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だいじょうぶよ・神山眞/第59回 あいつがいなくちゃ世界は始まらない

■月刊「記録」2004年8月号掲載記事

*            *            *

 なぜこんなにも、ぼくは正利を追い求めているのだろうか。
 正利がいなくなってから、必然的に1人でいることが多くなったぼくは、そんなことばかり考えるようになった。

■失ったものはもっと大きなもの

 嘘はつく、約束は守らない、人に合わせない、仕事が長続きしない、金は盗む、怠け者…。何一つとしていいところなんて、まるでない。それなのに、ぼくはあいつのことばかり考えてしまうのだ。
 あいつを探し出さないかぎり世界は始まらない。
 いつの間にかぼくは、そのくらい極端なことを考えるようになっていた。同時に正利以外の事柄に対し、ぼくの関心は急速に薄れていった。
 何もかもに嫌気がさし、大学時代の友達、前の職場の同僚・友達、親戚、誰とも連絡を取らなくなった。連絡を取らないどころか、誘いがあっても避けるようにさえなった。
 なぜなら、ほとんど誰もが「家族」というものを構成していたからだ。そんな彼らとのつき合いは、もともとぼくにとっては苦痛でしかなかった。
 彼らは誰もが見事なまでに父親の役割を果たしていたり、夫の役割を果たしていたり、妻の役割を果たしていたりした。
 それに引き換え、ぼくは何の役割も果たせぬまま、ただ、ただ年をとってしまった人間だった。自由気ままでいいや、なんて思って四畳半の狭く汚い部屋で正利とプロレスごっこをしていることに満足していた。
 そしてある日、友達の家に行ってみると、そいつの家には庭がついていて、部屋は何個もあり、おまけに奥さんや子供までいた。昔と同じようにプロレスの話なんかして楽しそうにしてみたけれど、きっとそう楽しくはなかったはずだ。“お前はいつまでもお気楽でいいよな”なんて思われていたかもしれない。ぼくのほうだって本当は心から楽しめはしなかった。
 そうして、ぼくは足りない何かを埋めるようにして、正利に没頭していったのだ。
 だから正利を失ったとき、ふと我に返ると、失ったものは正利ではなく、別のもっと大きなものだという気がした。
 いまさら、もう振り出しには戻れない、でもみんなと同じスタートラインには、到底、到達できそうにもない……。

■万策尽きたかに思われた、そのとき

 そんな絶望的なまでの世間との厚い壁に、ぼくは気づきかけていたのだ。
 正利が帰ってきたらそれはそれで最高に嬉しいけれど、また元の生活に戻ってしまっていいのだろうか。友達や昔の同僚たちが、妻を娶り、家を建て、子供を育てているときに、ぼくはふたたび元の生活に戻ってしまっていいのだろうか。
 正利が戻れば、ぼくも必ず昔の生活に戻ってしまうことなど一目瞭然だった。
 だから、これでいいのか、探し出すことは決して自分のプラスにはならないのではないか、という葛藤でぼくの心のなかは一杯だった。
 しかしそれでもぼくは、やはり正利を探し始めてしまうのだった。お姉さんに懇願し、一緒に警察まで来てもらい、捜索願いを出した。身内の者が来たことによって、ようやく捜索願いを出すことには成功したが、事件性がないということで、警察は積極的に動いてはくれなさそうだった。
 もはや万策尽きたかのように思われた。
 あいつがいなくなってから、はや1ヶ月。結局、ぼくは何の手がかりも見つけ出すことができなかったのだ。 だが、ぼくと正利は、まだ、ぎりぎりのところでつながっていたのだった。
 これで終わりにも思えた正利とのつながりは、細い一本の糸を頼りに結ばれていたのだった。
 ある日、施設にいた頃の教え子の1人から、「正利を見た」という情報が入ってきたのだ。
 なんでも正利は荷物を抱えて、中年の男と一緒に街を歩いていたという。
 そこで、ぼくはさっそく正利の写真を探し出し、ポケットに忍ばせて、正利が中年男と歩いていたという街に出かけていったのだった。
 そこは、昼間だというのに立ち飲み屋で酒をあおり、赤ら顔でフラフラと歩く人がたくさんいる街だった。
 一杯飲み屋をのぞくと必ずテレビがあり、競馬中継が流れている。テレビには人が群がり、1レースごとに一喜一憂し、昼間だというのに誰一人として働いている気配はない。
 こんな町に本当にあいつはいるのか?
 少し不安になったが、勇気を出して人の輪に入り、ぼくは写真をおそるおそる取り出した。 (■つづく)

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