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ホームレス自らを語る/米国でもホームレスを経験した・林光夫さん(50歳)

■月刊「記録」2000年2月号掲載記事

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■米国はホームレスにやさしい

 5年前、まだ工務店で働いていたころで、ホームレスになる前のことですが、アメリカに一人で遊びに行ったことがあるんです。パスポートと往復の航空チケットだけを持って、ポケットには10円玉一つしか入っていませんでした。自分でも笑っちゃいますけどね。
 未知のアメリカという国を見たくなって、思い立つとすぐに行動に移してしまう性格なんです。冒険心といったらいいか、人生にはどんな結果が待っているかわからない。とにかく行ってしまえば、あとは何とかなるだろう。そんな気持ちでしたね。
 ロスの空港に着いて、とりあえず町を目指して歩きました。金を持ってないから、歩くより仕方ないですからね。途中、住宅街に迷い込んだり、方向がわからなくなったりで、ヘトヘトになって歩いていたんです。そうしたら親切な黒人青年が車で拾ってくれましてね。その車でダウンタウンまで送ってもらったんですが、フリーウェイを使って20分以上もかかりました。あのまま歩いていたらどうなってただろうと思いますね。
 ダウンタウンに着いて、彼に金を持っていないことを言うと、教会に連れて行ってくれました。レスキュー・ミッションといって、教会がホームレスの保護活動をしていて、その施設なんですね。そこに一週間やっかいになりました。待遇はよかったですよ。食事も普通のアメリカ人が食べているものと変わらないくらいのものが出ましたし、衣類も三着分支給され、シャワーがついてベッドも清潔でした。
 アメリカ人というのは親切なもんで、夕方にもなると街のあちこちで、個人ボランティアがホームレスにパンやバナナを分け与えている光景が見られます。ホームレスも日本の愚痴っぽいのと違って、みんなサバサバしています。通行人も日本ではうさんくさそうに見て、悪しざまに言ったりしますが、向こうではジロジロ見るなんてことはしません。アメリカはいいところですね。
 レスキュー・ミッションが保護してくれるのは一週間までなんです。それでそこを出された晩は、リトルトーキョーの公園のベンチで野宿しました。そのとき日系人の中年男性が寄ってきて、いろいろ愚痴を話すんで聞いてあげたんです。そうしたら礼だといって20ドル札をくれました。
 で、次の日にその金でグレーハウンド(長距離バス)に乗って、サンディエゴまで行ったんです。この街には海軍基地があって、前に横須賀で知り合った水兵さんが働いているはずなんで訪ねたんですが会えませんでした。名前だけしか知らなくて、所属部隊とかわからないと無理なんですね。基地には大きな軍艦がとまっていました。
 サンディエゴでもレスキュー・ミッションで一週間やっかいになって、それで日本に帰ってきました。いまこうしてホームレスをしていますが、アメリカと日本でホームレスを経験したのは、私くらいのものでしょうね。
■一人で絵を描いているのが好き

 生まれは千葉県です。水産高校を出て漁船員になりました。ところが、船酔いがひどくて、いつまでたっても慣れない。それで船を下りました。
 次に、父親が工務店をやっていたんで、そこで大工の見習いにつきました。ところが、これも足場から落ちて、腰の骨がずれるという大ケガをしてしまいましてね。病院に半年間入院して現場に復帰したんですが、高いところが怖くなって昇れなくなりました。高所恐怖症です。それで大工もあきらめました。船酔いする船乗りとか、高所恐怖症の大工なんて笑っちゃいますよね。
 あとは関西に行って土木建設の会社で働いたり、関東に戻って新聞販売店をいくつも転々としたり、兄が工務店を始めたんでそれを手伝ったり。そんなことを繰り返して……でも、どこも長くは続きませんでしたね。
 人づき合いが苦手なんです。酒も一滴も飲めません。だから、酒の席が嫌いでなるべく出ないようにしているんです。でも、どうしても断れない場合もあります。酒の席っていうと、上司や同僚の悪口、それに愚痴ですよ。私はそういう話を聞くのが嫌いで、うまく合わせて話すこともできない。だから、悪口や愚痴が始まると、途中であろうと中座して帰ってきてしまうんです。そんなことをしていると、職場での人間関係がギクシャクしてきて孤立するようになり、辞めざるをえなくなる。それの繰り返しでした。
 一人でいることが好きなんです。絵を描くことが好きで、仕事を終えたら一刻も早く帰って描きたい。それもあって人づき合いは悪かったですね。絵のほうは油絵で風景画が得意でした。

