オレも漁船に乗って漁をするようになった。20歳といえば、兄貴がそれを祝って女を買いに連れて行ってくれてね。小料理屋のようなところの二階の部屋で、その店の仲居が相手だった。女と寝るのは初めてだろう。やり方がわからなくて、上に乗っかるのも知らなかった。それで仲居に教わりながらしたんだ。いや、よかった。最高に気持ちよかった。
 漁船には1年くらいしか乗ってなかった。21歳のときには東京へ出てきちゃったからね。何でかって? オヤジもオフクロも、兄貴までもが死んじゃったんだ。3人が一緒じゃないよ。病気で次々に死んでいったんだ。ろくなものも食わないで酒ばかり飲んでたら病気にもなるよ。もっと詳しく話してくれ? 何で? これ以上しつこいと、話すのをやめるよ。(森さんは両目を潤ませて、しばらく話すのをやめた)

■かせいだ金は酒と女に消えた

 21歳で東京に出てきてからは、いろんな仕事をした。いろいろといっても、ほとんどが飯場に入って建築関係の仕事だったけどね。4年前にホームレスになるまで、ずっとそんな生活を続けてきた。結婚? できるわけないだろう。兄貴だって嫁さんももらわないで死んじゃったのに、オレだけが嫁さんをもらうわけにはいかないよ。
 かせいだ金はみんな酒で飲んじゃったよ。それと女だな。酒と女遊びに使っちゃった。酒は毎晩、毎晩一升くらいの焼酎を飲んでいたからね。どうかすると朝の四時くらいまで飲んで、そのまま水風呂に飛び込んで酒のにおいを消して現場に行くなんてこともした。そんなことをしても、においなんて消えやしないけどね。
 女遊びのほうは千葉の栄町にあったトルコ風呂に通った。1回遊ぶのに1万2000円くらい取られたから、3ヵ月に1回くらいしか行けなかったけどね。それで我慢できなくなると、立ちんぼを買うんだ。チョンの間だと3500円。チョンの間なんて、わかる?
 ホームレスになったのは4年前からだね。毎朝、酒のにおいをさせて仕事に行くだろう。そうすると、係の人から「森さん、今日は仕事を休んでよ」って言われるんだ。絶対に「辞めろ」とはいわない。向こうから「辞めろ」と言い出すと、解雇手当とかの金を払わなくちゃならなくなるだろ。だから「休め」って言って働かせてくれない。オレたちは日雇いだから、休んだらその日の金はもらえない。そんなのが3日も続いたら、金なんてなくなっちゃうしさ。それでホームレスになったんだ。
 昔は二日酔いぐらい平気で働かせてくれたんだよ。人手が足りなかったからね。いまはうるさい。ちょっとでも酒のにおいがすると、働かせてもらえないからね。日当も下がった。いいころは1日1万円くれたのが、いまじゃ6000円くらいにしかならなくて、そこから食事代が1200円も引かれちゃうんだ。いくらもかせげない時代になっちゃったね。
 いまはオレも60歳を超えてるから、新宿区役所が世話をしてくれる仕事をしているよ。週2日だけどね。ゴミの清掃車を洗ったり、ビルの中を片づけたりする簡単で安全な仕事。1日で7000円もらえる。そこから昼飯の弁当代を引かれるから、実際にもらえるのは6400円だけどね。それでこうやって焼酎が飲めるってわけさ。
 だけど、役所の仕事も酒に酔っていくといけないんだね。係の人から「森さん、酔って来たらまずいよ」っていわれて、週2日あった仕事もいまは一日に減らされちゃったよ。
 ホームレスなんかしていると、人間がなまくらになっていけないね。酒を飲むのは楽しいさ。いやいや飲んだってしょうがないよ。よかったころ、楽しかったころのことを思い出しながら飲むんだ。あのころは、とうちゃんもかあちゃんもみんな元気で楽しかったとかね。飯場にいたころだって、楽しかったこと、よかったころはあるんだ。そういうのを思い出しながら飲むんだよ。いいもんだよ。いまだって、金さえあれば焼酎の一升くらい平気で飲めるからね。
 あと4年。あと4年で生保(生活保護)が受けられるから、それまで何とか頑張りたい。あと4年だよ。

※取材後調べたところ、岩内大火があったのは一九五四年。大木さんが大火に遭遇しているのは事実のようだが、「小学校に入ってすぐ」というのは、本人の記憶違いか、あるいは多少の脚色がなされているのかもしれない。  (■了)

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