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ホームレス自らを語る/帰郷から狂い始めた歯車・田代昭夫(48歳)

■月刊「記録」2000年9月号掲載記事

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■満開の桜の下でのデート

 結婚していたころは、幸せだったな。好きで一緒になった女だもの、大事にしたつもりだよ。
 女房と知り合ったのは16歳。福島県の郡山から上京する集団就職の列車で、友だちが紹介してくれた親戚の女の子だよ。会ったときからオレのことをカッコいいと思ってくれたみたいでね。働き始めてからも、連絡を取り合っていたんだ。
 オレの最初の職場は、埼玉県西川口の鋳物工場だった。大変な仕事だよ。夏なんか塩をなめながら働かないと、汗のかき過ぎで倒れちゃうんだから。それでも話し相手の女性がいたから、生活は楽しかったよ。彼女の職場は近くの蕨市だったから、オレの工場とも近かったし。 初めてのデートは大宮公園だったな。満開の桜の下、公園の池でボートに乗って写真を撮ったりして。水面に花びらが散って、空はすごく晴れていて。ゆっくりボートを漕いでいると、「あー、桜ってこんなにきれいなものだったんだなぁー」と、思ったもんな。
 18歳から彼女と正式につき合いだしたんだ。初めての女だった。それから浮気することもなく、28歳で結婚した。仕事は、鋳物工場から車の解体、トラックやタクシーの運転手なんかに替わった。結婚した当時は、トラックの運転手だったな。自転車の部品なんかをルート配送していた。
 家に帰るとごはんができていて、女房がお酒の相手をしてくれる。それが楽しかった。一人で飲むのはつまらないからね。女房は、酒に弱いくせに飲み屋の雰囲気が好きだったんだ。よく連れて飲みに行ったりもしたな。オレが飲むのに、ずっとつき合ってくれた。

■子どもはかわいくて、かわいくて

 結婚してすぐに子どももできた。配達を終えて家に帰ったら、女房のお姉さんが「女の子が生まれたよ」ってな。急いで病院に飛んで行ったら、ベッドで女房が横になっていたから、「ありがとう」って声をかけたんだ。「男の子じゃなくて、ごめんね」。女房はそう言って、残念そうな顔をしたよ。「どっちでもいいよ。元気なんだから」って、声をかけたな。
 だいたいオレは女の子がほしかったんだよ。だって女の子の名前しか考えてなかったもの(笑)。子どもを持って、目の中に入れても痛くないって気持ちが、よくわかったよ。子どもはオレの宝物だった。
 ただ一人目の子どもは、少し体が弱かったんだ。生まれてすぐ、入院することになった。お医者さんに「空気が悪いのは健康に影響する。できれば田舎に住んだ方がいい」って言われてさ。二人の実家がある郡山に住居を移したんだ。いま考えると、この転居が人生を少し変えたのかもしれない。
 長女が生まれた翌年、女房は二人目の女の子を生んでくれた。出産日は東京まで配達に行ってたから、郡山に戻ってすぐ病院に行ったよ。「また女の子なの」って、申し訳なさそうに女房が言ってさ。「いいよ。元気に生まれたんだから。ごくろうさん」って、声をかけたんだ。
 二人の子どもができてから、子どもを膝の上に乗せながら晩酌するのが楽しみでね。かわいくて、かわいくて仕方ないんだから(笑)。仕事にも張り合いが出たよ。
■たった一度の浮気で離婚