■霊感が強くて不眠症で入院

 私は非常に霊感が強いんです。よく地縛霊を見たり、金縛りにあったりします。街を歩いていて背中のあたりがゾクゾクしてきて、全身が総毛立つような感じに襲われることがあります。すると、そこは前に死亡交通事故のあった現場だったとか、ホテルの部屋で寝ていると金縛りにあって、あとで聞くと以前その部屋で若い女性が自殺をしていたとか、そういうことがよくあるんです。 鎌倉の新聞販売店で働くことになって、新しくアパートを借りたときも、部屋に入ってみると妙に薄気味が悪い。背中にゾクッと寒気が走るんです。部屋を借りて何日目かの晩でした。夜寝ていると、部屋の明かりが急に明るくなったり暗くなったりして、両肩が押さえ込まれるようになって動けなくなりました。金縛りです。実際にはほんの2、3分のことなんでしょうが、本人には10分以上に感じられます。声は出せなくなるし、体に何かが入ってくる感じもして、「早く出ていってくれ」と祈るばかりですね。ホントに気味の悪いもんですよ。
 あとで聞いたら、その部屋でも前に夫婦もんが心中事件を起こしていたことがわかりました。
 30代は不眠症に悩まされたころがあります。二週間くらい一睡もできない状態が続いて、睡眠薬で無理して寝るんですが、昼間頭がボーッとして人と話しても会話がズレてトンチンカンなことを喋るんですね。「これはおかしい」ってことで病院に入院しました。これも霊感が強すぎるせいだと思います。
 その入院中に絵を描いて、その病院の院長にプレゼントしたんです。すると院長は「得難いものを頂戴しました」と喜んでくれ、私には絵の才能があると言ってほめてくれました。病院長をするくらいの人ですから、見る目はたしかだと思うんですよね。
 プロの画家に絵の腕前を見てもらったこともあります。三年くらい前で、横浜に住んでいる画家の人でした。その人の見ている前で、花瓶に入った造花をデッサンしたんですが、「いい腕をしている。一年くらいみっちり勉強すれば絵で食えるようになる」と言われましたよ。その絵もホームレスになってからは描いてませんけどね。
 ホームレスになったのは二ヶ月前です。兄の工務店で働いていたんですが、ちょっとしたことでそこを飛び出してしまったんです。それまでも兄のところに居づらくなっては逃げ出し、詫びを入れて戻るというのを幾度となく繰り返してましたからね。もう、こんどは詫びを入れても許してはくれないでしょうね。だから、帰るところがなくなってしまったんです。
 慣れないホームレスをしていくのは不安でいっぱいです。人とのつき合いが下手ですから、人間関係には気が滅入りますね。ホームレスの仲間には加わらないでいつも一人でいるんですが、ちゃんと生きていけるのか心配です。
(※ホームレスをしながら絵を描いて、それを売って生活の資を稼いだらどうか提案してみた)
 ああ、そうですね。こういう生活をしながらでも、風景画なら描けますよね。ここ(新宿中央公園)の風景を描けばいいんですもんね。油絵は道具がないから無理ですけど、クレパスと画用紙はいまでも持ち歩いているんです。絵を描くんだったら、わずらわしい人間関係もないですからね。それをやってみますよ。 (■了)

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