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だいじょうぶよ・神山眞/第60回 あいつがいなくちゃ始まらない

■月刊「記録」2004年9月号掲載記事

*          *           *

  「あの…、この子を知りませんか?」
 見知らぬ町の一杯飲み屋で、テレビの競馬中継を前に、昼間から赤ら顔で座っていた男におずおずと尋ねるてみると、誰も彼もがみんな暇を持て余していたのか、いつのまにかぼくの周りには人垣ができていた。
 差し出した正利の写真をのぞき込み、なんだかみんながずいぶん親切にしてくれる。ためつすがめつ写真を眺めては、この子がいったいどうしたんだの、友達なのかだのと聞いてくる。
  「あぁ、見かけたねぇ、あそこの簡易宿に泊まってるよ」と、そのうちの一人が言い出した。

■北海道のおじさんと一緒に

 それはこの店の通りと同じ通り沿いにある、一軒の簡易宿泊所だった。
 取り急ぎ、宿の名前を教えてもらい、飲み屋を飛び出してはみたものの、歩き始めて改めて、通り沿いに並ぶ簡易宿泊所の多さに驚かされた。
 どの宿も1泊2,000円程度の値段で実に安い。外観からしてボロアパート風なので、まぁ、そのくらいが相場だろうとは思ったが、いったいどんな人たちが泊まっているのかと考えると、ぼくには、あまり想像ができなかった。
 教えられた宿に着き、フロントを探すが、当然ホテルのようなフロントはなく、玄関に小さな窓があるだけだ。窓をトントンと叩くと、テレビを見ていた60歳くらいのおばあさんが、振り向きざまに小窓を開けた。
  「あのう、この宿に、この子が泊まっているらしいんですが…」
 ぼくが簡単に事情を説明して写真を見せると、おばあさんは一瞥するなり、迷いもなくきっぱりとこう言った。
  「数日前までは泊まってたよ。北海道から来たおじさんと一緒にね」
 ぼくは混乱した。
 北海道? おじさん? それらはいったい誰だろう? あいつには身内は「お姉ちゃん」しかいなかったはずだ。何かやっかいなことにでも巻き込まれていなければいいが…。
 めまぐるしく考えを巡らすいっぽうで、それでも正利の生存が確認できたことが、ぼくには嬉しかった。
 大袈裟かもしれないが、ぼくはこのとき、心の中でこう叫んでいた。
  「生きている! あいつは生きているんだ!」
            *
  「なんだかねぇ、ラーメン屋で働いてるらしいわよ」
 と、おばあさんは言った。
 そうか、あいつは今、ラーメン屋で働いているのか! それは本当によかったと、ぼくは心の底から思った。 だが、それは正利のことを思っての喜びではなかった。単に自分が会いたいと思っている、あいつとの接点ができたことへの喜びだった。
 よかった! 会える! これでぼくはあいつに会える! 待ってろよ正利、もうすぐ行くからな! と、ぼくは思っていた。
 そうして、ぼくは近くのラーメン屋を片っ端から当たってみることにした。

■カップ焼きそばさえ作れないのに

 それにしても…。ラーメン屋。
 ラーメン屋だって?
 冷静に考えてみると驚くことだった。
 ぼくにはどうにもこうにも、ラーメン屋で働く正利が想像できないのだった。
 カップ麺の焼きそばを作るときでさえ、お湯を流すことを理解できず、いつでもベチャベチャのまま食べていたあの正利が? なんでラーメン屋?
 やはり、他人の噂などアテにならないのではないかと、ぼくは思った。しかし、他に探す方法もなかった。そもそもたった1人で車を流し、中国系住民が多いこの町で、ラーメン屋を全部まわることなど、端から無理なのではないか!?
 とりあえず一度、家に戻ろうとぼくは決意した。
 こうなったら時間をかけるしかないのだとぼくは考えることにした。
 日焼けサロンはこのところ、従業員に任せっぱなしになっていた。何となく最近は客足も落ちてきているという、気になる報告も携帯電話に受けている。
 とはいえ、気にしても仕方がなかった。もうここまで来たら、たとえ店が潰れてしまったとしても、あいつを探し出すことのほうを優先したかった。店のスタッフには、全員にその旨を伝えておいた。
  「思うんだけどさ、その店って、あいつのために作ったようなもんじゃない? だからあいつがいないんだったら、店なんかあっても意味ないと思えるんだよねぇ」 雇われている者の不安を煽るような、あまりにもヒドイ愚痴ではあったが、そのとき、ぼくは本気で言っていた。 (■つづく)

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