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だいじょうぶよ・神山眞/第57回 正利のいない生活

■月刊「記録」2004年6月号掲載記事

*           *           *

 ゴミにまみれた部屋の中央に書き置きを残し、正利が出ていってから1週間が過ぎた。
 毎朝、毎夜、ぼくは思いつくかぎりの場所を走り回り、正利を捜し回った。
  「今日こそ見つけてやる」と毎回、決意して出発するのだが、結局見つけることができないまま、ぼくはゴミだらけの部屋に戻ってきた。諦めることも忘れることもできずに、喪失感だけが胸に刻まれていった。
 10日も経つと、ついに捜す場所も尽きてしまった。しかしぼくは執拗に捜索をやめなかった。あいつを探し出さないことには次に進めない。そう思っていた。
 そんなぼくの気持ちを逆撫でするような出来事もあった。あいつを捜して、あいつのお姉さんのところへ電話をかけたときのことだ。
 お姉さんはこう言った。
「もうハタチも過ぎてるんだから、どこへ行っても正利の自由でしょ」
 何という温度差だ。ぼくはひどく失望した。もちろん一緒に心配してもらおうとは思ってもいなかったが……。
 周りの人間たちも最初は心配してくれていたが、「もう諦めろ」と言いはじめた。
  「あいつも20歳を越えて自分の意志で生きてみたくなったんだよ」
  「こうして自分の意志で10日も神山君のところを離れて暮らしているなんて、あいつも人間らしくなったじゃないか」等々……。
 しかしぼくにとって、どんな意見もあいつに関するコメントはつらかった。ぼくは正利に執着し固執していた。
 諦めろと言われようとも、忘れろと言われようとも、ぼくはムキになって捜し続け、あいつの不在を周囲にアピールし続けた。周りの人間たちがあいつを忘れないでいてくれるうちは、あいつが帰ってくる希望を持ち続けられそうな気がしたからだ。
 実際のところ、あいつを待ち続け、捜し続けている間じゅう、ぼくは大失恋したかのような有り様だった。
 あいつを待っている間、一番つらかったのは、何をしていても楽しくないことだった。笑っている人、楽しそうに話をしている人をみると、腹こそ立たないがつらかった。自分も笑ってみたり、話の輪に加わってみたりするのだが、よけいに寂しさがつのってしまう。
 振り返ってみれば、正利との日々はすべてが楽しかった。クソ暑いアパートの倉庫の中だって、睡眠不足の毎日だって、貧乏だって、家族がいなくたって、思えばあいつさえいれば、すべてのことがぼくには楽しかった。 喧嘩も殴り合いも楽しかったし、あいつの顔を見れば何より気持ちが落ち着いた。どこに行くにもあいつはついてきて、そのたびに「うざったいなぁ」「1人になりてぇよ」とあいつに愚痴ったものだが、あいつがいなくなってみれば、どこへ行ったって、何をしたって、誰と一緒にいたって全然、楽しくなんかなかった。
  「心がスカスカするよ、正利」
 と、時折、ぼくは呟いた。

■原因不明の微熱に不眠

 あいつを捜している間もう一つつらいことがあった。それは「あいつを忘れよう」と無理矢理、努力することだった。
 正利に執着している反面、ぼくは「あいつを忘れさえすればこの喪失感から逃れられる」ともわかっていた。 だからぼくも自分に「あいつはあいつ。ぼくはぼく。このことをきっかけに別々の人生を歩んでいくんだ」と言い聞かせ、思い込もうとたびたび努力はしていたのだ。
 しかし、朝、自転車をこぎながら仕事場が見えてくると、今日こそあいつがいそうな気がしてくる。膝を抱えて、こきたない格好で階段にポツリと座っているような気がして仕方ないのだ。
 仕事中でも、店の自動ドアが開くたびに正利が入ってきそうな気がして振り向いてしまう。仕事が終わった帰り道では、公園の横を通るたびに、どうしても正利がうずくまっていそうな気がして横目でちらっと見てしまう。
 しかし結果はいつでもどこにもいなかった。いつまで待ってもあいつが現れることはなかった。部屋に帰り、暗く沈んだ気持ちでぼくはいつもため息をついた。
  「忘れなきゃ、忘れなきゃ」
 このままではいけない。そんな思いを感じはじめた頃から原因不明の微熱が出はじめた。体がだるく、よく眠れなくなった。このままでは本当に自分はダメになってしまう。ぼくは焦った。
 正利を失ったという喪失感を解消する方法は、今になって冷静に考えれば、他にもいろいろあったと思うのだが、当時は遮二無二あいつを探し出すことしか思いつかなかった。だからぼくは捜し続け、同時に忘れようと足掻き続けた。
 夜、風で窓ガラスがガタガタと音を立てるたびに、ぼくはハッとして振り返った。
 やはり、帰ってきてほしかった。 (■つづく)

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