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ホームレス自らを語る/ヤンカラが飲めるんなら何でもする・森本宗治さん(56歳)

■月刊「記録」2001年5月号掲載記事

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■飲み始めたらぶっ倒れるまで

 1945年の生まれだよ。えっ、56歳? もう、そんなになるのか。自分の歳は忘れちゃっているからな。そうか、オレは56歳にもなるんだ。
 生まれたのは秋田。「生めよ殖やせよ」の時代の子だからね。八人兄弟の末っ子。小学六年生のときに、オヤジが胃ガンで死んだ。それからはオフクロが百姓をしながら育ててくれた。物のない時代だったから苦労かけたと思うよ。百姓だけでは食えなくて、オフクロがこっそりとドブロクの密造をしていたことを知ってるよ。
 中学を終えて東京に出てきた。そう集団就職。百姓をやるのが嫌で東京へ逃げてきたんだ。
 東京では新聞社の印刷工場で働いた。どこの新聞社だったのかは覚えていない。何しろ20日間で逃げ出しちゃったからね。新聞の印刷には早出とか残業があって、それが嫌だったんだ。その後は鉄筋工場で働いたり、日雇いをしてから、また別の印刷工場で働くようになった。町場の工場だったけど、早出や残業がそんなになくて、給料の単価も新聞社よりよかったからね。
 そのころ、同じ中学校の一年先輩で、やっぱり東京で働いているのがいてね。すごい不良でスケベな男だったけど、この先輩に連れられて毎晩のように遊び回っていた。悪い遊びはみんなその先輩に教えられたんだ。酒飲んで、女を買って、ずいぶん遊んだよ。
 酒は大好きだよ。ヤンカラ。チュー(焼酎)のことだよ。ヤンカラの25度。あれがいいね。一升(1.8リットル)くらいは平気。飲み始めたら、ぶっ倒れるまで飲むからね。
 27、28歳のときから、女と2年くらい同棲したことがある。同じ印刷工場で働いていた女だったけど、すごい派手な女だった。遊びも派手だし、着るものも派手で、それに酒もよく飲んだ。まあ、酒を教えたのはオレなんだけどね。この女のために金をこしらえるのが大変だった。金がないとさせてくれないしね。最後はオレもヒーヒーになって逃げ出してたよ。
 結婚は一度もしなかった。同棲していた女でこりたこともあったけど、子どものころから母親が「嫁さんなんかもらっても、苦労が増えるばかりでバカらしい。結婚なんてするもんじゃない」って口ぐせのように言いつづけていて、その言いつけを守ったんだ。

■飲み屋という飲み屋に借金が

 同棲していた女から逃げるようにして、いったん秋田に帰った。土方をやったり、兄貴が山で伐採の仕事をしていたから、それを手伝ったりした。
 秋田でもヤンカラを浴びるように飲んだ。酔っ払って単車を運転して事故を起こしたこともある。単車同士の正面衝突。相手もオレもグデングデンの状態で、田舎道をぶっ飛ばしてるんだから、そりゃあ事故にもなる。オレは右脚なんかを複雑骨折して、長いこと入院した。
 酔っ払い運転で警察にとっ捕まったこともある。酒気帯び運転なんてもんじゃないからね。そのときもグデングデンだったから、罰金をこっぴどく取られた。オフクロにもどえらく叱られたな。
 32歳くらいでまた東京に出てきた。秋田にいられなくなったんだよ。飲み屋という飲み屋に借金をこしらえるし、隣近所の家に行っては飲み代をせびるだろう。まあ、アル中だね。オフクロに勘当されたんだ。

■覚せい剤の運び屋も

 また東京に出てきてからは、いろいろ働いたよ。数えきれないくらいだ。それもこれも、ヤンカラを飲むため。金がないときはドブロクを飲んだ。上野の駅の近くにドブロクを安く飲ませる店があってね。電車賃がもったいないから歩いて飲みにいった。ドブロクは安かったから、浴びるほど飲めたよ。
 東京って街は怖いところだからね。酔っ払って道端に寝ていたり道をフラフラ歩いているとさらわれちゃうんだよ。ホントだよ。大の男がさらわれちゃうんだ。オレだって何回もやられたんだから。酔っ払って道を歩いていると、4、5人の男に取り囲まれて車に押し込まれちまう。そのまんま拉致されて、大阪とか、名古屋とかに売られちゃうんだ。飯場だよ。飯場に売られちゃうんだ。逃げられやしないよ。タコ部屋だもの。ヤクザがゴロゴロいて朝昼晩見張ってるんだからね。だけど、オレだけはそいつらをぶん殴って、いつも逃げ出してきてたけどね。
 薬の運び屋をしてたこともあるよ。飲み屋で飲んでいると、男が隣に座ってテーブルの下からブツが渡されるんだ。それに所番地と電話番号が書かれたメモがついている。オレも男も口はひと言もきかないで、ブツの受け渡しは行われるんだ。そのメモの所番地を頼りに届けにいくと、別の男がいて黙ってブツを受け取る。代わりに運び賃の万札が差し出され、オレはそれを黙って受け取る。ただ、それだけ。それだけのことだ。
 オレはそのブツの中身を知らないで運んでいたんだけど、あるとき途中で警察にとっ捕まっちまってね。警察署に連れて行かれてさんざんアブラを絞られた。ブツの中身が覚醒剤だというのは、刑事から聞かされてはじめて知った。どうやらオレは覚醒剤の製造人と売人の間を運んでいたようだね。
 運び屋をしていたときの、礼金でもらう万札はありがたかったよ。しこたまヤンカラが飲めたし、キャバレーやおさわりバーにも行けた。おさわりバーっていうのは、女の子のオッパイなんかにさわりながら酒が飲めるところだよ。オレも遊んだからね。オレばかりじゃなくて、男はみんなそうだろう。20代、30代のころは、女を抱かなかったら我慢できないだろう。
 日本全国いろんなところで働いたけど、女が抱けないなんて街はなかった。どこにでもそういう女はいたんだから。オレだってつい2、3年前までは、年に5、6回は女を抱いていたよ。いまじゃ金がないからダメだけどね。
 いまは酒だな。ヤンカラ。ヤンカラを飲ませてくれるんなら、何でもするね。悪いことだってしちゃうよ。もう20日も飲んでない。金のないのはつらい。ヤンカラが飲めないのもつらい。今年の冬は寒かったからね。それもつらかった。新宿駅の地下道に寝てるんだけど、夜中の12時から明け方の4時半まではシャッターが閉まって締め出されるんだ。だからその間は街を歩き回っていたよ。歩いていないと凍え死んじゃうからね。ただ、ただ歩き回っていた。そんなの(ホームレス)が何人もいたよ。
 そういえば、さっきの話に出た同じ中学校の一年上の不良の先輩。このあいだ(新宿の)地下道を歩いているときにひょっこり会ったよ。20年ぶりだったね。先輩は何とかって会社でサラリーマンしてるとか言ってたけど、それはウソだね。ホントは先輩もホームレスをしているんだよ。そんなのは雰囲気でわかるからね。「サラリーマンをしているんなら、金を持ってるだろう」って酒をおごらせちゃった。久しぶりのヤンカラだったよ。 ヤンカラばかり飲んで、アル中のようなムチャクチャな人生だった。けど、こうなっちまったのも、誰のせいでもないもんな。仕方がないよ。まあ、オレの人生はこのまんまだよ。 (■了)

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