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だいじょうぶよ・神山眞/第51回 陶酔の説教

■月刊「記録」2003年12月号掲載記事

*           *            *

 とにかくイライラすることの連続であった。
 朝、店に着くと掃除をしているはずの正利がいない。 探してみると、シャワー室の手前の足拭きマットの上で、気持ちよさそうに寝ているのだ。
 なるほど、いつも1時間かけてやっているはずの掃除が、10分くらいの効力しか発揮していなかったのは、このためだったのである。
 急いで正利を起こし、開店して間に合わせた。
 何せ折からのガングロブームは、とどまるところを知らなかった。
 予約の電話はキャッチホンで続けて取らなければならぬほどで、予約開始から2~3時間で、もうその日の予約が埋まってしまうほどであった。はっきり言って仕事中は、あいつがどんなミスを犯そうと、あいつにかまっている暇などはなかった。
 それどころか、お客様の手前ということもあり、ぼくはニッコリとあいつに微笑み、お使いを頼み、お駄賃をあげるという毎日であった。とにかく、「ガングロ」やガングロよりさらに焼けている「ゴングロ」という造語ができるほど、当時のお客さんたちは、黒くなることに情熱を注いでいた。
 とにかく同じ客が毎日来るのである。毎日、本当に毎日、高校生が授業をさぼって顔を焼きに来るのである。 特に、都内で一、二の偏差値を誇る(低いほうの)女子校生たちは、毎日4~5人で来るものだから、どうにも大変であった。
 4~5人で来ても、一度に焼けるのは3人だったから、必然的にロビーで待つ子が出てくるのである。外にでも出て、時間をつぶしてきてくれればいいのだが、なぜかずっとそこに居座るのである。
 気まずいから声をかけると、ぼくに向かって嬉しそうにおしゃべりをしてくるのだ。
 今、つき合ってる男の子の話、学校を辞めたいという話、変なアルバイトを始めてしまったという話など、たくさん話してくれる。無数にあるプリクラを手帳を開いて見せつつ、それはそれはたくさんの話をしてくれた。 たいていのお客さんは、正利が店にいると、とにかく奇異な目で見た。「こいつは何だろう?」という感じの目で正利のこと見るのだ。だが正利について、決して本人にもぼくにも聞いてくることはなかった。目の焦点が合ってなくて、ボーっとしていて、なんとなく気味が悪い、正利は、彼らの目にそう映っていたのではないかと思う。
 しかし、彼女たちは違った。正利に名前を尋ね、年齢を聞き、果ては好きなアイドル、なぜ正利は日焼けをしないのかまで尋ねていた。
 もともと女性が大好きな正利は、テレながら、でも本当に嬉しそうに、「ハァー、ハァー、ハイー」などと受け答えしていた。しまいにはプリクラをもらい、大事そうに持ち帰り、倉庫(寝床)の玄関に貼り付けていたほどである。そんなときには、いつも狂気じみた店長であるぼくも、さすがに嬉しい気持ちになったものである。 しかし、ぼくという人間は、自分でもイヤになるほど粘着質な男であることにも気づかされた。
 深夜、店が終わり、倉庫へ帰る。すると正利がピコピコとゲームボーイか何かをやっているのである。するともう許せない。果てしなき説教が始まるのである。ごろっと横になっていた体をとりあえず起こさせ、面と向かって、とうとうと今日の正利の犯したミスについて、話し始めるのであった。
 何せ“話せばわかる”などと、ぼくも当時はとんだ勘違いをしていたのであった。だから、あくまでも穏やかに、割と理路整然に、あいつに話して聞かせていたのである。
 長いときは朝方まで、それが延々と続くこともあった。明け方、あいつに対して情で訴える。それが毎回、どこか陶酔するほど心地良いのである。
  「な、正利、わかるだろう! オレの言ったこと、わかるよな! オレたちは本当の家族じゃない。でもなぁ、明日からも一緒に頑張ろうよ!」
 必ずそう締めていた。それはまるで自分の心の隙間を埋めるため、自分で自分自身に暗示をかけているようでもあった。
 そして、結果として、あいつは睡眠不足で、結局、また店で居眠りしてしまうし、ぼくもやはり睡眠不足で、余計にイライラするという、何ともいいことのないお説教なのではあったが。 (■つづく)

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