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だいじょうぶよ・神山眞/第58回 正利のいない日々

■月刊「記録」2004年7月号掲載記事

*          *            *

 正利がいなくなってから半月が経った。
 夏の気配はすっかり影を潜め、いかにも秋らしい季節になっていた。
 それなのに正利に関することは何一つ進展していない。しかしぼくにはあきらめることが、どうしてもできなかった。
 それが、純粋に正利に会いたいからなのか、それとも正利に対する申し訳なさからきているのかわからなかったが、とにかくぼくの心は、あいつがいなくなってから不安という厚い雲に覆われたままだ。
 朝、目が覚めると心はもう不安に曇っている。
 飯を食べていても味もわからず喉もうまく通らない。店に出かけるために自転車にまたがっても、力が抜けてしまってうまく漕ぐことができない。テレビを見ていても楽しい番組など一つもない。自信もなく、不安なままで床に就く毎日であった。
 ぼくは正利を失い、不安を手に入れたのだ。
 どうやらそれだけは、間違いなかった。

■不安な気持ちに耐えかねて

 秋だというのに、真夏を思わせる陽射しが照りつけていた。
 ぼくはとうとう警察署へ行くことにした。捜索願を申請するためにである。
 不安な気持ちでいることに耐えかねたのだ。重く苦しい毎日から早く逃れたかった。暑い太陽が僕の心の不安をジリジリと焦がし、近所であるはずの警察署までの道のりが、途方もなく遠く感じられた。
 警察署の中に入り、受け付けにいた係りに事情を説明した。必死になって、何が何でも正利を探し出したいことを熱心に伝えた。
 だが、ぼくが懸命に訴えれば訴えるほど、なぜか彼女は気乗りしない様子で、ただうなずくだけであった。
 こんなに困っている人間を前にして、なぜこの人はこんなにも冷たい反応しか返してくれないのだろう。「大変ですね」も「お気持ちはよくわかります」も「よし、何とかしましょう」もなかった。ぼくはだんだんイライラしてきた。
 それでもひと通り話し終わり、ぼくは藁にもすがる思いで彼女の答えを待った。すると、ふんふんと聞いていた彼女は、こう言ったのだ。
「簡単に言いますと、神山さんが捜索願を出すことはできません」

■こんなに必死に訴えているのに

 意外な答えにぼくは愕然とした。
 こんなに困っているのになぜ。どうして捜索願いが出せないのだろう。
「なぜなんですか」
「捜索願は、ご家族の方から以外のものは受け付けられません」
 表情一つ変えずに彼女は言った。
 そうかもしれない。たしかに親族以外が捜索願を出すことは難しいと聞いたことがある。
 だけど……。
「だからさっきから言ってるじゃないですか。たしかに本当の家族ではありませんよ。だけど家族みたいに暮らしてきたんです。正利の親代わりとして暮らしてきたんですよ。あれほど説明したじゃないですか。ずっと家族同然なんだって」
 言っているうちに、思わず声が大きくなった。怒気もこもった。
 しかしさすがに警察署である。すごむ人間の相手など手慣れたものなのかもしれない。ぼくの剣幕にも彼女は顔色一つ変えずに冷たく言い放った。
「だめなんですよ。そうやって人を探し出して、金を取り立てるとか、そういう場合もありますから。そういうことに警察は加担しないんです」
 なるほど。それはそうだろう。だけどぼくは正利から金を取り立てようとしているわけじゃないのだ。
「だから、ぼくは金のことで探しているんじゃないんです。心配なんですよ。ただただ心配なんですよ」
「だめです。そもそもお探しの方は、殴ったら出て行ってしまったんですよね。そういう虐待や暴力を受けて出て行ったケースでは、探される方が探されることを望んでいないことがほとんどなんです」
 ピシャリとはねつけるように放たれたこの一言に、ぼくは絶句した。
 打ちのめされたショックで言葉を失った。
 そうか、そうかもしれなかった。考えてもみなかった。ぼくが正利を探し出して会いたいと思っていても、あいつのほうは違う気持ちかもしれないのだ。
 それどころか、もしかしたら、もう顔も見たくないと思っているかもしれないのだ。
 考えてもみなかった想像に行き当たり、不安と絶望が入り混じった混乱のなかで、ぼくは呆然と立ちつくしていた。 (■つづく)

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