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だいじょうぶよ・神山眞/第50回 狂気じみた生活

■月刊「記録」2003年11月号掲載記事

*           *           *

 ぼくのアパートは狭かった。歩くとカンカン鳴る鉄の階段がついた、絵に描いたような安アパートだった。店とドッグレッグスが倉庫に兼用している狭い一室に、ぼくと正利は住んでいた。正利が突然、親方のところを辞めて、転がり込んできてしまったのだからしょうがない。

■暑さ、狭さ、そして睡眠不足

 日焼けサロンがオープンして1ヶ月が過ぎた。
 7月ともなると、ぼくと正利の住んでいる倉庫は、まさに蒸し風呂状態となった。とにかく暑い。冷房はないし、風通しは悪い。じっとしていても汗が吹き出し、ぼくの洋服は1日中濡れているような感じだった。
 グレーのTシャツを着ると、最初は首のあたりが汗で濃いグレーに変色し、1時間も経たないうちに濃いグレーは広がり、全体が変色してしまうほどだった。ただでさえ忙しくて寝る暇がないというのに、せっかく部屋に戻り、睡眠のための時間を確保しても、この暑さと狭さのために、どうにもこうにも寝られない毎日が続いた。 それなのに正利ときたら、毎日、ものすごいイビキで寝ていやがるのだった。暑さも狭さもものともせずである。ぼくは睡眠不足からの苛立ちも重なり、そのことが頭にきて仕方がなかった。そしてある日ふと、睡眠を妨害してやることを思いついた。
 ペットボトルにお湯を注ぐ。もちろんペットボトルが変形してしまうほどの熱湯だ。それを正利の足や腕のすぐそばに置いておくのだ。もちろん肌が露出している部分に、触れるか触れないかぐらいの位置にして。
 すると、寝返りを打った正利はペットボトルに触れた瞬間に断末魔の叫び声を上げるのだった。そしてじろっとぼくを一瞥し、再び寝息を立てる。それを寝返りを打つたびに繰り返す。
 ぼくは正利の安眠を妨害できて、本当に嬉しかった。ある時は瞬間接着剤で正利の2本の足を1本にまとめ、またある時は寝ている顔にコショウを振りかけた。寝返りが上手く打てずに、「あしがっ! あしがっ!」と叫ぶ正利。コショウの刺激に「目が、目が、」と、うわごとのようにつぶやく正利。そんな姿を見るたびに、ぼくはニヤリとほくそ笑み、汗だくの不快をいっとき忘れ、やっと眠りにつくことができるのだった。
 こんな小学生みたいなことを30過ぎのいい大人が毎夜毎夜行っているのだから、まったくもってぼくはどうかしていた。睡眠不足と暑さとはじめての商売が、ぼくの狂気を誘発したのだと思う。
 狂気といえば、このころの部屋の汚さもまた、狂気じみていたと思う。当然のことながら、正利には部屋を片づけるという観念がなく、商売で頭が一杯のぼくにも当然のことながらなかった。だから食べかすや食べ残しはそこら中に散らばり、密室のなかでカビを生やし、腐って異臭を放った。探し物はゴミをかき分けると姿を現し、座る場所はいつもゴミの上だった。日に日にゴキブリは増殖し、いたるところに出没した。
 正利はゴキブリを恐れ、必死になって殺していたが、ぼくはもう手遅れだとわかっていた。多勢に無勢。数が違いすぎる。争ったって勝ち目がないことは明らかだった。だからぼくは、彼らと共存することを選んだ。
 寝苦しくて夜中に目を覚ますと、正利の隣に添い寝するようにゴキブリがいた。トイレに行き電気をつけると、10匹以上のゴキブリが慌てふためき逃げていった。ゴミの中から私物を探しているとき、ゴキブリが出てきても、当たり前のように素手で払って探索を続行した。
 そんな汚さにも、ぼくは慣れっこになってしまっていたのだった。極悪の環境にも狂気じみた生活にも、ぼくはどんどん順応し、不自由を感じなくなった。

■ひとつだけ困ること

 ただ、ひとつだけどうしても困ったことがあった。それは、正利の盗み癖である。
 ぼくには、忙しくてなかなか銀行へ入金しに行く時間がなかった。だからいつでもつねに、現金を持ち歩いていたのだった。
 毎日、あまりにもめまぐるしくお金が動き、財布などにいちいち入れている場合ではなく、それに最初から財布など持ってもいなかった。
 銀行でもらった封筒に現金を入れて、多いときは100万円をゆうに越える札束を紙袋のままポケットに突っ込んで持ち歩いていた。それを寝るときには、ぽんと枕元に置いておく。朝起きると札束を入れた封筒はすっかりゴミに埋もれてしまっている。
 それをうっかりそのまま置きっぱなしにして、外へ出てしまうことがあった。
 するとぼくのお金はあいつに抜かれてしまうのであった。最初は控えめに千円、2千円だったのが、そのうち、あっという間に万単位になった。(■つづく)

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