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だいじょうぶよ・神山眞/第52回 濃密な関係

■月刊「記録」2004年1月号掲載記事

*          *           *

 とくかくぼくは本当に良く働いた。
 営業時間は朝の10時から夜の12時までと決まっていたのだが、女子高生たちは登校時間であるはずの朝の8時から店に来るし、水商売などの人たちは夜中の2時だろうが3時だろうが平気で来た。
 そんな人たちに、ぼくはいちいち合わせて営業していたものだから、営業時間なんてあってないようなものであった。

■濃密な正利との時間

 開業前には、10時開店、22時閉店で十分だと想像していたから、良くも悪くもアテが外れてしまった。そんな生活スタイルのために、当然のことながらすべての友達とは縁遠くなってゆき、彼女ができても、どうにもこうにも交際が長く続かなかった。
 実際彼女から電話がかかってきても、すぐにお客様が来てしまったり、ピ、ピ、ピ、ピ、ピとけたたましくタイマーの音が鳴り響いてしまったり、電話の途中でマシンの清掃に行かなければならなかったりで、まるで会話が成り立たないのである。
 そうなると不思議なもので、望もうが望むまいが正利との関係だけが自然と濃くなってゆく。
 朝、目を覚ますと正利がいて、仕事場にも正利がいる。休み時間にどこかへ行こうとしても正利はついてくる。ハローワークに求人の手続きに行くとき、役所に行くとき、牛丼屋に行くときにも、いつでもどこにいても、あいつはぼくとともにいる。
 眠りにつき寝返りを打つと、部屋が狭すぎて正利に触れてしまう。目を開けるとそこに正利の寝顔がある。正利、正利、正利、正利……。正利とともに1日は始まり、正利とともに1日は終わる。それは1週間でもそして1か月でもやはり同様なのであった。
 そんな生活が精神衛生上良いはずもなく、ぼくは正利と些細なことで喧嘩をするようになった。

■互いに粘着な2人

  「ねぇ、せんせ」
 正利がごくごく普通にぼくに話しかけてくる。しかしそれが日によってはひどくぼくの癇に障る。
  「あぁ!? なんだよ!?」とまるで条件反射のように語気荒く答えてしまうのだ。
 しまった、またやってしまったと気づくのは、大体喧嘩になってからで、この時点では、ほとんど感情むき出しのまま何も考えていない。
  「なんなのよ! なんでおこるの! せんせはさいきんおこりっぽい! おこるのよくないっておねえちゃんいってたのよ!」
 当然というか、待ってましたというべきか、あいつは反論してくる。
  「うるせぇー!! おまえの姉ちゃんの話なんか聞きたくもねぇんだよ! この馬鹿野郎!!」
 するともう大変である。
  「ばかっていったでしょ! ばかっていっちゃいけないのよ!」
 そう言うとプイっとあいつは出て行く。何回も何十回も繰り返したばかばかしい喧嘩。しかしこの喧嘩ゆえの家出が、のちにぼくを何年にもわたり苦しませることになるのだから、正利恐るべしである。
 大抵というか当初は、プイっと出ていっても、コンビニかゲームセンターで時間をつぶして帰ってくる正利であった。ぼくも粘着質だが、あいつも相当負けてはいない。帰ってくるなりあいつは懲りもせずにぼくに再び話しかけてくる。
  「せんせ、おれ、かんがえてることあるんだけど」
  「はぁ?! もういいだろ。俺仕事に行きたいんだよ。お姉ちゃんのとこにでも行って聞いてもらえ」
 ぼくのほうは会話するのも面倒くさい。なにせこれから重くだるい体を引きずって仕事場へ戻らなくてはならないのだから。
  「せんせ、そうだんがあるんだけど」
 抑揚のない声。そして白く能面のような顔であいつはぼくに話しかけてくる。
 ははぁ、やっぱりいつもの通りだ。相談も話したいことも何もない。結局、あいつはぼくを困らせたいのだ。そして逆上したぼくに怒られたいのだ。さんざん怒ったあと、ぼくがいつも優しくなるのも知っている。そう、だからあいつは結局、先にさんざん怒られて、そのあと優しく励まされて、ぼくに笑顔で「よし、これからも一緒にやって行こうな」などと言われたいだけなのだ。
 ばかばかしい。
 そしてくだらない。
 あまりにもばかばかしい、ダメ夫婦が互いにもたれあっているようにダメなやり取り。
 しかしそんなことをぼくらは毎日のように繰り返しているのだった。 (■つづく)

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