 でも、上の子が4歳のとき離婚した。原因はオレだけれどね……。一週間、女の家に泊まって帰ってきたら、「別れてちょうだい」と女房に言われたんだ。
 いや、高校生だったころから知っている女の子に、道で偶然に出会ったんだよ。コーヒー好きのオレが通っていた喫茶店で、アルバイトしていた娘でね。
「店をやっているから来て」って誘われて、彼女がママをしているバーに飲みに行ったの。酒は好きだからね。しかも飲み過ぎると、ゴロッと寝ちゃうんだ。で、案の定飲み過ぎた。
 目が覚めたら、まったく知らない部屋にいて、横に彼女が眠っていた。驚いたよー。「オレ、何かしたか」と聞いたら、彼女に笑われたな。
「できるわけないじゃない。元気だったら泊めないわよ」ってね。
 ただ飲んで寝ていただけなんだ。いや、本当に。それで起きてから会社に行って仕事するだろ、終わったころに彼女が迎えに来ているんだよ。「また、飲みに来て」って。「じゃあ、行くか」と飲みに行って、また寝ちゃう。その繰り返しで一週間。
 オレはモテないからさ。そんなにウマくいくわけないんだよ(笑)。だから自宅に帰るまで、離婚になるなんて全然思ってなかった。何もしていないしね。でも女房に言い訳はしなかったよ。泊まった現実は、現実なんだから。別れ話にも「はい、いいよ」と言ったんだ。「子どもだけは頼んだよ」って言い残してね。娘の写真を持って家を出た。
 つき合い始めてから、一度も浮気をしたことなんてなかったんだ。真面目に暮らしていたし、女房も大事にしていた。もし東京で暮らし続けていたら、離婚もしなかったかもな。

■10年間の入院を強いられた

 離婚後は、東京でトラックの運転手を続けたよ。きつい仕事だったけれど、仲間に恵まれたな。仕事が終わってから、みんなで飲む一杯が楽しみでね。会社の近くにある安い飲み屋で、あぶり物をつつきながら、焼酎か日本酒を飲む。オレはビールが嫌いだからね。酒が明日への活力だったよ。
 でも、37歳でオレの人生は変わっちゃったんだ。何の前触れもなかった。いきなりバットで殴られたみたいに頭が痛くなった。社長が救急車を呼んでくれたところまでは記憶があるんだけれど、それ以降は意識がない。 目が覚めたら、目の前に看護婦がいたんだ。集中治療室にいたオレには、青や白のボタンが体中に貼りつけられていた。
 自分の病名をきちんと説明されたのは、救急車で運ばれてから一週間ぐらいたってからかな。先生が「クモ膜下出血だ」ってね。頭蓋骨を外して手術をしたらしい。あといろいろと説明していたけれど、よく覚えていないな。ただ手術が終わったから、すぐ退院できると思っていたんだ。まさか、それから10年間も入院し続けるなんてな。
 10年の入院生活と聞くと、仕事なんかが気になって焦ると思うかもしれないけれど、容態も悪かったから焦りようがなかった。何も考えられなかったから。長いようで短い10年だったね。退院したときは四七歳だよ。それでも退院できたのは、最初に診てくれた先生がよかったからだろう。同じ病気になった人のほとんどは、植物状態か仏様になっていたから。まあ、助かったのがよかったのかはわからないけれどね。
 退院後は、板橋区にアパートを借りていたんだ。区の職員が、福祉制度を使ってアパートの手配をしてくれた。でも東京・葛西にある病院への通院が大変だったので、別の区のアパートに引っ越したんだよ。そうしたら区が、福祉を打ち切ったんだ。もちろんアパートも追い出された。行くところなんてないよ。ホームレスさ。
 実家に帰ればいいのかもしれない……。でも若ければともかく、50に近くになって帰っても仕事はないし、迷惑なだけだろう。実家も兄貴の代になっているし、兄貴だって大変なんだから。連絡しないんじゃなくて、できないんだよ。

■全財産は120円

 子どものことは、いまだに気にかかるよ。退院したとき、女房のお姉さんに挨拶しに行ったら、「上の子は結婚した」と聞かされた。4歳から会っていないから、オレには顔なんかわからないけれどね。いや正確には、入院中に会っているんだ。昏睡状態のときに別れた女房と娘が会いにきた、と看護婦が教えてくれたから。でも意識がないからな。
 まあ、生きていれば、いずれ会えると思うよ。あー、でも会いたくないな。仕事をしているなら、会いたいけれど。みじめな姿を娘に見せたくないから。
 いまの全財産は、120円だよ。これじゃあ、何も買えないよね。冷たい飲み物がほしいよ。あと吉野家の牛丼が食べたい。万引する勇気もないから、我慢するしかないけれどね。
 リストラなんかで自殺する人も多いらしいけれど、自殺するのは勇気なんかじゃないよ。逃げたいから自殺するんだ。生きているのは、こんなにつらいんだから。 (■了)

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